第247話 面倒な奴


 トラブルはガクッと首が落ちて目が覚めた。


(寝落ちしてた……今、悪夢を見なかったな……血圧が正常だと悪夢を見ないのか?)


 しばらく天井を眺める。


(トイレ……このまま、って行こう)


 トイレで洗面台に手を掛け、立ち上がる。


(うん、大丈夫だ。シャワーも浴びよう)


 トイレとシャワーを済ますと空腹を感じた。


 ベッドの上のスマホで時間を見ると、昼をとうに過ぎていた。


(もう、こんな時間。随分、床で寝てしまった。お腹が空くわけだ……)


 テオからラインが来ていた。


『今日』

『休む』

『って』

『聞いた』

『けど』

『大丈夫』

『?』

『具合い』

『が』

『悪』

『いの?』


(文章の区切り方もテオ語だなぁ)


 トラブルは苦笑いをしながら、時間を見ると早朝に送信されている。


(こんなに早い時間に会社にいたのか? 私から返信を待って、きっと気をんでいるな。よく、我慢しました……)


 鍋に湯を沸かし、ラーメンを投入しながらスマホでニュースを見る。


 そこには、メンバー達の記者会見が流されていた。


(これの為に、早くから…… ノエル、三角巾で吊るしていない。随分と無責任な噂が広がっていたんだ…… 私に自首しろって? 好感度上げすぎでしょう)


 鍋に粉末スープと卵を落とす。テオに返信してから、鍋の火を止めた。






 テオは、まったく使い物にならないまま昼を迎えていた。


 昼食の為に入った家庭料理の店で、例のごとくマネージャーに小言を言われても、スマホを握ったまま落ち込んでいる。


「だから、もう一度ラインして、それでも既読が付かなければ電話をして見なよ。誰かが拾っているとかかもしれないじゃん」

「でも……」

「もう、何でそんなにトラブルに遠慮するのかなー」

「遠慮はしていないよ。心配してんの。殴られた後だし、血がいっぱい出ていたし……」


 セスは頼まれない限り、誰かのフォローはしない。


「俺と同じ位置が切れていたか? もし、そうなら脳震盪のうしんとうでも起こしたのかもな」

「え! 様子を見に行った方がいいのかな⁈ もし、倒れていたりしたら……」

「そんな時間はありませんよ! 早く食べて下さい!」


 マネージャーはセスをにらみながらテオを叱る。テオは、ますます食欲がなくなった。


 ダイエット期間が終わり、食欲魔人と化した末っ子がテオのフェ(刺身)に手を伸ばす。


「テオ、食べないなら、ちょうだい」

「ジョン、来週からツアー開始ですよ。体が重いとスタミナが持ちませんよ」

「その、スタミナを付けてんの!」

「ぜい肉だろ」

「セスの分も、よこせー!」


 ジョンとセスのじゃれ合いに笑いながら、ノエルは再び情けない顔のテオと向き合う。


「テオ、心配いらないからさ。僕の世話をしてよ。はい、あーん」

「うん、ごめん……」

「だから、あーん」


 テオは右手を骨折した幼馴染を気遣う余裕はない。


 リーダーはため息をいた。


「はい、ノエル、こちらを向いて下さい。私が口に入れてあげますよ」

「もー。ゼノ、ありがとう、あーん」

「ノエル、僕もあげるー、あーんして」

「食べかけじゃん!」

「うん。はい、あーん」

「嫌だよー! ギプスで叩くよー!」


 テオのスマホが鳴った。


「トラブルからだ!」

「ほら、心配いらないって言ったじゃーん」


 ノエルは末っ子にフェ(刺身)を投げ返す。


『大丈夫です。痛み止めを飲んだら寝坊したので、そのまま休ませてもらいました。ノエルに三角巾で手を吊るように言って下さい。右腕は絶対安静です。早朝からお疲れ様でした』


「良かったー」


 テオはスマホを抱きしめる。


 ノエルは横からスマホを盗み見して、信じられない!と、スマホを奪い取り、ゼノに渡す。


「これ見てよ。昨日のおやすみなさいから、半日ぶりに彼氏に連絡した内容がこれだよ⁈ 後半、僕の事じゃん。テオってば、本当にトラブルに好かれているの?」

「普通、そう思いますよね。既読無視が基本のカップルの恋愛模様は、まったく理解できませんが、本人が幸せそうなので良いのかと」

「テオが女友達だったら、そんな彼氏は止めておけって忠告してるよー」

「こいつらは業務連絡か安否確認で満足らしい」

「セス、上手い!」


 ノエルは左手で膝を叩く。


「もー、ノエル、返してよ。無事が分かればいいのー。それ以上を求めないのが真実の愛なのです」

「それ、カッコつけてるつもり? なんか、トラブルの都合のいい男になってるよねー。心配してたって伝えて、謝らせなよ」

「謝らせるなんて! そんな!」

「もっと漢気おとこぎを出さないと、モノに出来ないよ?」


 ゼノは素っ頓狂な声を上げた。


「ノエルは気が付いていたのですか!」

「え? ゼノ、何?」

「テオとトラブルが……その、まだだって事に……」

「うん、え? 何で?」

「いえ、皆、てっきり2人が、もう、すでにそういう関係だと思っていたので……」


 ノエルは髪をかき上げて笑う。


「そうなの? そっちの方に驚きだけど。Hしてたら、こんなラインで幸せそうにしてないでしょ」

「そう言われればそうなのですが……」

「想定外不思議カップルは、そんなモノだと思ってたぞ」

「セスまで⁈ 観察力が足りないなー」


 ケラケラと笑うノエルに、テオは少し不貞腐れた。


「そういう関係になったら、幸せを感じられなくなるの? じゃあ、僕、このままでいい」

「テオー! 余計な事を言いました! ごめんなさい!」


 ノエルは手を合わせて平謝りをする。


「女関係も男関係も面倒な奴だな……」


 セスのつぶやきに、ゼノは小さくうなずいた。

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