第451話 充電完了


 テオは軽やかな手つきでゴミ箱を降り、窓の外を指差した。


「ノエル、知らないの? このホテル、バルコニーに植木がたくさん並んでいるんだよ」

「本当?」

「うん、来て」


 2人はバルコニーに出た。テオの言う通り、背の高い針葉樹のゴールドクレストの鉢が並べられている。


「クリスマスツリーみたいじゃない?」

「うん、そうだね」

「根元に花を置こうよ」

「うん……」


 テオはゴミ箱を脇に抱え、中から花を一つ一つ取り出しては、植木の根元の土の上に並べて置いた。


「うわ、さらにクリスマス感が出て来た」


 テオは楽しそうに色合いを見ながら並べて行く。


 ノエルは黙ってそれを見ていた。


「ノエル? まだ、生首に見える?」

「うん。だけど、ただの花の死体だ」

「そうだよ。ただの枯れる前の花だよ。でもさ、君達、ノエルに気付いてもらえて良かったねー。綺麗だよー」


 テオは最後の花を置き、満足げに手を払う。


 ノエルは並べられた花をジッと見下ろした。


(最後の声……うん、気付いたよ。君達は、とても綺麗だ……)


 ノエルの目には、枯れ朽ちて行く運命の花達が笑った様に見えた。


(セス、1人でこれを乗り越えて来たの? すべての声が聞こえて、すべてを悟って……もしかして、セスにはトラブルの声も聞こえている?)


「さ。ご飯、食べよ」

「うん」


 2人は部屋に戻り、いつもの様に笑い合いながら食事をした。






 一方、セスは目を白黒させながら、キッシュを頬張っていた。


 ゼノがジョンを止める。


「ジョン! それ以上、入れたらセスが窒息してしまいますよ!」

「だって! 食べれば治るんでしょ⁈ だったら、早く食べれば早く治るじゃん!」

「いや、スピードは関係ないと思いますよ⁈」

「やってみなくちゃ、分からないじゃん! セス、口開けて! 次! 行くよ!」


 セスは、バカも豚も言う事が出来ずに、両手でジョンの持つフォークを阻止しようと戦う。しかし、力比べでジョンに敵うはずもなく、ジョンのフォークは巨大なキッシュを刺したまま、再びセスの口に向かって降りて来た。


 セスは鼻から息を吸い込み、ジョンの顔めがけて叫んだ。


「バカかっ!」


 ジョンの顔は、咀嚼そしゃく済みキッシュの機関銃攻撃をまともに受けた。


「汚ーい!」


 ジョンは、のけぞってセスのベッドから飛び降りる。


 ゼノが呆れてジョンにティッシュを渡した。


「2人とも、何をやってるのだか……」

「俺は被害者だっ」

「まったく、テオの言う事を聞いてジョンを連れて来たのは間違いでしたよ」

「なんで、僕が間違いなのさー」

「食べ物で遊んではいけません!」

「だって、ゼノが言ったんじゃーん。セスにご飯食べさせられるのは、僕だけだってー」

「それは、テオに言われて……テオがジョンも連れて行った方が良いと……」

「ほらー、僕が正しいじゃーん」

「早く食べさせろとは、一言も言っていませんからね」

「ケチ〜」

「いや、意味が分かりませんが?」

「次はステーキ入りまーす」

「聞いていませんね……」


 ジョンはステーキをフォークで刺し、ベッドに横になるセスに「あーん」と、向ける。


「バカかっ! せめて、切ってくれ!」

「入るでしょー」

「豚を基準にするなっ!」

「もー、お上品なフリしちゃってー。ほら、早く、かじって」

「一口サイズにしてくれよ」

「もー、わがままなんだからー。ほら、これで入るでしょ?」

「ステーキを畳むな! 切れー!」

「たくさん食べれば、たくさん治るの!」

「意味わかんねー!」

「母さんの言う事を聞きなさい!」

「豚から生まれた覚えはない!」

「お父さんに叱ってもらいますよ!」

「連れて来てみろよっ」

「まったく、この子は! 廊下に立ってなさい!」

「母さんじゃ、なかったのかよ!」

「母さんって呼んでくれるのね」

「キャラ、変わり過ぎだろ!」

「もー、早く食べてよ〜」

「お前がっ!」

「ほら、ほら、取って来ーい」

「ぶっ殺す」


 セスはベッドの上で立ち上がり、ジョンに襲い掛かった。


「キャー! いや〜ん、やめて〜」


 ジョンはお尻を振りながら、逃げ惑う。


 ゼノは、顔を覆った。


「こらー! 2人とも、いい加減にしなさい! セス! 食べなくては明日に響きます! ジョン! セスが食べなかったらジョンの責任ですよ!」

「はーい、ごめんなさーい」


 ジョンが神妙な面持ちで動きを止めた。


「セスー。次は何を食べたい?」

「いや、腹はいっぱいになった」

「キッシュしか食べてないよー?」

「お前が、それしか食べさせなかったんだろ?」

「1番、栄養のありそうなモノからって思ったんだもん」

「栄養は取れたさ。もう帰れ」

「ダメー。卵と肉を食べればプロテイン完璧だよー。ほら、筋肉になるよー」

「お前の栄養素はプロテインだけなんだな」

「筋肉をつければ、体力アップだよ」

「さすが、筋肉ブタ」

「うがー! 口移しでも食べさせてやるー!」

「バカっ! やめろ!」


 再び、追い掛けっこを始める2人を見て、ゼノは(これは、元気が出たと言うのでしょうかね? テオは、ある意味正解だった? ……ノエルは大丈夫になったのでしょうか……?)と、大きなため息をく。


 腕を組んで考えるゼノを見て、セスは微笑んで言った。


「ゼノ、テオは正解だ。ノエルはテオと楽しく食事をしているさ」


 セスの言葉を聞いて、ゼノも微笑み返す。


「その様ですね。安心しました」


 ジョンもテーブルに着き、3人は落ち着いて食事を始めた。


 ジョンはセスのマネをしてワインを飲みたがり、案の定、すぐに寝てしまった。


「セス。ジョンを置いて行って構いませんか?」

「ああ、それ以外に方法はないだろ」

「すみません。せめて、ベッドの端に……」


 ゼノはジョンを転がして、セスの寝るスペースを作った。


「それで、充分だ。ゼノも帰って寝てくれ」

「分かりました。もう、気分は良いのですか?」

「ああ。豚から充電させて貰った」

「そうですか。では、帰ります」


 ゼノは部屋を出て行った。


 セスは口を開けて寝るジョンを見ながら、片方の眉毛を上げてワインを飲み干した。

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