第445話(5ー83)茨道の夢
445
アリスやセイが、それぞれネオジェネシスの大軍を食い止めていた頃――。
エングホルム領の商業都市ティノーでは、名目上の大隊長たるドゥーエと、実働隊を率いるイヌヴェ、サムエル、キジーの三隊長が眠れぬ日々を過ごしていた。
領南部の都市町村は、エコー隊が降伏したと聞くや、我も我もと大同盟への参加を申し出たのである。
遠征部隊のキャンプは、絶え間なく押し寄せる使者によって、昼夜を問わず大賑わいだった。
「おいおい、国主の親戚だから応対しろ? オレはちょっと前まで
「ドゥーエさん、やかましいです。縁故採用だろうと何だろうと、就職したからには働いてもらいます!」
「は、はいでゲス」
と、上司部下の関係が逆転したり……。
「最後尾はこちらでーす。って、キジーよ、何のイベントだコレは? セイ嬢ちゃんのコンサートじゃないんだぞ」
「知りませんよ、サムエルさん。いっそ
「バカヤロウッ。あの音楽は、人類には千年早い代物だぞ。めったなことを言うんじゃない!」
サムエルが慌ててキジーの口を塞ぐが、時すでに遅かった。
「話は聞かせてもらったよ! 僕の曲を聴けぇ」
「「絶対にダメです」」
クロードが大勢の使者を歓迎しようと、リュートを片手に乗り込んだところを、兵士達に阻まれたり……。
「ああっ。こんなことなら、セイ司令やアリス副長のところが良かったっ」
「おい、オットー隊とアンセル隊から謎の暗号が届いたぞ。なになに、『メシタスケテ』……?」
「違う。それは暗号じゃなくて救難要請だっ」
マラヤ半島に上陸した大同盟軍は、若干のトラブルこそあったものの、エングホルム領南部を続々と勢力下に治めることに成功した。
そして解放した町村への聞き取り調査を進めた結果、不可解だったエングホルム領の内情も明らかになったのである。
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 の月(二月)一八日。
クロードは、神殿の一角を借り受けた執務室で、ソフィと二人で書類決裁に追われていたところへ、大隊長ドゥーエの訪問を受けた。
「辺境伯様も、お忙しいようでゲスねえ」
「味方が増えたからね。心強い反面、仕事も増えるわけで、贅沢な悩みだよ」
勢力圏が大きくなるということは、それだけ守る場所、責任を負うべき場所が増えるということに他ならない。
侍女のレアや
「でも、戦争をせずに済んで良かった……」
「大丈夫だよ、エングホルム領南部はこのまま無血で解放できそうだ」
クロードは、ソフィの赤いおかっぱ髪をポンポンと叩いた。女執事は主人の薄い胸にそっと顔を埋める。
「わあお、ぶち殺してえ。じゃなかった。この商業都市ティノーや、諸都市が戦わずに加わった理由が判明したでゲス」
「教えてくれ」
ドゥーエは抱き合っていちゃつく総大将にキレつつも、三隊長がまとめたレポートを広げてカンペを手に説明を始めた。
「一年前に亡くなられたエングホルム侯爵夫妻ですが、善政で領民から慕われており、辺境伯様を盟友たる〝開明的な君主〟と評価していたでゲス」
エングホルム領民から聞き出したところ、クロードの評価は最初から〝悪徳貴族〟ではなく〝侯爵夫妻の盟友〟であったらしい。
「エングホルム侯爵は、本当に良い方だったよ。右も左もわからなかった僕を助けてくれた」
「レベッカちゃんとの縁談は、面くらっちゃったけど……」
「へい。幼馴染のソフィさんにゃ悪いが、御夫妻を惨殺したのが、他ならぬ養女であったレベッカ・エングホルムですからね」
クロードはソフィを抱きしめたまま、彼女の背でぐっと拳を握りしめた。
(レベッカ・エングホルムは、僕達とは根本的に価値観が違う)
クロード達が調査を重ねた結果……。
レベッカという少女は、ソフィやエリックら幼馴染と別れた後、〝愛するものを不幸のどん底に落とし、苦しみのたうつさまに歓喜する〟というとんでもない悪癖に目覚めていた。
養父母の尊厳を踏みにじったのも、彼女なりの愉悦を求めたからだろう。
(ソフィ……)
ソフィは、そんな外道に
「平和だったエングホルム領は、レベッカが主導する
「クロードくん、頑張ったもの。頑張って、がんばって……」
ソフィは、クロードをぎゅっと抱きしめた。
ドクター・ビースト。そして、レベッカ・エングホルムとの戦いで、クロードは危うく命を落とすところだった。
彼を守って多くの戦友が散り、今は慰霊碑と共に眠っている。
「ええ、アンタはよくやった。クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯は、エングホルム侯爵夫妻の
だから、クロード一党が再び商業都市ティノーを訪れた時の歓迎は、むしろ自然なものだったのだ。
「そう言われると、こそばゆいな。僕ってずっと〝悪徳貴族〟だったし……」
「オレなんて〝
「クロードくんも、ドゥーエさんも、笑い事じゃないよ。本当に好かれているんだから」
ソフィが宥める中、大歓迎なんて慣れていない二人はゲラゲラと笑っていたが、ふと素面に返った。
「辺境伯様。アンタは一度は敵対した貴族だろうが、軍人だろうが、賊だろうが、テロリストだろうが、仲間に受け入れてきた。張りぼての平等をうそぶくハインツらとは正反対に、本気の本気でだ。その上で聞く。ネオジェネシスを、〝人食いの鬼〟を受け入れるのか?」
「人食いは絶対にやめてもらう。その上で受け入れる」
ドゥーエの問いに、クロードは即答した。
「クロード。オレもたいがいだが、それは〝正義の味方〟が選ぶユメじゃない」
「ドゥーエさん。誰に言っているんだ。僕は最初から〝悪徳貴族〟だぞ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます