第10話 夜宴の始末(後編)

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 レアは気絶したソフィを広間に戻し、泣きじゃくるクロードを部屋まで送り届けてベッドで意識を失うのを確認したあと、要領よく酒蔵に隠れていた御者のボーを見つけ出し、暴動の後処理を始めた。

 といっても、ほとんどの雑事は、遅ればせながら到着したマラヤディヴァ国警察と、共和国企業連の私兵団が対応した。決起の参加者は大部分が捕らえられ、逃亡者や協力者も一日とかからずに捕縛されることだろう。

 今回の一件も、どうせファヴニルと共和国が後ろで糸を引いている。襲撃者たちは、用意された扇動者に煽られるままに反逆し、予定調和のように捕まって、見せしめとして惨殺される。そうして民衆は思い知るのだ。希望など、どこにもない、と――。

 でも、と、屋敷に保管されていたありったけの包帯と治療薬を籠につめ、訓練場へ運び出しながらレアは小さな声で呟いた。


「私、領主様を見くびっていた」


 彼が泣いた理由は、怖かったからだけではない。命が助かった安堵からだけでもない。

 彼は、自身の非力さが悔しくて泣いていた。ファヴニルに抗えなかった己の弱さを恥じて泣いていた。


『つよく。強くなってやる。かならず、必ず!』


「領主様。貴方は、よわくなんてない」


 あの人は、まだ気づいていないのだろうか? ちゃんと責任をまっとうしたことを。守ると宣言した全員を守り抜き、その上、更に四人の命を救ったことを。

 彼は与えられたファヴニルの力に溺れなかったばかりか、明確に反抗の意思を示してさえ見せた。今はまだ蛮勇に過ぎないけれど……。


(なつかしいカオをしていた)


 血がにじんで腫れた頭と黒い髪、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔、恐怖に凍りつき、無力感にさいなまれ、しかし、なお諦めずにおき火のように熱を宿した黒い瞳。


(私は知っている。とおいとおい昔、あんな優しくて悲しい目をしていた戦士たちがいた)


 守るべきものを守るため、より良き世界に変えようと戦いを挑み、命を落とした者たちがいた。

 彼らの多くは報われることさえなかったけれど、今日いまに続く”明日みらい”を切り開いたのは彼らだと、レアは胸を張って言える。


「私は生かされて」


 時を経て、未来あした過去きのうへと変わり、ふと気がつけば、何もかもが狂い果てていた。


「こんな歪んだいまを、望んでいたわけじゃないのに」


 玄関の扉を開けようとした瞬間、レアは背後から後頭部を思い切り殴られて倒れ込んだ。


「歪んだいま? レア、ひょっとして自分の立場、忘れたの?」


 籠がひっくり返され、消毒薬や、魔法の治療薬が入った瓶が割られ、汚れた靴で踏みにじられた。

 ガラスの破片がついたままの靴で、頭を踏みつけられる。激痛で視界がゆらぐ。


「あ、あっ」

「イタイ? クルシイ? でも、ね。飼い犬に手を噛まれたボクの心は、もぉうっと痛いんだ。わかる? わからない? わからないなら、わかるようにしよっか」


 ファヴニルだ。レアの頭を踏みつけながら、包帯を拾っている。焦げるような異臭が鼻につく。


「これっくらい、痛いんだよっ!」

「あああああぁぁっっ」


 包帯を火種に背を焼かれた。ファヴニルの足は縫い付けられたかのように重く、熱と痛みで身体が跳ねるも、レアは逃げ出すことが叶わなかった。


「思い出せよ、レア。誰がお前を生かしているのか、誰にお前は仕えているのか」


 ファヴニルに蹴り飛ばされ、レアの身体は玄関脇の壁にぶつかって止まった。衝撃で、クロードからもらった桜色の貝で作られた髪飾りが落ちてしまう。


「なんだこれ? お前、こんな髪飾りなんてつけていたっけ?」

「……それ、は」


 ぐしゃりと、音を立てて踏み潰された。貝は粉々になり、金具はひしゃげた。


「ああ、そういうこと。ずいぶん遅い発情期じゃないか。クローディアスも年頃だしね。キミが欲しいなら、股ぐらで咥えたってかまわないよ」

「そういう見方しか、できないのね」


 ファヴニルを、レアは心の底から哀れに思った。


「お前の仕事は以前と同じだ。クローディアスの監視を続けろ」


 ああ、ファヴニルもまた気づいたのだ。彼の揺らぐことのない意志に。


「あはっ。戦士としての才覚は期待はずれもいいところだけど、魔術師としての才能? 異邦人の力? どちらでもいいよ。ああも魔法を使いこなすなんて見事なものじゃないか。楽しい余興になりそうだ」


 からからと笑いながら、ファヴニルは玄関を開けて、外へと出て行った。

 レアは、ゆっくりと手を伸ばし、髪飾りの残骸を右掌で包み込んだ。左手でルーン文字を綴り、二言、三言、魔法の言葉を呟くと、柔らかな光が周囲に満ちる。

 レアは、再生した髪飾りを摘んで、そっと青い髪に添えた。


「領主様。これよりメイドとして御身の為、盾となり、剣となりて御守り申し上げます」


 決めた。従者として彼に仕えると。


「決して強くない貴方。変えられますか? 諦めた私達が、つくりあげてしまったこの停滞を……」


――――

――


 首謀者の男二人と生き残った傭兵達は、迅速な裁判ののち、三日後に処刑されることが決まった。

 暴動への参加者が多かった冒険者団体『黄金の翼団』は解体され、団長以下幹部は処刑。金銭・物資面で襲撃に協力した”湖と龍神を祭る”宗教団体の幹部も、集会で”神の恩寵”として麻薬を売りさばいていたことが判明したため処刑が確定した。どうやら共和国麻薬密売業者の下請けのひとつだったらしい。

 宗教団体幹部の中に、元はナロールという国の外国人で、マラヤディヴァ国に帰化した者が何名かいて、彼や彼女らが法廷でベラベラと内情を吐いたおかげで、クロードも事件の全体像をおおよそ把握することができた。


(茶番だ)


 ファヴニルが暴動未満などと嘲笑うわけだ。

 現在のレーベンヒェルム領は、ファヴニルという絶対者を除外すれば、共和国企業連→領主→領民という支配構造で成り立っている。

 襲撃者達、暴動の参加者は、仲介者を通じて共和国企業連の支援を受けて、つまりは、紐付きで決起した。

 これでは、仮に領主排除に成功したとしても、共和国企業連→新政権→領民と表向きの支配者が変わるだけで、根本的な支配構造にはなにひとつ変化がない。


(こんなの、革命と呼べるものか)


「我々は何も知らなかった。依頼された通りに物を運んだだけだ。無関係だ! 未開国人が調子にのって。我々は世界十位の経済大国ナロール人だぞ。もしこんな無法が明らかになれば、本国がだまっていない。いますぐ釈放しろ」


 無関係どころか、簡易の計画書から、革命成就の報酬を約束した覚書まで証拠は山ほど見つかっていた。そもそも帰化した以上、ナロール人ではなく、マラヤディヴァ人である。

 また後日調査したところ、ナロール国は国家経済ランキングの十位以内には入っていなかった。


(ツッコミどころが多すぎて、やっていられない)


 地域密着型の良心的な宗教が経済的に行き詰まり、金回りの良い元外国人に運営を乗っ取られる。よくあることかとクロードは嘆息した。

 ともあれ、ファヴニルは約束を守り、必要がなかっただけかもしれないが、裁判には介入しなかった。一審制で上訴はなく、黒幕である共和国側から詳細な資料提出があったことから、検察側の準備は万全で弁護人もさじをなげ、審議はあっという間に結審した。

 結果、領主館襲撃の生存者以外に、決起指導者や一般領民を襲った者、火をつけた者を加え、三〇〇余名が死刑。他計画参加者、重犯罪者五〇〇余名が共和国所有の鉱山に送られ、軽犯罪者二〇〇余名が刑務所に収監、もしくは保釈金を払い、あるいは規定額に達するまで無報酬労働に従事することになった。なお、共和国企業連の関係者で裁かれたものは一人としていない。


 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 紅森の月(一〇月)七日。

 クロードは、共和国企業連から派遣された音楽団が盛大なオーケストラを奏でる中、レーベンヒェルム領大中央広場に急造で設えられた舞台にファヴニルと共に上った。

 広大な広場には、死んだ襲撃者たちの遺体が全裸にむかれた上で逆さ磔にされて並べられていて、あまりの悪趣味さに屋敷へ向かって全力疾走したくなった。


「うおおおお! 辺境伯に栄光あれぇえ」

「私たちの太陽! 偉大なるレーべンヒェルム家棟梁、クローディアス様!」


 黄色い歓声と万雷の拍手が会場を満たし、よく訓練された動員者達による領主を讃える歌と踊りによる集団演技、マスゲームが始まる。

 クロードはあまりの馬鹿馬鹿しさに気が遠くなった。死体に囲まれた広場で、一糸乱れず舞い踊る演技者たち。狂気とはこういうものか。

 ともあれ打ち合わせ通り、曲と演技が一段落したタイミングを見計らい、クロードはなるべく優雅に右腕を上げた。

 会場は瞬く間に静まり返り、ファヴニルが朗々と反乱の鎮圧を宣言する。


「マラヤディヴァ国レーベンヒェルム領、全領民に告げる!」


 演説の中身を、クロードはちゃんと聞いていなかった。要約すれば、逆らえば殺すだ。公開処刑は、その為の儀式で見せしめだった。罪状が並べ立てられ、マスゲームの演技者たちと入れ替わりに、死刑囚たちが広場の中央へ引きずり出された。

 悲鳴をあげるものがいた。ただ泣き崩れるものがいた。必死で舞台上のクロードに命乞いをするものさえいた。


「たすけてくれ。私はエリートだ。必ず役に立つっうぼぁ」


 彼や彼女たちは、ファヴニルが魔法陣から呼び出した複数の獣を合成した怪物キメラによって、等しく貪り食われた。

 最後に残ったのは、確か隼の勇者と呼ばれていたアランという男。


「クローディアス・レーベンヒェルム!」


 重傷ゆえに逃げ惑うこともできず、座り込んでいた彼は最後にクロードを呼び、微笑んだ。


「正義は、死なない」


 そうして、彼は八つ裂きにされ、飛び散った返り血は、舞台上にいたクロードの頬を一筋濡らした。


(この光景を忘れない)


 僕だ。僕がやった。

 主導したのがファヴニルといえ、この惨劇を認めたのは紛れもないクロードだ。

 アランと顔を合わせたのは、法廷で出会った一度きりで、最期の瞬間、彼が何を思い、何をクロードに託したのかはわからない。それでも。


(アラン。勇敢な男。アンタの意思は僕が継ごう)


 お飾りとしての役割は終わり、クロードは舞台を降りて、屋敷への帰途に着く。

 広場の外周に集められた領民たちは、絶望に顔を曇らせる者、公開処刑という非日常に熱狂する者、様々だった。そんな群衆の中に、クロードが同行を許した四人がいた。

 エリックが恐怖と怒りの混じった目でにらみつけていた。ブリギッタはすがるようにエリックの腕を抱きしめ、アンセルはただ地面を見つめていた。杖をついたヨアヒムは、いち早く理性を取り戻したのか、強引に仲間たちを跪かせた。


「辺境伯様。よしてくれ、そんな目で見ないでくれ。もう逆らわない。なんでもする! だからっ」


 ヨアヒムの絶叫を無視して、クロードはボーの馬車へと乗り込んだ。

 会場脇に捨てられた人民通報には、革命的な正義の君主が悪しき反動勢力を打ち破ったと華々しい文面で一面を飾っていた。


「いいだろう。そんなに革命が大好きなら、僕がやってやる!」


 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 紅森の月(一〇月)。レーベンヒェルム領内の反領主勢力と宗教団体に寄生した麻薬密売組織が壊滅。皮肉にも、数ヶ月間にわたり、領内の治安は大きな回復をみせた。


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復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 紅森の月(一〇月)五日


共和国資本による報道機関、レーべンヒェルム人民通報一面

『名君、反乱を鎮圧す』

 きわめて革命的な主張と政策を掲げて、西部連邦人民共和国との友好と領内振興に努めていたクローディアス・レーべンヒェルム辺境伯だが、4日明朝、悪しき反動保守勢力によって襲撃を受けた。卑劣なるこの策謀に対し、辺境伯は陣頭に立って確固たる正義の闘争を展開し、徹頭徹尾粉砕することに成功した。この歴史的な革命勝利について、辺境伯の盟友であり、共和国企業連重鎮のヘルムート氏は……


レーべンヒェルム領冒険者ギルド瓦版

『黄金の翼団解散のお知らせ』

 領内最大規模の冒険者パーティである黄金の翼団が、このたび諸事情により解散の運びとなりました。ギルド諸氏は、法令遵守を忘れず、日々の活動に……



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紅森の月(一〇月)七日のレーベンヒェルム領


のうぎょう   E つちはよくかんでたべましょう

しょうぎょう  E むしょうろうどうはびとくです

こうぎょう   E ものづくりなんてどれいのやることです

ちあん     C 恐怖のためか、犯罪者数減少。安定しています。

しじりつ    S 100%(じんみんつうほうによる)。こうふくはぎむです。


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