第237話(3-22)悪徳貴族の沈没船探索

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 クロードとソフィは沈没船、エーデルシュタイン号に潜んでいた人食い植物を退治して、怪物に囚われたショーコを助けだした。

 三人は今度こそ慎重に気配を伺いながら、船体中央部に空いた大穴の中へと踏み入った。


「なんだよこれ、まるで原型がわからないぞ」

 

 クロードは船内を見渡して、思わず息を飲んだ。

 周囲一帯は、まるでかんしゃくを起こした子供が玩具箱をひっくり返したかのように、凄絶な有様だった。

 天井にあたる甲板はところどころ抜け落ちて、今にも崩れ落ちそうだ。船内構造はむきだしになって、潰れた蜂の巣のようにひしゃげている。

 船を支える巨大な部品や柱もでたらめに船底に放りだされ、砕けた遺骸いがいさらしていた。


「これが千年前の船なんだ……」


 ソフィが意を決して一歩を踏み出すと、床を流れる海水がぴしゃんと音を立てた。

 水の音色は反響を繰り返しながら、ゴオゴオと鳴り響く風の声と入り混じり、濁った灰色のオーケストラを奏で始める。

 千年は長過ぎたのか、あるいは古代遺跡ダンジョンに取り込まれたことで船内構造が変化したのか、もはやエーデルシュタイン号にありし日の面影を見出すことは不可能だ。

 床が海水にひたってはいるものの、石化したおかげで歩くのに苦労しないことだけが救いだった。


「わっはあ。こんなダンジョン、初めて見たよ。ね、ね。クロード、ソフィちゃん。早く先へ進もう!」


 眼前の光景に言葉を失うクロードやソフィと対照的に、ショーコは紫水晶アメジストのような瞳を輝かせてステップを踏み、横倒しになった円柱の狭間を覗き込もうとする。


「ばかっ。鋳造――」

「え!?」


 懲りないヤツめと舌打ちをする時間も惜しかった。

 クロードが鎖を投じると同時に、ショーコの足元が突如無くなって、粉砕器にも似た大歯が並んだ大きな口が開いたのだ。

 身体に絡みついた鎖に引き戻されて、彼女はあわやというところで食べられずに済んだ。


「クロードくん、警戒して。まだいるよ!」


 ソフィの指し示す、倒壊した一対の円柱がぐにゃりと変化する。

 その正体は、フグのように丸まった二体の怪魚だ。


「こいつら、さっきの人食い植物といい、船の一部に擬態ぎたいしているのかっ」


 クロードは、雷切と火車切を手に身構える。

 怪魚たちは水の中ではなく空中を泳ぎ、ハリネズミのように全身に突起物をまとって襲いかかってきた。


「どうしよう? 一度退いて仕切り直す?」


 クロードが迫る針の槍衾を二刀で受け止めて防戦する間に、ソフィが後方から飛び出して薙刀を突き出し、一匹の眉間を断ち割った。

 剣戟の結果、火花が散って衝突音が反響しながら船内に鳴り響いた。もはや侵入を隠す手立てはないだろう。

 退却して下手に追撃を受ければ、テントが危うい。


「いや、ここで逃げる手はない。スイッチだ」

「わかった!」


 クロードが飛び出してソフィと位置を入れ替え、残る怪魚に電撃と火炎を浴びせて焼き払う。


「焦げくさいけど、この臭いは人工物っぽいね。クロード、そこちょっとしゃがんで」

「ショーコ、いったい何を?」


 ショーコがトンと床を蹴ってクロードの前へと跳躍して、手のひらを中空へかざした。

 まさにその時、天井の甲板から、犬猫よりも大きいヒルやナメクジに似たモンスターが降ってくる。軟体生物はまるで弾丸の如き速度で、彼女の白い肌へと喰らいつく。

 しかし、そこはショーコだ。ぶつかってくるモンスターの衝撃を器用に反射して、まとめて遠方へと吹き飛ばした。


「まだ来るよ、クロードくん。0時と三時の方向から敵増援!」

「ここはモンスターハウスか!?」


 侵入者を発見し、船の奥から巨大な鈍器を振り回す六体の魚人や、毒霧を吐く人間より大きい一体の巨大イカ、加えて吹き飛ばされたヒルの群れといった怪物がわらわらと集まってきた。

 クロードたちは背後の退路を維持するため、踏み止まって防衛戦を開始する。


「よーし、頑張っちゃうぞ。防御なら任せてよ」


 三人にとって幸いだったのは、ショーコという鉄壁の盾役がいたことだろう。


「魚人は頼んだ。あのイカは僕がスルメにしよう」

「遊撃に回るね。二人の背中はわたしが守るから」


 かくして三人はそれぞれの役割を決め、三角形のフォーメーションを維持しつつ、果敢にモンスターへと挑んだ。


「魚さんこちら、手のなる方へ」

「燃え尽きろ」

岩融いわとおし、お願い」


 ショーコが魚人の殴打をそらしている間に、クロードが雷切と火車切を用いて毒霧ごと巨大イカを焼き払う。ソフィは解毒の符を投げつつ、ヒルどもを薙刀でなます切りにする。

 五体の魚人は、力任せにハンマーやメイスを振り回すものの、そのパワーを反射されてバタバタと壊滅した。

 リーダーらしき一体だけが、ショーコを避けて迂回を試みたものの、クロードの二刀とソフィの薙刀で△字に切り裂かれて海水の中へと沈む。


「やるじゃない。二人とも息ぴったりね!」

「ショーコ、油断するな。大物が残ってる」

「さっきの大口が来るよ」


 怪物たちの第一波は掃討したものの、床に擬態していた全長一○メルカ近い巨人がゆっくりと身体を起こす。

 悪鬼は胴に開いた大口を筆頭に、身体中にあますことなく大小の口がついていた。


「へえ残念。前衛的なセンスだけど、私達を食べるにはちょっと力不足だよ」


 ショーコが手をあおぐように振って挑発すると、百々目鬼どどめきならぬ百々口鬼どどくきは興奮したように全身の口から火を吐いた。


「だからあなたはここで倒します。主にクロードが」

「知ってた!」


 ショーコがクロードに対処をぶん投げて、すごすごと後ろに退がる。

 あらゆる物理攻撃を無力化する彼女だが、元いた世界ならばいざ知らず、この世界では無敵というわけではない。

 世界法則が異なるために、温度変化をはじめとする魔法攻撃にはめっぽう弱いのだ。

 その為、ショーコはファヴニルに対応できず、狂気に陥った実父ドクター・ビーストを止めることも叶わなかった。 

 だけど、それでいいとクロードは思う。彼女はもう孤独なヒーローをやらなくてもいい。皆が力を合わせれば、困難だって乗り越えられるのだから。


「ソフィ、仕掛ける」

「うん!」


 クロードが火車切を投じる。

 宙を舞う脇差は百々口鬼が噴く焔の吐息を巻き取りながら、鬼の頭上にある天井部を破壊した。

 百々口鬼は、焼き切られて落下する石化した船の部品を忌々しそうに両手で払った。

 想定通りだ。クロードだって、巨大な鬼を吊り天井で仕留められると思ってはいない。


「だが、足元がお留守だぞ」


 重要だったのは、鬼の視線を逸らすこと。

 クロードが横腹に打刀を突きたて、ソフィの薙刀が膝を斬り裂いて、百々口鬼の巨躯が沈む。


「クロードくん、力を――」

「ソフィと二人なら、やれる!」


 そして、二人の手が薙刀に重なる。

 ソフィが振るう薙刀は、源義経の従者として名を馳せた武蔵坊弁慶の大薙刀にあやかって、岩融いわとおしと名付けられた。

 かの僧兵は、剛力無双の一撃で大岩すら叩き斬ったという。


「岩融よ、お前も同じ名前を持つのなら力を示せ!」


 クロードとソフィ、二人が振るう薙刀は膨大な魔力を百々口鬼に叩きつけ、その巨体を岩石へと変化させると同時に、粉々に叩き割った。多くの口を宿した鬼の巨体が、無言のままに砕け散る。


「よし、探索を続行する!」


 クロードたちは船に擬態したモンスターの罠を踏み破り、海水に彩られた沈没船の更なる深奥へと進んでいった。

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