第478話(6-15)怪物退治ではなく戦争ゆえに

478



 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 花咲の月(四月)一日。

 黄金色の太陽が、薄紫に染まる夕空を横切り、エングホルム領とユングヴィ領を隔てる深緑の山脈へ沈む。

 しかし、クロードら大同盟遠征部隊と、イザボー達が篭もるエングフレート要塞守備隊の激突は、更なる熱気で燃えあがっていた。


「野郎ども、息を合わせな。ここで決めるよ」


 目つきの悪い青年領主クロードと、赤いおかっぱ髪の女執事ソフィを包囲して、要塞指揮官イザボーは命令をくだした。

 彼女は異界の技術である理性の鎧パワードスーツ……。ツノのような触覚と丸い複眼付きのヘルメットをかぶり、半透明の翼が生えたまだら模様のバイオスーツに身を包んで、自ら先陣を切った。


「辺境伯。この要塞にある理性の鎧パワードスーツは、すべてアタイの契約神器ルーンファンで強化した! 遺言を吐くなら今のうちだよっ」


 イザボーは興奮を抑えられないとばかり、薄い翼を使ってトンボのように滑空し、装甲から伸びる毒々しい爪で切りつけた。


「遺言だって? ちょっと飛んだくらいで、負けるものかっ」


 クロードはソフィを背中に庇い、愛刀たる八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござしを閃かせる。


「……僕を倒したければ、青いスライムでも連れてくるんだなっ」


 クロードはイザボーと果敢に斬り合い、彼女が繰り出す爪の先端を、キンキン高い音を立てながら次々に切断した。

 彼はこれまで様々な神器使いやモンスターと交戦し、ソフィ達と共に第三位級契約神器の化身たる巨大火竜オッテルをも打ち倒した経験がある。空中浮遊など、もはやハンデにもならないのだ。


「はっ、さすがは悪徳貴族。冗談がお上手だ。名高い英雄サマは、地対空戦闘だってお手のものかい?」


 クロードは愛刀を突いて薙いでと攻めたてたが、イザボーもまた装甲服から伸びる棘や刃で反撃して吼えた。


「だけど忘れちゃ困るね。今やっているのは英雄サマの怪物退治じゃなくて、ヒト対ヒトの戦争なんだよっ」


 それは――。冤罪によって怪物のようにおとしめられ、新生命〝ネオジェネシス〟になるしかなかった女傑の、悲痛な叫びだったのかも知れない。


「さあ訓練の成果を見せなっ」

「「イエスマムッ」」


 イザボーの指示に従い、アリ型装甲服を身につけた守備隊兵の群れが、しゅうしゅうと泡立つ酸を吐き出した。

 イザボーはすぐさま上空に逃れるも、地上のクロードとソフィは避けるに避けられず、酸で溶かされながら要塞の床へ沈んだ……ように見えた。


「我が相棒、我が両腕。ルーンファンよ、力を貸しとくれ」


 イザボーが巨大な扇子をあおぐと、要塞床から蜘蛛の足のような触腕が出現する。

 それらは鳥籠のように囲いを形づくり、酸溜まりへと沈みゆくクロードとソフィを閉じ込めた。


「これでトドメさ!」

「「マムのために!」」


 イザボーは身動きの取れなくなった二人に対し、兜の触覚からは熱線を、扇子からは不可視の刃を放った。

 アリ型装甲兵も酸やトゲを吐き出して、一般守備兵達も負けじとばかりにマスケットの銃身が焼けるほどに撃ち尽くす。

 クロードとソフィの命運は儚く尽きるのか――否!


「ソフィ、力を貸してくれ」

「クロードくん、お任せだよっ」


 クロード達は、最初に浴びせられた酸をソフィの魔杖みずちで操り、要塞の床へ積極的に大穴を開けた。

 加えて、クロードは地上部にはたきを組み上げて弾丸避けの盾を作り、瞳を青く輝かせたソフィが防御力を強化することで、即席の塹壕ざんごうが完成させる。


「僕だけなら無理だ。でも、僕とソフィと一緒ならやれる」

「えへへ。クロードくんも頼りにしてるよ」


 クロードとソフィは、互いの吐息と体温を感じている。

 負けられないという覚悟と、狂おしいほどの愛おしさに衝き動かされ、二人は背中合わせのまま迫る魔法や銃弾をことごとく斬り払った。


「これが、アタイ達の切り札さ」


 イザボーは、酸の湯気や着弾の土煙で視界が閉ざされていたため、二人の奮闘を知るすべはなかった。

 彼女は勝利を確信して、節くれだった腕部装甲を天へかざす。守備隊も勝ち鬨をあげて、要塞内は狂乱じみた歓喜に包まれた。


「アハハッ。やった、やったよ。ガキどもの占いじゃ、戦の運勢は最高だったんだ」

「マムって案外、子供っぽいですよね。でも大金星ですよっ」

「なにおう、験担げんかつぎってやつさ。シュテンを倒した程の傑物、さすがに殺せちゃいないだろうが、確認して降伏勧告をするよ」


 興奮するイザボー達の前で……。

 鳥籠が壊れる。

 たちこめた湯気と土煙が消える。

 クロードとソフィは、無傷だった。


「そんなっ。英雄だから、貴族だから、怪物を退治できて当たり前だって言うのかい!」

「違う。イザボー。貴女が言った通り、これはヒト対ヒトの戦争だ。だから、僕たちは終わらせるんだ」


 クロードが決意をこめて宣言した時、戦場の趨勢すうせいは大きく変わっていた。

 なぜなら、イザボーと要塞守備隊が勝利を確信した、まさにその瞬間――。

 大同盟遠征部隊は、意識の逸れた隙を逃さぬとばかり、反撃に転じていたからだ。


「イザボー隊、勝ちを誇るには早いぞ」

「なにせ俺達の大将は、台所の黒い虫より生命力があるっ」


 長い付き合いであるベテラン兵達は、クロードの不死身ぶりを良く知っていた。

 彼らは呼吸を合わせ、位置を合わせ、この世界の技術で再現されたライフル銃、レ式魔銃を斉射した。


「レア様を支援するぞ。道を開けろ」

「頑丈な辺境伯様に、俺たちの強さを見せてやろうじゃないかっ」


 エングフレート要塞守備隊は戦況を優勢に進めながらも、勝利したと思い込んだ、わずかな油断が命取りとなった。

 遠征部隊は麻痺の銃弾で前衛を穿った後、銃剣をつけて突撃した。


「もうっ。皆様、あとで怒りますからねっ」


 青髪の侍女レアは、童話の魔女が如くはたきに腰掛けて空をかけ、友軍が切り開いた活路へと飛び込む。


「悲しい戦いは終わりにしましょう。御主人クロードさまは、ブロル様に会いたいだけなのです。鋳造――!」


 レアは、戦場に数百もの毛糸玉を作り出した。

 それらはコロコロと転がりながら、守備隊兵の手足へ絡みついて拘束した。


「あ、ええっ? 動けないぞ」

「そんなっ、はたきだけじゃないのかっ」


 たとえ人間以上の身体能力があろうとも、満足に動けなければ宝の持ち腐れだ。

 遠征部隊は、身動きの取れなくなった守備隊を瞬く間に制圧する。


「レア様、万歳! 辺境伯様、万歳!!」

「この戦い、殺さず殺されることなく勝利を!」


 隊員達がクロードとレアを信じ、二人が彼や彼女達に応えたからこそ、実現できた逆転劇だった。


「私は、御主人クロードさまと二人だけがよかった。でも、今は……」


 レアは、戦場に木霊する兵士達の声に心地よさを感じていた。

 愛する者と確かな繋がりを得たからだろうか?

 狭く小さな世界より、ほんの少し賑やかなものにも、憧れが芽生えていた。

 一千年の時を越えて、孤独だった少女は変わった。

 そして新しい生命もまた、ひとつの成長を遂げようとしていた。


「……誇らしいぞ、我が弟妹達よ。お前達は、我がごうの拳を超えた」

「兄上、降伏してください」


 ネオジェネシスの長兄ベータは、仲間達を庇ってアリ型装甲兵の大半を引き付けている。

 とはいえ多勢に無勢はいかんともしがたく、一糸乱れぬ連携攻撃を受けて、窮地へと追い詰められていた。

 弟妹達から見ても、息も乱れて身体中が傷だらけ、立っているのもやっとに見えた。


「まだだ。まだ終わらない。今こそクロードとの敗戦から学び、呑み友達から教わった境地、〝高度の『柔軟性』を維持しつつ臨機応変に対処する〟奥義をみせよう」


 ベータが地下牢の住人から会得した精神性により、ここに新たなる秘拳が今開帳される!


「うおおおっ、これぞ柔らかなる拳、マッスル・ローリング・ライトニングだあっ!」



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応援や励ましのコメントなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)


Q. ブロルさんは、どうして牢屋の捕虜を解放しないの?

A. 今回みたいに、良くも悪くも〝やらかす〟からだよ>▽<

 

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