第479話(6ー16)邪竜は大団円を許さない

479


 ネオジェネシスの長兄たるベータは、師であるカリヤ・シュテンにも見劣りしない、鋼の強さと肉食獣のしなやかさを兼ね備えた、優美な肉体を誇っていた。

 彼はエングフレート要塞を巡る戦いでも、秀でた身体能力をいかして仲間を庇い、多数の守備隊兵を引きつけた。


「……誇らしいぞ、我が弟妹達よ。お前達は、我がごうの拳を超えた」


 とはいえ、ベータがいかに剛腕を振おうとも、徒手空拳としゅくうけんで倒せる人数は限られている。

 異界の技術たる理性の鎧パワードスーツを身につけ、一糸乱れぬ連携れんけいを見せる数十体のアリ型装甲兵には、さしもの彼も太刀打ちできなかった。


「兄上、もはや抵抗は無用です。降伏してください」


 ただ一人で戦い続けたベータの白髪は血で汚れ、白眼も真っ赤に染まっている。呼吸も乱れて身体中が傷だらけ、弟妹達の誰が見ても立っているのがやっとの大怪我だった。


「我が筋肉に賭けても、降伏はあり得ない。お前達がそうであるように、こちらにも退けない理由がある」


 それでもベータは断言した。

 生命の危機というのなら、彼は実際に生命を喪失し、第二の肉体を与えられた経験がある。

 このベータは、はたして原本オリジナルのベータなのか、それとも記憶を引き継いだだけの複製コピーに過ぎないのか。

 どんなに思い悩んでも、納得のいく答えは見つけられなかった。


「……クロードは、我をベータと呼んだ。敬愛する師の生命を救ってくれた。そうだ、〝このベータ〟は、アイツに勝ちたいと心の底から願っている」


 それは、戦闘かも知れないし、違うやり方かも知れない。

 ベータは決めたのだ。この願いを成就する為に、己が生を全力でまっとうすると。


「だからこそ見つめ直した。イケイ谷で敗れた理由は何なのか? 剛強な石も、柔らかくてしなやかな布に包まれてしまう。その観点が足りなかったっ……」


 ベータの反省を聞いて、黒い金属装甲に包まれた弟妹たちもごくりと生唾を飲んだ。

 ネオジェネシスは、高い身体能力に恵まれている。それが故に、強引な力押しに頼る悪癖があった。


「マム……。イザボー隊長も言っていました。戦場では相手の力を利用し、弱点を見抜くことが重要なのだと。ですが、この状況でいったい何が出来るというのです?」


 ベータは群れなす装甲兵達に包囲され、頼みの肉体もボロボロだ。しかし、彼の精神は萎(な)えるどころか、絶好調と言わんばかりだ。


「今こそクロードとの敗戦から学び、地下牢の呑み友達から教わった境地、〝高度の『柔軟性』を維持しつつ臨機応変に対処する〟奥義をみせよう」


 ここに、新たなる秘拳が開帳される!


「うおおおっ、これぞ柔らかなる拳、マッスル・ローリング・ライトニングだあっ!」


 ベータは力強く両の拳を打ちつけた後、手を左右に大きく広げ、コマのようにグルリと回った。

 彼の契約神器である指輪が、両手から巨大な雷柱を形成し、轟々と唸りをあげながら周囲三六〇度を巻き込んで焼き焦がす。


「た、ただのいきあたりばったりじゃないかっ」

「そ、それはやけっぱちですよぉぉ」


 アリ型装甲兵達は武器や盾で防ごうと粘るも、耐え切れなかった。あたかも殺虫剤をまかれた虫のように、バタバタと倒れてゆく。

 彼らが身につけたアリ型装甲服。ドクター・ビーストの遺産は、この世界の理から外れて強大な力を振るう反面、魔法攻撃には比較的脆いという弱点がある。

 まさに柔軟な思考が手繰り寄せた、逆転劇と言えよう。しかし――!


「あにうえ。そのわざは、ちからおしです」

「やわらかいどころか、ごうちょくのきわみです」


 やったことがやったことなので、理解されなかったのも当然である。


「なっ? なんだとおおっ?」


 ベータが目を白黒させていると、エングフレート要塞の外周で、ドーンという大きな音が響いた。

 イヌヴェら三隊長が率いる本隊が橋を完成させて、内部へと乗り込んで来たのだ。


「ベータ、助けに来たぞっ。ひどい傷じゃないか、すぐに治癒術師に診てもらってくれ」

「救援に感謝する。あとは、イザボーを説得するだけだっ」


 ベータは戦場を見渡した。

 青髪の侍女レアと大同盟奇襲部隊は、要塞守備隊の大半を拘束していた。

 残る敵は、トンボの装甲服を身につけた要塞の守将イザボーと、彼女の直掩ちょくえん部隊のみ。

 大同盟とネオジェネシスの未来を占う、天下分け目の決戦も、いよいよ最終局面に入っていた。


「……ベータ、いつの間にあんな必殺技を覚えたんだ?」


 クロードは愛刀の八丁念仏団子刺しを縦横無尽じゅうおうむじんに振るい、イザボーが繰り出す爪撃や熱線を切り払っていた。


「クロードくんも、ああいうのに憧れるの?」


 彼の隣では、赤いおかっぱ髪の女執事ソフィが、水のしたたる魔杖みずちでアリ型装甲兵達を叩きのめしている。


「そりゃあ、僕だって男の子だし。実はとっておきの〝新しい技〟だって、考えていたりするよ……」

「えへへ。そういうところ、可愛いよっ」

「格好いいと言って欲しいなあ」


 イザボーは、クロードとソフィがイチャイチャと甘い言葉を交わすのを聞いて――。否、自軍が総崩れとなったのを見て、いよいよ覚悟を決めたらしい。


「野郎ども、武器を置きな!」


 はじめて戦闘停止の命令を出した。

 イザボーもショックだったのだろうか、前のめりにかがんで膝をつく。


「はは。何もかも無くしたと思っていたが、ここがアタイの、本当の終わりになりそうさね」


 イザボーが似合わない弱音をこぼすと、アリ兵を含む守備隊が大きくどよめいた。


「待ってくれ。僕は貴女達を殺したいわけじゃない」

「イザボーさん、それは違うよっ」


 クロードとソフィは否定して駆け寄るも、とんでもない変化を目撃した。

 イザボーが纏うトンボ型の生体鎧、まだら模様の装甲と半透明の翼を引き裂いて、花が咲くように禍々しい吹雪が湧き上がる。

 

「こいつは、顔なし竜ニーズヘッグか!?」

「まさか、暴走しているの!?」


 クロード達は、幾度もの交戦を経た故に、イザボーの身に起きた危険性を理解できた。

 おそらくは、生前のハインツ・リンデンベルクが、カリヤ・シュテンに仕掛けた罠と同じものだろう。


『クローディアス』


 クロードは耳元で、因縁深い悪魔の声を聞いた気がした。


『この戦いに、大団円なんて許さない。勝利者のいない悲劇こそが相応しい』


 クロードは無言で、右手人差し指にはめたファヴニルとの契約の証、血のように赤い宝石の指輪を見つめた。

 契約を通じた念話かも知れないし、ひょっとしたら幻聴であったかも知れない。

 しかし、最後の最後で何もかもを台無しにする惨劇には、間違いなく邪竜の悪意が滲み出ていた。

 

「ファヴニルっ。僕は諦めないぞ」


 クロードはとっておきの〝新しい技〟を脳裏に浮かべつつ、拳を固く握りしめた。


――――――――――――――――――――


応援や励ましのコメントなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)

次回、クロードの〝新しい技〟とは? ご期待ください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る