第477話(6-14)陰と陽。二つの部隊が辿った運命
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クロードことクローディアス・レーベンヒェルム辺境伯率いる大同盟軍は、ネオジェネシスの創造者ブロル・ハリアンとの直接会談を目指してマラヤ半島南部に上陸、目的地まであと一歩というところまで北上を果たしていた。
しかし、そんなクロードら遠征軍の前に立ちはだかったのが、エングフレート要塞に篭もる守将イザボーだ。
彼女は裏切り者の元上司ハインツ・リンデンベルクによって崩壊した戦線をとりまとめ、大同盟の進軍を一ヶ月にわたって押しとどめる巧みな采配を発揮した。
大同盟の現場指揮官であるイヌヴェ、サムエル、キジーの三隊長は、敵将イザボーの情報を集めたものの、不思議なことに霧がたちこめたかの如く詳細不明だった。
「イザボー女史の過去は徹底して消されていました……。こいつはおかしいと、ハサネの旦那、公安情報部にも手を借りて調べてもらいました。結果は、この通りです」
クロードは、サムエルから三隊長がまとめた報告書を受け取って目を通し、思わず手で顔を覆った。
〝エングフレート要塞の
「そっか、イザボーさんはカルネウス家の出身だったんだ……」
イザボー・カルネウスは、ルクレ侯爵領とソーン侯爵領にまたがって、両家をもしのぐ勢力を築いたカルネウス伯爵家の血縁者だった。
カルネウス家の一男が、ルクレ領とソーン領の領境にある村で庄屋の娘を手込めにしたことで、彼女は私生児として生を受けたのである。
イヌヴェが、怒りのあまり強ばった顔で報告書を補足した。
「父親については詳細不明です。本家のヨーラン・カルネウス伯爵とも、分家のヨニー・カルネウス男爵とも、あるいは彼らの親世代とも……。好色家で知られた人面獣心の輩が多すぎて絞れなかったそうです」
「最悪だ。当時の二領じゃ、そんな蛮行が日常茶飯事だったってことじゃないか」
クロードは震える手で報告書を読み進めた。
イザボーは不幸な生まれながらも、母親や親族から愛されて育ったらしい。
病弱な庄屋の跡取り息子がカルネウス家に徴兵された折には、自ら身代わりとなって志願、軍才を発揮して一隊を任された。
彼女が率いた部隊は、正規の部隊から爪弾きにされたあぶれ者ばかりだったが、見事に手綱をとり、怪物討伐や山賊退治で名をあげたという。
「……ボクたち元オーニータウン守備隊も、セイ司令やアリス副長と出会うまでは鼻つまみ者扱いでした。だから、イザボーと巡り合った隊員達の気持ちはわかります。ただ、決定的に違うのは、トップが貴方じゃあ、なかった」
イザボーが率いる部隊は、レーベンヒェルム領におけるオーニータウン守備隊のように脚光を浴びて、彼女の存在はカルネウス家の知るところとなった。
かの悪逆な伯爵や男爵が、自らの血縁者をどのように受け止めたのかはわからない。
サムエル曰く、彼らは復讐を怖れたのか、あるいは利用しようと考えたのか、イザボーに首輪をつけようと最低の所業に及んだ。
「辺境伯様はご存じのことでしょうが、往年のルクレ領もソーン領も酷い有様だった。食うに食わずの百姓達が一揆を起こして、イザボー女史が率いる隊が投入され、〝別働隊〟によって皆殺しにされた。ハサネの旦那は、虐殺現場で使用された凶器の特徴から、カルネウス家と親しい共和国軍閥〝
「……」
これは、西部連邦人民共和国を専横する
たとえ外国であっても、非合法な犯罪や過激な粛清の手助けをして、パイプのある有力者と共犯関係となり、利権と罪禍でがんじがらめに縛るのだ。
「イザボーと彼女の部隊は〝独断で非道を犯した〟とえん罪を着せられて孤立しました。居場所を失った彼女たちは、伯爵や男爵の汚れ役を担わされていたようです。ひょっとしたら、いえ、確実に村と母親を人質にされていたのでしょう」
イヌヴェの声はうわずっていた。
領主であるクロードの元で、司令官セイや守護虎アリスと共に栄光の道を歩んだ、彼らオーニータウン守備隊。
ろくでなし貴族の
〝クロードが悪徳貴族の影武者となる〟というボタンの掛け違えがなければ、果たして……。
「そして、ルクレ領とソーン領が大同盟に降伏した後、カルネウス伯爵家は血塗られた過去の証拠隠滅を図りました。イザボーが生まれた村は――テロリスト集団〝
キジーが吐き捨てるように呟く。
大同盟が倒した〝
「イザボー女史は故郷を失ったことで、大同盟に降伏した家を裏切り、
忘れてはいけない。緋色革命軍のトップは、あのダヴィッド・リードホルムなのだ。
「……ダヴィッドは、イザボー隊の過去を引き合いに出して脅迫、負傷兵を人質にとって様々な悪逆を無理強いしたそうです。エコー坊ちゃんによると、ブロル・ハリアンが女史を窮地から救って、ネオジェネシスに勧誘したそうですな」
ブロルもイザボーと同様に、貴族と〝
「最後に、イザボーは戦死した隊員の遺児を領都ユテスにある教会で養育していました。……行商人からの情報によれば、最近まで教会はハインツ派に制圧されていたとのこと。一度彼らに与した理由はそれでしょう」
クロードも、イヌヴェもサムエルもキジーも、四人揃って頭を抱えた。
「辺境伯様、こりゃあ難敵ですぜ。表層意識を共有できるネオジェネシスの特性を考えれば、イザボー女史が指揮する要塞があれだけ強いのも頷ける」
「自分達に身を置き換えてみると、折れるはずがありません……」
クロードは三白眼を閉じて沈黙したが、やがて決意を固めて口を開いた。
「イヌヴェ、サムエル、キジー。イザボーさんは、仲間に入れる。だから、無茶を言うよ。――要塞戦は、これ以上誰も〝殺されず、そして殺すことなく〟終わらせたい」
クロード自身も自覚していたが、あまりと言えばあまりの無茶ぶりだった。
イザボー個人に留まらず戦後を鑑みた政治的事情もあるが、現場指揮官ならキレてもおかしくない、浮世離れした命令だった。
「「「おまかせあれ」」」
それでも、三隊長は笑顔で親指を立てた。
戦いは始まり……。
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 花咲の月(四月)一日夕刻。
「「あと少しだ。あと少しで要塞内部に乗り込めるっ」」
イヌヴェ、サムエル、キジーが率いた部隊の奮戦で、エングフレート要塞へ架ける橋も九割方完成する。
いよいよ決着の時が近づいていた。
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