第373話(5-11)炭鉱町エグネ再び
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ネオジェネシスとの開戦を控え、ヴォルノー島大同盟が抱えていた最大の問題は、兵力の不足だった。
クロードは、ゴルト・トイフェルに決戦を挑む直前、行動可能な幹部を集めて、改めて戦略を練り直した。
『決戦の勝敗はどうあれ、ひとまず防衛は重要拠点に集中させる。ヨアヒム参謀長、今、動員可能な兵力はどれくらいある?』
『リーダー、ヴォルノー島の守備兵力を除けば、二万足らずといったところでしょう』
青錆色のサングラスをかけた参謀長の報告に、会議参加者達は俯いた。大同盟の名だたる将帥がことごとく敗れ、マラヤ半島に上陸した軍勢の内、六割以上が負傷によって戦闘不能となっていた。
『ローズマリーさん。ユーツ領やユングヴィ領の民衆は、どう受け止めているかな?』
『芳しくはないわね。緋色革命軍の残党はまだまだ、ネオジェネシスの軍勢は一〇万人と噂されているわ。国主様を救出できたのと、辺境伯、貴方の存在が辛うじて人心を繋ぎ止めているの』
『……うん』
その一方で〝万人敵〟ゴルト・トイフェルの武名が響き渡り、兵力差が目に見えて拡大したことで、マラヤ半島の民衆は目に見えて動揺していた。このままでは戦争継続すら危ういだろう。
『アンセル、負傷者の治療状況はどうかな?』
『辺境伯様。予備兵力を投入して、救援と治療にあたっています。ユングヴィ領沖会戦で完勝を治めたことから、周辺海域は大同盟の制圧下にあり、補給の心配はありません』
アンセルの発言通り、陸では敗れたものの、海では大同盟が圧倒していた。本拠地であるヴォルノー島から、大勢の医者や治癒術師、大量の薬がマラヤ半島に運び込まれ、戦死者は最小限に食い止めることが出来た。
とはいえ、医者も薬も数が限られており、いつまでもマラヤ半島に留めておくわけにはいかない。
『……オットーさん。負傷兵の復帰には、どれくらいかかるだろうか?』
『うん、怪我が酷くて人数も多い。最低でも二ヶ月、再訓練も数えれば半年は必要だ』
元緋色革命軍ユーツ領地区委員長にして、現在は治療部隊を率いる神官騎士オットー・アルテアンはそう告げた。
実際の所、契約神器の盟約者のように特殊な例を除けば、一般の兵士達が再び十全に戦う為には、相応の回復とリハビリ期間が必要になる。
つまり、大同盟は負傷兵が復帰するまでの間、半減した二万足らずの兵員での戦闘を余儀なくされる。もはや広範囲を守ることは不可能だった。
『ありがとう。僕はこの状況を鑑みて――攻める――つもりだ』
クロードがそう口火を切ると、会議場となった大型テントは意見が割れて蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
アンセルやオットーは防衛の重要性を説き、ヨアヒムやローズマリーは攻撃の方針を止めれば民衆の支持が失われてじり貧になると警鐘を鳴らした。
『聞いて欲しい。まだ棟梁殿の話は終わっていない!』
天幕の煙窓から陽が射して、総司令官の薄墨色の髪が銀に輝いた。
ざわめいていた幹部達は、彼女の気迫と幻想的な光景に息を呑んで、議場はしんと静まりかえった。
『攻めるといっても、守りやすくなるように――攻めるということだよ』
それならば、と参加者達は賛同した。マラヤ半島上陸から一ヶ月あまり。大同盟はユングヴィ大公領の大半を掌握したものの、元貴族を中心とした緋色革命軍残党との戦闘が続いていて、首都クランの奪回も終わっていない。
ゴルト・トイフェルによる神出鬼没の奇襲を受けたのも、確固たる地盤がなかったことが大きな原因だった。会戦に勝利し、国主救出にも成功したものの、現在のマラヤ半島はいまだ敵の掌中と言って良かったからである。
『最初に狙うのは、ネオジェネシスとの停戦時に放棄したユーツ領北部にある炭鉱町エグネだ。南の高山都市アクリアとの間に防衛線を敷いて、その間にユングヴィ領を掌握しよう』
『……あの町、何かあったかしら? 廃坑の基地は壊しちゃったのよね?』
『ああ、実は――転移魔法支援の魔法陣がある』
『『!?』』
クロード達が、
大同盟が撤退する際、簡易な隠蔽措置を施していたが、ネオジェネシスが利用した痕跡はなかった。
というより、防衛設備を失った炭鉱町エグネ自体に興味が無かったように思える。
――
――――
復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 木枯の月(一一月)一〇日午前。
町一帯に張られた透明な球形の仕切りが火や雷、金属片を受け止める中で、クロードはごちた。
「……独裁体制の限界だな。ブロルさんは優秀な神器使いで、生命関連の魔術もに秀でているけど、一人の視野ですべてをカバーできるわけじゃない。たったひとつの思想、ひとつの理念に縛られるなら、どれだけ大きな集団であっても、自然と多様性は失われてしまう。如何に高尚な大義を謳っても、それは可能性を閉ざすということだ」
クロードが魔法陣を使ってヴォルノー島から取り寄せたのは、コンラードが発注した朝食の材料と――。
ソフィが原型を作り、レアが改造を加え、ヴォルノー島の技師達が一丸となって完成させた飛行自転車二〇台だった。
この飛行自転車は、乗り手のスタミナと魔力を膨大に消耗する代わり、暴風も弾雨も受け付けない、驚異的な防御結界を有していた。それらをソフィの異能とミーナの酒で強化することで、ネオジェネシスの砲撃を正面から受け止めたのである。
「大丈夫、クロードくん。わたし達は負けないよ」
瞳を青く染めたソフィが舞い、飛行自転車を強化しながら微笑んだ。
「たぬたぬっ」
狸猫姿になったアリスが、クロードの頭に乗って丸くなった。
「視界が晴れると同時に作戦開始といこう」
軍旗と鐘を手にしたセイが、不敵な笑みを浮かべた。
「ああ。やってやろう!」
そして、クロードが合図のはたきを投げると同時に――空を舞う飛行自転車隊は爆薬を投下し、ネオジェネシスの砲撃部隊を一斉に吹き飛ばした。
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