第372話(5-10)ネオジェネシス先鋒

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 クロード達が、遅めの昼食を終えて、ネオジェネシス迎撃準備を進めている頃――。

 レベッカ・エングホルムもまた、大同盟軍五〇〇が炭鉱町エグネに入ったことを突き止めていた。


「フフ。廃坑の基地が機能していた頃ならいざ知らず、先の戦いで壊したのはお前でしょうに。何もないエグネなんぞに籠もるなんて馬鹿な男ですわ」


 燃えるような赤髪の少女は、唇を三日月のように歪めて笑った。

 彼女は、元緋色革命軍の同志たちと共に後退する事を選ばず、自ら先鋒に志願した。


「並行世界を覗き見ても……奇襲の心配はない。ワタシが、この手で八つ裂きにしてあげます」


 レベッカはネオジェネシスが変身した二本角の白馬に乗って、五〇〇〇体のウジめいた兵士達と共に道を急いでいた。

 ただ一体、チャーリーと名付けられた個体だけが、白髪をツインテールに結んだ少女の姿で同行していた。


「レベッカ顧問。チャーリー達は、創造者様からは、貴女を守るよう命令された。念のために警戒を続けるね」

「ええ、油断は大敵ですもの。といってもエグネまであと少しです。楽しみになさい。もうすぐ〝ご飯〟を味わえますわ」

「……だといいけど」


 創造者ブロル・ハリアンは、大同盟との不戦切れと同時に侵攻する手はずを整えていた。チャーリーと同胞五〇〇〇体も、今日という日の為に、領境付近の砦で訓練と演習に励んでいたのだ

 けれど、本来ならば『〝万人敵〟ゴルト・トイフェルが強さを十全に見せつけた』上で合流し、開戦する予定だった。――デルタの予測では、恐怖に駆られた民衆は、こぞってネオジェネシスになびくはずだった。

 けれど、昨日クロード達がゴルトに勝利したことで、従来の戦略は崩壊してしまった。


『創造者様。レベッカ顧問は攻めたがっているけど、いいの?』


 チャーリーは、不確定要素の多い状況下で戦いを挑むことに戸惑い、創造者ブロルに精神感応テレパスで伺いを立てた。


『そうだね、良い機会だ。チャーリー、実際に体験することで見えてくるものがある。クローディアス・レーベンヒェルムと戦うことで、きっと多くのことを学べるんじゃないかな』

『わかった』


 ……命じられた以上、戦うしかない。

 創造者の期待に応えることが、ネオジェネシスの唯一無二の存在意義なのだから。

 そして、チャーリー自身、クローディアスなるニンゲンに興味を抱き始めていた。


「創造者様があんなにこだわるニンゲン、どんな相手だろ?」


 やがて日の昇りと共に、目的地である炭鉱町エグネが見えてきた。

 しかし、村は不気味なほどに静まりかえっている。


「……偵察に出ていた個体が発見したのはここだよ。でも、今は生命反応は見られない」

「ふん、魔術なりで隠蔽しているだけですわ。ワタシの異能は見逃さない。並行世界では、かまどの煙が立っていた。奴らは必ずここに潜んでいる」


 レベッカは町をぐるりと包囲すると、ネオジェネシスに人型を取らせた。

 チャーリー達は命じられるままに、ウジの姿で運搬してきた魔術砲や火薬砲、合わせて五〇門を据え付けた。


「愚かな辺境伯。一度でも勝利したと慢心したのが運の尽きね。その寂れた町がお前の墓標よ、砲撃開始!」


 ネオジェネシスの兵士達が人間に勝る視力で狙いをつけて、砲を解き放つ。

 炭鉱町エグネに巨大な火球や雷柱、砲弾が降りそそぎ、耳をつんざくような轟音が一帯に響いた。


「レベッカ顧問、ご飯がなくなっちゃうよ。あれじゃあ、焦げすぎるかバラバラになっちゃう」

「チャーリー。心配は無用よ。あのイレギュラーどもは、それはもう生き汚いのだから。たとえ時間を巻き戻しても、どうにもならないよう徹底的に潰します」


 チャーリーは、レベッカの鬼女めいた剣幕に思わずのまれてしまった。

 どうやらこのニンゲンは口で罵るほどには、大同盟を甘く見ていないらしい。

 むしろ執拗なまでに繰り返される攻撃が、彼女の敵への評価と殺意を裏付けていた。


「あはははっ、一方的に砲撃される恐怖と絶望を味わって、嘆きの中で死になさい!」


 ネオジェネシスによる、魔導砲と火薬砲、五〇門による集中砲火はその後三〇分も続いた。


「……辺境伯、お前には三つの許し難い罪がある。ひとつはあのお方の心を惑わせたこと。ひとつはおねえさまの心を揺るがしたこと。最後に〝正しい〟歴史を歪めたこと。すべて、万死に値する。これだけ砲撃を加えれば、ひとたまりもないでしょう」


 レベッカが哄笑をあげる中、ついに砲の魔力と残弾が尽きて、土煙が晴れた。

 そこには、無傷の町があった。

 入り口に立っているのは、細い体躯の青年だ。彼の三白眼は、自信と闘志に燃えていた。


「レベッカ・エングホルム、いったい誰にものを言っている? 僕は悪徳貴族だぞ。あのバカの都合など知ったことか。そして、ソフィは僕の大切な人だ。悪いが、お前には渡さない」


 クロードの宣言に、レベッカがまなじりを見開いて吠える。


「やっぱり、未来が見えない。この異分子イレギュラーがぁあっ」

「お前がいう、〝正しい〟歴史なんて撃ち壊してやる!」


 クロードの手から、束ねた布のついた棒――はたきが飛ぶ。

 それは誤ることなくレベッカとチャーリーに程近い野砲に直撃して爆発した。

 同時に、他の部隊からも一斉に爆音が轟いた。


「――嘘。いったいどんな手段を、これがニンゲン!?」

「チャーリー、契約神器を用意なさい。これだけの戦力差、甘く見るなあ」


 レベッカがわめき、チャーリーが糸巻き状の神器をつかみ出すのを見ながら、クロードは堂々と叫んだ。


「さあ皆、反撃といこうか!」


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