第374話(5-12)対包囲戦

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「さあ皆、反撃といこうか!」


 クロードが手にしたはたきを投げるや、大同盟の飛行自転車一〇台は空から爆弾を投下、町を包囲するネオジェネシスの砲台五〇門を次々に爆破した。


「おのれ悪徳貴族がっ。どこから、そんなガラクタを――」

「早起きの宅配業者にね、朝食と一緒に頼んでいたのさ」


 クロードは、白で塗りつぶされた軍勢の紅一点、双角馬バイコーンに乗った燃えるような赤髪の女が発した怒声に、親指をあげて応えた。

 爆撃を担当する飛行自転車の操縦士ライダー達も、軽口を叩きながらローダーを回して空を舞う。


「辺境伯様。極上のモーニングセットを食べましたからね。元気いっぱいですよ!」

「ネオジェネシスよ、食後の運動にちょいと付き合ってもらうぜ」


 クロードも、コンラード・リングバリが『元気の出るご飯の材料と調理器具』を発注した時はさすがに目をむいたものだが……。

 意外や意外、お好み焼き風揚げパンの効果は士気向上に絶大の効果があったらしい。


「前回の占拠時に、何か輸送用の仕掛けを仕込んでいた? き、昨日ワタシ達と戦う前の段階からこれを考えて……」

「当然だ。勝算があったから実行した。作戦は一戦で終わるものじゃない」

「黙れ辺境伯。その目、あの方に似た眼差しが忌まわしいのよ。世界の真理を知らない愚かな異分子が!」


 クロードは、レベッカの金切り声を無視した。

 先の戦いはゴルトに集中していたため、彼女と言葉を交わすのはベナクレー丘の敗戦以来かもしれない。

 レベッカは、ソフィの親戚で、幼なじみで、そして〝あの〟ファヴニルの巫女だという。

 己が目で確認してみれば、確かにダヴィッドが身につけていたものと同じ、黄金の首飾りが豊かな胸元で揺れている。


(ソフィには悪いけど、アンタは危険だ。討たせてもらう)


 クロードははたきを投げて、飛行自転車隊へ標的を指示した。炭鉱町エグネでローテーションを組みながら、高空から爆弾を投下し続ける。

 対空用の速射砲を含め、ネオジェネシスの砲門はすべて破壊済みだ。

 白い兵士達はウジから人間形態に変貌して、銃器を手に応戦を開始したが、有効射程が一〇〇|m(メルカ)程度に過ぎないマスケット銃ではまず届かない。


「セイ隊、コンラード隊。このまま圧殺するぞ」

「「了解」」


 爆撃で敵軍勢の足を止めたところへ、町からレ式魔銃の斉射を浴びせる。

 無色火薬で改良したライフルの有効射程はおよそ一〇〇〇|m(メルカ)だが、高所からならばそれ以上に伸びる。弾丸が雨のように叩きつけられた。

 レベッカの隣で、ツインテールが特徴的な指揮個体らしい少女が悲鳴をあげた。


「レベッカ顧問、射撃を受けている。こっちの銃じゃ届かない」

「恐れなくていいわ。貴方達は、このくらいじゃ死なないのだから」

「そ、そうだ。チャーリー達はネオジェネシス。新しい生命……」


 白い兵士達は爆撃で吹き飛び、銃弾を浴びて倒れ伏す。

 けれど、それだけだ。彼らは再び人間態からウジに変化すると、壊れた武器を捨て、飛び散った肉片を取り込み、渦で町を飲み込むように進撃を続けていた。


「チャーリー、全軍突撃よ。ワタシ達には、クローディアスのように小細工なんていらない。狙うのは町の中央にいる。司令官の女、セイ。あの娘さえ殺せば、ゴルトに勝てる将はいない。正しい未来を始めるの」

「みんな、行って!」


 ウジ状の兵士達が、蛇のように大口をあけて、連なる牙を鳴らしながら炭鉱町エグネに殺到する。

 大同盟の兵士達がライフルで応戦するが、生命力に長じたネオジェネシス達の足は止まらない。白いウジ達は、ホラー映画のように再生を繰り返しながら町を飲み込んでゆく。


「さあ、ご飯の時間だよ」


 こうなってしまえば、距離などないも同然だ。怪物が口を大きく開き、薄墨色の髪をした若き司令官に食らいつこうとした。

 けれど、セイは鐘と軍配を手にしたまま、武器すら抜かずに言い放った。


「なるほど、いい判断だ。だが惜しいかな、戦法が単純すぎる」


 昼の日差しが、セイの髪を銀色に染める。

 ウジの牙は、届かなかった。


「「ここまでだ。セイ司令はやらせないぞ」」


 大同盟の兵士達が銃を捨て、奇妙な飾り――はたき――をつけた槍や盾で、ネオジェネシスの突進を受け止めたのだ。


「なんで? チャーリー達はネオジェネシス。ニンゲンよりずっと強いのに」

「ソフィ殿とミーナ殿が魔法で補助してくれている。唯一、身体能力だけが戦場でものを言うわけでは無い。そして動きさえ止めれば」


 無防備となった側面を突いて、黒髪の青年が、雷を帯びた打刀と火に包まれた脇差しを手にネオジェネシスに斬りかかった。


「鋳造――雷切。火車切! ソフィ、ミーナさん、力を借りるよ」


 クロードが横薙ぎに振るう脇差しから伸びた炎と、空を割るように切り下ろされる雷が十文字を描く。

 クロードが二刀から繰り出す雷と炎の連携技は、数百体のウジをまとめて焦しながら空宙へと舞いあげた。

 その光景を見て、レベッカは嗤う。


「む、無駄な抵抗を。ネオジェネシスは不死身の兵、決して死なない――」

「だめ、レベッカ顧問。創造者様から聞いたでしょう? あのひとと虎の娘には、効かないのっ」


 落下したネオジェネシスは煙をあげながら溶けて液状になり、やがて固まってしまった。

 クロードの動きは加速する。向かってくるウジ兵達を蹴りながら跳躍し、更に数百体を踊るように切り伏せた。


「聴け、ネオジェネシス。人間を超える身体能力? 一〇倍の戦力差? それがどうした? 最初から見込んだ上で、勝てる準備をすればいいだけのことだ。人間を舐めるなよ、御先祖様は石槍を使って、マンモス像にだって打ち勝ってきたんだぜ」

「この、神話級の馬鹿勇者があっ。撃ちなさい! マスケット銃を斉射して」

「無理だよ、味方が邪魔で届かない。そもそも壊されちゃってる、……そうか、創造者様は、これを学べと言っていたんだ」


 クロードに励まされるように、兵士達の戦いにも熱が入る。銃を撃ち、槍で貫き、盾で殴り、爆弾で吹き飛ばす。彼らが得物につけた飾り、即ちはたきがぼんやりと輝いた。容易には殺せないはずのネオジェネシスが地へと崩れてゆく。

 大同盟、わずか五〇〇の兵は、五〇〇〇のネオジェネシスによる包囲を内側から食い破ろうとしていた。


「さあ来いネオジェネシス。〝悪徳貴族〟は、クローディアス・レーベンヒェルムはここにいるぞ!」

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