第280話(4-9)悪徳貴族と新たなる難題

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 涼風の月(九月)一七日。

 ユーツ領領都ユテスに異変の報告が入った頃、クロードとヨアヒムは高山都市アトリアの地脈に築いた祭壇で、レーベンヒェルム領からの支援物資を受け取っていた。


物質転送アポート完了です。リーダー、今日は医療品他の物資がこれだけと飛行自転車が一〇台です。昨日までの分と合わせれば、大鏡盾車改シールドタンク一台、レ式魔銃ライフル五〇丁、飛行自転車が三〇台です。ライフルはともかく自転車は作戦開始には間に合わないっすね」

「うーん。この街には牧場があるし、軍馬も豊富だから騎兵でいくよ。今、アーシュくんが見てくれてるけど、皆ちゃんとやれてるじゃないか」


 牧場は祭壇に近い場所にあり、大同盟から来たチョーカー隊二〇〇人と軽傷だったユーツ領兵五〇人が突撃や旋回などの訓練に励んでいた。


「馬は自転車と違って生きているから、不慮の事故が怖いんすよねえ。リーダー、捕虜の転移は急がなくても良かったんじゃないっすか?」 


 高山都市アクリア制圧から二日、チョーカー隊はアクリア付近の村落解放にも成功し、ユーツ領南西部に小さいながらも地盤を造り上げた。

 この戦いで捕らえた親衛隊員は一〇〇名以上にのぼり、クロードは魔力を振り絞って、全員を本拠地であるヴォルノー島へと転移させたのだ。

 ヨアヒムが指摘した通り、それだけの魔力を別に用いれば、より多い物資をやり取りすることが出来ただろう。


「そうも行かなかったさ。略奪や婦女暴行、陰惨な拷問、親衛隊は今までやり過ぎた。放置しておけば必ず民衆から報復される」

「他所の国に来てまで無法を働く輩なんて、何をされたって文句は言えないと思いますけどねえ」


 鎧兜をはいで初めてわかったことだが、親衛隊員の大半は様々な国籍の外国人傭兵だった。

 緋色革命軍は、金持ちのドラ息子や脛に傷もつ犯罪者が幹部になって傭兵たちを配下に雇い入れ、旧政権や民衆から資産を強奪、労働を強制することで成立していたのである。


「ヨアヒムの言うことはもっともだよ。僕だって最近は内乱をやっているのか、侵略者と戦ってるのかわからなくなる時がある。だからこそ、法にのっとった厳正な裁きが必要なんだ」

「リーダーのそういうところにセイ司令は惚れたんでしょう……。でも西の方じゃ、テロリストが他国に難民を輸出して支援組織をつくったり、洗脳した外国人女性を孕ませて帰した上で、子供を現地指導者として育てたりしています。こういった搦め手には四角四面の法律じゃ対応できないっすよ?」

「それでもだ。迫る危機に然るべき法律を立て、硬軟こうなん織り交ぜた対応が可能な行政機構を整備するのが政治指導者の役目だ」


 だからオレたちにはリーダーが必要なんですよ、という言葉をヨアヒムは飲み込んだ。

 自国の為や領民の為ではなく私欲と権勢のために政治をもてあそび、時には外国に売りとばす貴族や政治家がどれだけ多いことか。

 しかし、今はまだ戦の真っ最中だ。将来の心配をする余裕なんてない。


「リーダーが緋色革命軍の捕虜に手出しできないようにしたことで、当面の流血は避けられました。ですが、ユーツ領民の中で緋色革命軍に媚びていたグループが白眼視されてるっす」


 異なる勢力が争うとき、弾圧や報復が行われるのは世界史でも山のように見られる事例だ。

 おそらくローズマリー・ユーツからの報告だろうが、クロードはヨアヒムの直言に生唾を飲みこんだ。


(まずい。天狗党てんぐとう書生党しょせいとうのようになったら目もあてられない)


 幕末において、長州藩と共に改革の先駆けとなった水戸藩だが――明治維新において語られることは少ない。

 主役となるのは雄藩である薩摩藩や長州藩、土佐藩、あるいは奥羽越列藩同盟の中心となった会津藩や仙台藩か。

 水戸藩が表舞台から消失した理由は、おそらく対立するニ派による抗争と、民間人すら巻き込んだ苛烈な報復合戦だろう。天を焦がすほどの情炎は、彼の地に痛ましい爪跡を残した。

 痴女先輩に言わせるなら、血生臭過ぎて小説フィクションにも取り上げづらいのだ。


「新しく解放した村では、緋色革命軍に親しい住民の横暴を告発、処断を願う署名や直訴が多数届いています。真偽は不明ですが、訴えられた者の中には、村の指導者や顔役も含まれているっす」


 やっぱりかと、クロードは頷いた。


「ローズマリーさんたちと相談の上で、まだ前線勤務が困難な兵士を送って巡回と聞き取りに当たらせよう。村民たちの気持ちもわかるけど、証拠のない魔女狩りは絶対に駄目だ」


 自称被害者じぶんたちは絶対の正義だ。なんてうそぶくテロリスト、緋色革命軍が無法をやらかした結果が現在のマラヤディヴァ国の惨状だ。彼らが犯した過ちのてつを踏むわけにはいかなかった。


「わかりました。すでにユーホルト伯爵たちか対応中っす。あと対抗目的かは不明ですが、付近全ての村落が戦勝祝いの名目で金や食糧を献上してきました。一村だけですが、女性や少年を貢ごうとした村長もいます」

「おい勘弁してくれ」


 クロードは解放地の行政掌握と、祭壇建立による魔術輸送体制を確立するため、高山都市アクリアへ留まっていた。

 村落解放には代理としてヨアヒムとチョーカーを向かわせたのが、まさかそのような事態に陥っているとは思いもよらなかった。


「祝い金はとりあえず受け取って、村の負傷者治療や防衛費として還元しよう。食糧は炊き出しに使おうか。何も村長たちに悪意があるとは限らない。僕たちが暴れないよう、保険に差し出した可能性だってある」


 実際のところ、村落からクロードたちがどのように見られているかは危うかった。

 ひょっとしたら、緋色革命群に取って代わった新しい武装勢力と見なされている可能性もあるのだ。

 高山都市アクリアの町民たちは、幸いにも大同盟からの援軍を受け入れてくれたが、これはローズマリー・ユーツの存在と若干の演出あってのことだろう。

 時間や交流もないのに、いきなり信用を得たいというのは無謀だ。


「まあ、ハニートラップの危険性は少ないでしょう。一番危険なチョーカー隊長にはミーナさんが張り付いてますからね」

「そうだな。心配なのは、カワウソくらいのものだ」

「へへっ。テルのやつ、町の娘たちに大人気ですよね」


 クロードとヨアヒムは笑った。

 二人はこの後に待ち受ける衝撃を、まったく想像すらしていなかった。


「辺境伯様。参謀長。申し上げたいことがあります!」


 クロードとヨアヒムが支援物資の運搬手配を終えた頃、同じように馬術訓練が一段落したラーシュ・ルンドクヴィスト男爵が、祭壇へとやってきた。

 彼は年少ながら、父祖伝来の第六級契約神器ルーンソードをもつ盟約者であり、年長のヴィルマル・ユーホルト伯爵と共に、収容所から解放されたユーツ領兵のまとめ役を担っていた。

 クロードもヨアヒムも、ラーシュという少年の実直さを好ましく思っていたのだ。


「実はおれ、好きなひとがいるんです」


 突然の申告だったが、クロードもヨアヒムもにんまりと顔をほころばせた。


「へえ、恋愛相談か? ふふ。僕も成長して、頼れるオトコのオーラが滲み出てきたかな?」

「リーダー、ナイスジョークっす。ラーシュくん、わかってるじゃないすか。服装や髪のセットのことなら任せるっす。告白はいつ? 相手は誰なんすか?」

「はい、マルグリット・シェルクヴィストと言って、おれの婚約者なんです。この念写真を見てください。今は緋色革命軍の参謀部にいるはずです」


 ラーシュの告白を受けて、二人の背筋に寒気が走った。

 とっさに顔を見合わせて、目線だけで意思の疎通を図る。


「どうしよう、どうすんだ。厄ネタじゃないか! 参謀長、こいつはいったいどういうことだ?」

「無茶言わないでください。漢のオーラはどこいったんです? オレっちだって、最初から懐柔されてるなんて予想してませんよ!」


 とはいえ、冷静に考えれば有り得たことだろう。

 自分たちの色恋さえままならぬ二人は、この難題に対して額に汗して悩み始めた。


「やっぱり、討つしかないんでしょうか。おれ、やっぱりマル姉のことが好きで、でもユーホルト伯爵は交際に反対なんです。おれ、もうどうしたらいいか――」

「おおおお、おちつけ。ま、まだ、あ、あわてる時間じゃない」

「そそ。そうっす。まま、まだ、きめつけてはいけないっす」


 ラーシュは、ユーツ領解放軍の要とも言える二人であれば、納得のいく指針が得られるのではと期待していた。

 しかし、クロードもヨアヒムも、まるで夏休み最終日に白紙の宿題を前にしたかのような有様でうろたえるばかりだった。


「すみません。無理を言いました」

「無理じゃない。な、なんとかする。ラーシュくんは、明日の出立のことだけ考えてくれ」

「そうっす。攻めるにせよ守るにせよオトライド渓谷の関所は押さえなくちゃいけないっす。今は英気を養って備える。これが一番大事!」


 肩を落として祭壇を去ったラーシュを見送って、クロードとヨアヒムは顔を見合わせた。

 

「どうする、ヨアヒム? 切り崩すにしても諦めさせるにしても、情報が足りないぞ」

「ローズマリーさんから聞きだしてみます。リーダーはユーホルト伯爵の方を頼みます。なんとか力になってやりたいけど、今はそれどころじゃないっす」

「だな。マルグリットさんだっけ? 参謀だったらいきなり前線には出てこないよなっ」

「そうそう! 偉い人と参謀は、奥に引っ込んでいるのがお約束っす」


 言うまでもないことだが、クロードはレーベンヒェルム領の領主であり、ヨアヒムは領軍参謀長であった。

 自分たちの存在とラーシュとマルグリットの問題を棚上げにして、二人はともかく仕事に集中した。

 そして翌日――、涼風の月(九月)一八日。

 ユーツ領解放部隊は、高山都市アクリアを立ち三〇〇の兵を率いて東に向かった。

 クロードたちは川沿いを馬で下り、オトライド渓谷の関所付近の川原に布陣する。

 関所は、すでに緋色革命軍によって抑えられていた。

 川は魔術付与された金属綱で封鎖されており、仮に舟で下ろうとしても不可能だろう。

 また両岸には防柵が据え付けられて、完全武装の兵士たちが長槍とマスケット銃を構える本格的な防御陣地と化していた。

 渓谷の南北は切り立った崖に挟まれていて、通常の手段では迂回することも出来ない。

 唯一の救いは、関所に詰めた兵士たちは灰色の装甲服を着た親衛隊と、一般の皮鎧で武装した一般兵が半々で、両者が遠目からもギクシャクしていることだろうか。


「所属不明の叛徒に告げる。わたしは第六位級契約神器ルーンブレスレットの盟約者、マルグリット・シェルクヴィストである。ただちに武器を捨て降伏せよ」

「あんの馬鹿」

「マル姉……」

「やはり、来るか」


 降伏勧告に、ローズマリーは整った眉をひそめ、ラーシュとユーホルト伯爵は複雑な表情でかつての同胞を見た。

 そしてクロードとヨアヒムは――。


「「いるじゃないか!!」」


 互いの不明をあげつらい、ポカポカと殴り合っている真っ最中だった。


「ええい、コトリアソビも参謀長も何をしている。真面目にやらんか」


 ユーツ領解放の幸先を占うオトライド渓谷関所攻防戦は、よりにもよって”マラヤディヴァいち非常識な男”アンドルー・チョーカーがツッコミを入れるという異常事態から始まった。

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