第281話(4-10)オトライド渓谷関所攻防戦
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復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 涼風の月(九月)一八日正午。
オトライド渓谷関所で対峙したユーツ領解放軍三〇〇と緋色革命軍五〇〇の激突は、両軍の指揮官が意図せぬ形で始まった。
双方の軍はオトライド川北方の川原で対峙していたのだが……、親衛隊二〇〇が参謀”
「
「
緋色革命軍親衛隊が関所から引き出したのは、古典的な
彼らが
山を震わせる轟音と爆音が渓谷に響き渡り、水蒸気と煙がもうもうと湧き上がる。
「ギャハハハ。
親衛隊は、顔面蒼白となったマルグリットを尻目に高笑いをあげたが、彼らの顔はすぐに歪むことになる。
無傷だった。クロードたちは陣内から
「ヨアヒム、やっぱりあの中二病爺さんはとんでもないなっ」
「ええリーダー、あの御老人はオレたち契魔研究所が探し求めていた真理に、一年も早く辿りついていた。でも、彼はもう居ません。
「まかせい。小生の指揮をご覧あれ!」
アンドルー・チョーカーは第六位級契約神器ルーンホイッスルを吹き鳴らし、背に乗ったミーナが革袋から酒精をふりまく。
ルーンホイッスルの能力は、肉体への干渉だ。知覚を麻痺させたり、肉体を弱らせたり、場合によっては
ミーナの酒精によって充分な人数に強化が行き渡ると、チョーカーは長い木の棒を手にした騎馬隊を率いて迎撃に出た。
「いくぞ野郎ども!」
「馬鹿め。親衛隊、特殊武装を許可する。フハハハハッ、所詮は叛徒だ、道理を知らん。我らが
親衛隊は高笑いしながら、軍服を蟻じみた装甲服へと変化させた。
彼らのパワードスーツは物理攻撃に強い耐性をもつ。何の変哲もない剣や槍では、傷一つつけることすら困難だろう。――しかし。
「総員、魔杖放てェ!」
「な、なんだとお!?」
チョーカー隊は
これらは、高山都市アクリアや捕虜収容所に配備されていたものを接収して加工したものだ。
パワードスーツの魔法防御力は、物理耐性ほどには高くない。予想外の攻撃を受けた親衛隊は火球や氷柱に鎧を貫かれ、軽傷にも関わらずパニックに陥った。
「今だっ。全員抜刀。突っ込めえ」
その隙を見逃すチョーカーではない。
騎馬隊は魔杖を投げ捨て、
「戦闘は、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処するもの。貴様らは頭が固いのだぁ」
「散っていった戦友たちの仇討ちだ。思い知れ緋色革命軍!」
士気が極限まで高まった騎馬兵と恐慌状態に陥った徒歩兵がぶつかった時、どうなるかは自明の理だろう。
チョーカー隊は自慢の防御力を発揮できない親衛隊を、まるで川に砂糖を溶かすが如く散々に打ち破って、ドクター・ビーストの遺産たる投石車も粉々に破壊した。
「っておい。チョーカー、柔軟性はどこへ行ったぁ」
「リーダー、後で残骸を解析しますから。敵武装の確保なんて最初から作戦にありません」
クロードは、折角だからと今後に役立つ攻城兵器の確保を望んだのだが、ヨアヒムやチョーカーからすれば、数に勝る敵軍に手心を加えている余裕などなかった。
「幸運の女神は我らにあり、この勢いを駆って関所を落とす。小生に続けい!」
「おおーっ」
アンドルー・チョーカーは親衛隊を壊滅させるや、自ら先頭に立って関所へと肉薄した。
チョーカー隊は、関所にこもるマルグリット隊からマスケットの銃火を浴びたものの、あらかじめ付与された矢除けの加護や様々な防御魔術に守られて、一騎も脱落することなく進撃を続ける。
「ミーナ殿、ご覧あれ。これで決めるぞ」
「
チョーカーを目視したマルグリットの蜜柑色のショートヘアがふわりと逆立ち、眼鏡の奥で灰色の瞳がキラリと輝く。彼女の左手首を飾る銀の腕輪、第六位級契約神器ルーンブレスレットが淡い光を発する。
――その光を視認した瞬間、最前線のチョーカーと陣中のクロードは、同時に叫んだ。
「中止ぃいいいっ。野郎ども、旋回して退けェ!」
「魔術隊、防御魔法だ。遊撃隊は前へ、援護しろっ」
マルグリットによる契約神器の能力発動によって、オトライド渓谷の狭域に作られた関所入口に過剰な重力がかかった。
チョーカー隊は、馬の足が突如止まり、騎手も自重に耐えきれずに危うく転倒しかけた。
関所から放たれた銃火で戦死者が出なかったのは、幸運と呼べるだろう。マスケット銃の弾丸は”重く”強化されて、十二分にかけられていた部隊の防御魔法をわずか一斉射で打ち砕いた。
「小生が思うにっ、汝の愛は、深いのではなく重いのではないか?」
「アンドルー!?」
「第二射構えて。狙いはあの失礼な騎馬隊指揮官よ」
続いて発射された弾丸は、チョーカーとミーナが乗る馬をかすめて川原に着弾し、石を吹き飛ばして大穴を空けた。
「ぎゃぁああっ、撤収撤収」
「もう、失礼なことを言うからっ」
「ちんたらしてないで逃げろ馬鹿隊長っ」
ルーンブレスレットの効果範囲は、あくまで関所周辺に限られるらしい。
一目散に逃げ出したチョーカー隊は、救援に出たミズキ隊の火力支援もあって辛くも窮地を脱し、解放軍陣地へと帰還した。
「昨日、ローズマリーさんやユーホルト伯爵から聞いたけれど、なんて力だ。本当に第六位級なのか?」
「オレのルーンロッド”
交戦の結果に愕然とするクロードとヨアヒムの足元に、一匹のカワウソがやってきた。テルである。
「驚くことはナイ。ありゃア、色惚けを羊娘が手伝ってルのと同じダ。契約神器の効果範囲を、
「そうだとしても、あの神器は強すぎないか? 重いって概念を自由自在に与えているみたいじゃないか?」
「契約神器ってのはナ、盟約者の望みヲ実現して世界ヲ塗り替えるンダ。別にアノ神器が特別というワケじゃない。特別なのは、きっとあの娘っ子のオモイだ」
わかるだろう? と、テルは続けた。
「つまり、強イ感情。愛ダヨ。愛」
「……リーダー、ツッコミを入れたくて仕方がないんすが」
「耐えるんだヨアヒム。ここで耐えないと、僕たちはずっとツッコミ役を担い続けるぞ」
「なんてことダ。コイツら、成長する気がみじんもナイ!」
クロードとヨアヒムは、天を仰ぐテルを無視して伝令を呼んだ。
「作戦を第二段階に進める。僕が出るよ。ラーシュくんとミーナさん、アリスを呼んでくれ。ヨアヒム、本陣は任せる」
「リーダー、武運を祈ってるっす。ドーンとやっちゃってください」
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