第242話(3-27)悪徳貴族 対 オッテルⅡ

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「……ねえ。クロード、どうするの?」


 白いショーコの顔色は、血の気が引いて今ではいっそ青いほどだ。


「オッテルさん。けん制やフェイント、死角を利用して攻撃してきたね……」


 得物を失ったソフィが、呆然とへたりこむ。


「なんで。どうして火竜が武道マーシャルアーツを使うんだ……?」


 クロードだって知っている。

 オッテルが用いた概念は、人間が編み出した英知に他ならない。


「柔よく剛を制シ、剛よく柔を断ツ。だったカ?」


 愕然とする三人に対し、火竜は鱗を震わせて笑った。 


「ササクラから基本を聞いたからナ。正気を失った普段ならともかく、いまのオレには理性があル。先輩を敬えヨ、”弟”弟子」


 火竜は追い打ちとばかりに熱線を発射して、更に間合いを詰めてきた。

 クロードたちには、ササクラに対して怨み言をこぼし、あるいは火竜にツッコミを入れることすら覚束なかった。


「避けるからつかまって!」


 ショーコが必死で操縦し、まずは九本の熱線を、次いで平手の打撃と爪の切断を避ける。しかしそれらは囮で、続く尻尾の攻撃こそが本命だった。

 クロードは辛うじて雷切でいなしたものの、刀身は重なるダメージで真っ二つに折れた。


(考えろ。考えろ。どこかに手掛かりがあるはずだ。まだ見えていない活路があるはずだ)


 オッテルの攻撃は手足や尻尾を用いるものの、ボクシングでいうところのヒットマンスタイルに近い。即ち攻勢に長ける半面、守勢に弱点があるはず――。


(無茶を言うな。向こうは全長五mだ。ミニマム級とヘビー級よりひどい体格差に加えて、魔法が効かないんだぞ)


 近づけば格闘戦でのされ、離れれば熱線を受ける。

 武器のうち、岩融と雷切は破壊されて、残るは、火車切と八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござしのみ。


「オッテルの奴、血の湖ブラッディスライムより性質が悪いぞ」

「あっちは、ただのチート頼みだったからね」


 ショーコの指摘は的を射ていた。

 単純なスペックならば、不完全といえ、人間と契約神器の融合体であるアルフォンスの方が勝るだろう。

 だが、オッテルには技術があり経験があり、何より命を賭した覚悟がある。


「クロード、勝てないよ。一度撤退するべきじゃない?」

「決死を決めた相手に背を向けろって?」

「貴方たちのロマンと人命、どっちが重いの?」


 クロードはショーコの言葉に動揺し、しかし熱を感じて踏みとどまった。

 ソフィが自分の手を握りしめている。彼女の温もりが萎えそうになる心を奮い立たせる。

 ショーコの言い分もわかる。絶対的な戦力不足だ。何か状況を変え得るチャンスでもなければ、このまま踏みつぶされるだろう。


「小僧、オレをナメるのもいいかげんにしろヨ。なぜファヴニルの力を使わなイ?」


 オッテルの問いかけに、クロードは応えられなかった。

 ベナクレー丘でレベッカ・エングホルムの干渉を受けて、クロードとファヴニルを結び付ける魔力経路は狭く薄くなった。

 といっても、彼女がいない今ならば、再びパスを活性化させて使おうと思えば使えるのだ。


(駄目だ。まだ駄目だ)


 クロード自身、人ならざる力の誘惑に屈するのではないかという恐怖も勿論ある。

 だがそれ以上に、使うならば、絶対に効果的なタイミングで使いたかった。

 緋色革命軍マラヤ・エカルラートの幹部達は、レベッカを除けば、クロードがファヴニルの力を使えるという実感がない。

 ブラフに等しいと言え、紛れもない手札のひとつだった。


(背に腹はかえられないのか、でも!)


 何よりもクロードは、ファヴニルの力に縋って、オッテルをねじふせることを嫌悪した。

 身勝手なロマンに過ぎないかもしれないが、やはりそれは違う、違うと思う。

 しかし相手は、そんな逡巡しゅんじゅんを許してくれない。


「のたくたしてるト、そのへんの村を焼いちまうゾ」


 オッテルの視線の先には、ルンダールの港町があった。


「よせ!」


 クロードの抗議をオッテルは鼻で笑い、砲塔を街へと向けた。しかし、その瞬間――!


「海上の火竜に告げる。十賢家当主が一人、マルク・ナンドの裁きを受けよっ!」


 ルンダールの町から離れた遺跡のキャンプから、魔術で増幅された声が響いた。

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