第241話(3-26)悪徳貴族 対 オッテルⅠ
241
クロードの二刀が、火竜オッテルの爪と噛み合って火花を散らした。
雷、炎、斬撃と息もつかせぬ猛攻をあびせかけ、敵に反撃の隙を与えない。
(やれる。一度は退けた相手だ。この閉鎖空間なら勝機はある!)
クロードは必殺の熱死剣を決めるべく、オッテルの隙をうかがった。
ここは、エーデルシュタイン号の船内だ。以前戦った洞窟と同様に狭いため、巨大な火竜の動きはいかにも鈍い。
すでにオッテルは頭部と片翼を失い、クロードは地の利を得ている。彼我の戦力差を鑑みても、勝機は充分にあった。
「チッ。ものたりないナ。もう守る必要はないんダ。広い場所で楽しもうゼ」
「おい、何をする気だ?」
オッテルの腹部が割れて、大砲じみた巨大な砲門が現れる。更に火竜の肩から胸にかけて、小ぶりな砲門が八つせり出した。
クロードはすぐさま後退してソフィとショーコを守ろうと身構えたが、オッテルは彼らに見向きもしなかった。
火竜は天を仰ぎながら、九門の砲塔から熱線を発射する。熱戦は収束して、一本の極太ビームを形成、甲板を蒸発させて、まるで聖書の一節のように……海を割った。
「なんだそりゃあっ」
「さア、ついて来いヨ!」
オッテルは片翼をものともせずに、自ら開いた天へのトンネルを通って飛翔する。
時間にしてわずか一〇秒程度、膨大な海水が結界内の岩盤へとなだれ落ちて、耳をつんざくような轟音に一同は耳を塞いでしゃがみこんだ
ただちに遺跡の封印が機能して穴は塞がったものの、囚われの火竜はもはや檻から、否、自らの使命から解き放たれたのだ。
あの
「これで
「クロードくん、荷物は持ったよ。こっちへ来て」
「イルカちゃん一号を呼ぶわ。追うわよ」
クロードはソフィと共に、ショーコが呼び寄せたサメ――自称イルカ型ゴーレムの背中に飛び乗って、オッテルを追った。
イルカちゃん一号は、この世界でも希少な潜水と飛行能力を有する災害救助用ゴーレムだ。
ショーコの巧みな操縦もあって、先行した火竜に海上へ出たところで追いつくことに成功する。
「二人とも、オッテルから攻撃が来るよっ」
「ショーコ、迎撃武装はあるか?」
「ない!」
ショーコは、人類の守護者たらんとする正義の味方である。
イルカちゃん一号は、彼女が作った人命救助を目的とするゴーレムである。
つまり、戦闘手段なんてない――!
「だよねっ、火車切っ」
「耐熱結界、いくよっ」
クロードが火車切を振るって熱線を散らし、ソフィが投じた呪符で
先ほどの九門を集中させた熱線が収束ビームなら、今回の攻撃はバラバラに運用した拡散砲撃と言える。
一撃の威力には劣るものの、攻撃回数と有効範囲は単純計算で九倍だ。
「ショーコ、今の攻撃なら、何発まで耐えられそうだ?」
「悪いけど、一発で轟沈ね」
そして、間違っても戦車と救急車を同列に扱ってはいけない。
「ああ、もう。雷切よっ」
クロードは苦し紛れに雷の矢を放ってみたものの、オッテルは避けもせずに受け止めた。
雷の矢は、紅い鱗に触れるやシャボン玉のように弾けて消える。火竜は自身の変化と改造を繰り返し、並の魔法攻撃なぞ受け付けないのだ。
(落ち着いて考えろ。魔法が効かないのは前回の戦いでわかってる。だったら選ぶ選択肢はひとつだ。すなわち接近戦!)
クロードの判断は素早かった。
「攻撃は僕がやる。ソフィは防御を頼む。ショーコは出来るだけ近づいてくれ」
「もしイルカちゃんを壊したら、修理費用を請求するからね!」
ショーコは涙目だったが、イルカちゃん一号を前進させた。
かすめただけでも即撃沈の弾幕をかいくぐり、三人はどうにかオッテルに接近した。
火竜も砲撃を止めて、左の前肢で直線的な爪払いを繰り返す。
一発、二発、三発。ショーコは巧みな操船で、見事にオッテルの攻撃を回避して見せた。
「よし、今ならいけるっ……」
慣れたと思った瞬間こそ罠だった。
鞭のようにしなる右の爪が、上方の死角から飛んできた。
「ショーコ、一〇時方向っ」
クロードは雷切と火車切を用いて、辛うじて受け止めた。
ありったけの強化魔術でアシストしてなお、全身がバラバラになるような衝撃だった。
視界が歪み、耳の三半規管が揺れて、空気が焦げる匂いに酩酊する。
二刀の刀身にはひびがはいって、支える手足はまるで千切れたかのように動かない。
「クロードくん!」
ソフィのフォローも早かった。
飛び出してクロードを押しのけ、薙刀を振るってオッテルの攻撃を受け流す。
しかし、左右からの連続攻撃は止まらない。
「後ろにさがるわ。気をしっかりもちなさい」
ショーコの腕が触手状に変化し、クロードとソフィの足首を掴んで固定した。
クロードとソフィには、気付く余裕すらなかった。
なぜなら火竜は後退する三人に向かって、トドメとばかりに炎とプラズマをまとった回し蹴りを繰り出したからだ。
「こんのぉおっっ」
イルカゴーレムは、オッテルの後肢をどうにか掻い潜った。
間一髪の回避だった。もしも誰か一人でも決断を下すのが遅れれば、全員の命が無かっただろう。
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