第240話(3-25)悪徳貴族とカワウソが語る真実

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 ソフィはクロードとショーコが見守る中、ナイフで封筒を切って便箋びんせんを取り出した。

 紙片には、ササクラ・シンジロウからのメッセージが記されていた。

 彼が亡きルンダール子爵の依頼で遺跡を探索したこと、火竜と戦ったこと。沈没船でマーヤ・ユングヴィの日記を見つけたこと、そして――。

 

「私はかつて、我が友と共にヴォルノー島の過去を追った。その折に集めた情報と、この船で見つけた日記を読むことで確信した」


 手紙を読み上げるソフィの声が震える。


「かつてヴォルノー島は、抱擁者ファフナーと呼ばれる一族と、彼らが奉じる龍神によって栄えていた。しかし純朴だった共同体は、大陸からの介入によって滅んだ」


 クロードは、意外だとは思わなかった。

 当代のレーベンヒェルム領も、グリタイヘイズの村民たちが帰依する宗教団体も、外国人による乗っ取りを受けていたのだ。

 マラヤディヴァの大地は交易の要衝だ。立地に恵まれた反面、外敵から狙われることを避けられない。


「皮肉にも現在のレーベンヒェルム領は、ファヴニルという絶対的な暴君が抑止力となることで、他国からの侵略を阻止している」

「そうか。ササクラさんも気づいていたのか」


 ササクラが指摘した事実こそ、クロードが領主の影武者を演じた最大の理由だった。 

 ファヴニルを倒すだけでは意味がないのだ。邪竜討伐後に領民たちの平穏を守るためには、レーベンヒェルム領が自衛するに足る経済力と軍事力を蓄えることが必要だった。


「一の悪を殺すことで、百の善を活かすためならば、私は誇りを持って剣を執ろう。しかし一の竜を殺すことで、百の悪を招き入れるならば、私に剣を執る理由はない」

「……わかる気がするわ」


 ショーコが瞳を伏せて、痛ましい表情で胸を押さえている。

 彼女もまた、ササクラと同じ葛藤かっとう逡巡しゅんじゅんを抱いて、戦い続けてきたのだろうか。 


「この手紙を読む者よ。カワウソに逢え。貴殿の悔いなき決断を祈っている」


 手紙はそこで終わりだ。しかし、封筒の中からはらりと何かが落ちた。


「可愛いね。これって紙細工?」

「鶴の折り紙か。……ちょっと待ってくれ。いま解くよ」


 クロードは、目ざとく拾い上げたショーコから折り鶴を受け取って、羽をたたみ首と尻尾をひっこめて折り開き、正方形の紙に戻した。

 わざわざ同封したということは、なにかの意味があるはずだ。はたしてそこには、日本語のひらがなでこう綴られていた。


 さいごのでしへ わがつえをたくす

 ちのさだめにあらがえ こううんをいのる


「ソフィ、君への伝言だ」


 差し出した紙片を受け取ったソフィは、師より受け継いだ杖を強く握りしめた。

 クロードはしばし、震える彼女の肩を抱きしめた。


「ありがとう、クロードくん。手、あたたかいね。もう大丈夫だよ」


 クロードが差し出したハンカチで涙をぬぐうソフィを見ながら、ショーコはふと首を傾げた。


「腑に落ちないわね。ササクラさんは、まるでショーコさんがここに来ることを予め知っていたみたい」

「僕たちみたいな例外を除けば、子爵邸の仕掛けギミックを解けるのは、ササクラさんに弟子入りしていたソフィくらいだろう? 彼が予想していたとしても不思議ないよ」

「そうなのかな。でも、ソフィには遺跡を探索する理由なんてあるの?」

「ショーコさん、ソフィはもともと冒険者だ。それが生業なりわいだよ――って、おかしいぞ。時系列が合ってない」


 ソフィがササクラ・シンジロウに弟子入りしたのは、彼女の両親が亡くなる前だ。彼女の実家は元神職であって冒険者ではない。


「どういうことだ。それに『カワウソに逢え』って何の暗号だ? 日記を読めばわかるのか――。ソフィ、他にヒントになりそうなものはないか?」

「待ってね、クロードくん。鞄の中をもう一度調べてみるから」


 クロードの腕に抱かれたソフィが、スーツケースを振り返る。

 いつの間に祈祷室に入っていたのか。キャリーバッグの上には、小さい耳とつぶらな瞳、細長い胴と短い四肢が目立つ毛玉のような動物がちょこんと座っていた。


「これって、カワウソ……?」

「調査は不要ダ。別にナゾカケの類ではナイ」


 そしてカワウソは、言葉を発したのだ。


「しゃべった? いや。いまさら、動物がしゃべっても驚かないぞ」

「わ、わたしは驚いたよ」

「もふもふだぁ。私、抱っこしたい!」

「ショーコはちょっと危機感を持て。この船に出てきたモンスターは、どいつもこいつも何かに化けてただろうが」


 慌ててショーコの手を掴み、両手に花となったクロードを一瞥いちべつして、カワウソはふんと鼻を鳴らした。


「オレも驚いたゾ。よくもまあ、ここまでこじれたものダ。あの気に食わない怨敵の気配を感じて向かってみれば、臆病な鍛冶師の術を使う若造だっタ。おまけに隣には、ファフナーの一族がいル。ねじれにねじれて、とおい昔の焼き直しダ」


 クロードとショーコは衝撃のあまり、状況を整理しきれずに言葉を失った。

 ただソフィだけが、揺れる赤いおさげ髪の下、黒い瞳に意志の光を輝かせて、カワウソへ問いかけた。


「カワウソさん、あなたは今、わたしをファフナーの一族と呼んだの?」

「その口ぶりだと知らなかったのカ? オレが保障しよウ。お前に流れる血の匂いハ、かつてファヴニルと盟約を交わした一族のものダ」


 クロードだって、想像しなかったわけではなかった。

 ソフィは、はるかな昔、龍神と呼ばれた頃のファヴニルが守護したグリタヘイズの村の出身だ。だから、どこかで古い盟約者の血筋が混じっていたとしても不思議はない。


(あと、誰か。誰かがソフィをファフナーと呼んだはずだ。あれはいったい誰だった……)


「ファフナーの娘ヨ。お前の師は知っていたゾ。お前と同じ技を使うあの戦士サムライは、オレと約束しタ。いつか自分の弟子か、この地をうれう者がやってくる。そいつらがもしもオレの願いを果たせるならば、マーヤの日記と自分が集めた宝物ガラクタをくれてやれとナ。ああ、認めヨウ、持って行ケ。……お前たちならきっとオレの願いを果たせるサ」

「カワウソ、何を言っている。お前の話はわかるようでわからないぞ!」

「いいんだヨ。理解なんて最初から求めちゃイナイ。お前たちはオレが準備した罠を、変化させた同胞を破壊できタ。お前たちがオレの願いを叶えるならば、その時この船は黄金と武器に変わるダロウ」

「だから、お前はどこの誰で、お前の願いっていうのはいったい何なんだよっ」


 クロードのツッコミに、カワウソは居眠りでもするように目を細めて、一目でわかる渾身の笑みを浮かべた。


「オレは怪物。千年の昔、”第三位級契約神器オッテル”の称号をいただき、今はエーデルシュタイン号を守護する無名の墓守。我が願いはただひとつ――我が身の死ダ。オレを終わらせて見せロ。怨敵ファヴニルの盟約者!」

「勝手なことを!」


 一方的な理屈を並べ立てられて、クロードは思わずカワウソの首を掴もうとした。


「ダメだよ、クロードくん。あぶないよっ」

「危機感が必要なのは、クロードの方でしょうっ」


 だがカワウソのただならぬ剣幕を警戒し、ソフィとショーコは二人でクロードを羽交い絞めにして、スーツケースを拾って奥へと退いた。

 カワウソは、高笑いしながら祈祷室きとうしつから身を投げた。

 クロードは思い出す。演劇部で先輩達と語りあった、戯れじみた雑学を。


(カワウソは古来、キツネやタヌキと並んで人間を化かすものとされた。そういった伝承は、確か日本だけに留まらない)


 ああ、今更になって思い出した。

 北欧神話においてファヴニルとレギンの兄オッテルが化けた動物は――、カワウソだ。


「オッテルって、ファヴニルの騙りだけじゃなかったのかよ!」


 轟音が鳴り響く。

 船底に降り立つは、真紅の鱗で覆われた全長五メルカはあろう巨大な火竜だ。

 竜が振り回す、爬虫類じみた四肢から生える禍々しい爪とコウモリに似た片翼が、船の甲板を吹き飛ばす。

 頭部と片羽を失って全身に傷跡を刻まれてなお、怪物が放つ覇気にはいささかの衰えも見られない。


「幕引きの時間ダ、ファヴニルの盟約者ヨ。我が理性が失われぬうちに、このオレを殺して見せロ!」

「いいだろう、火竜。いやさ、オッテル。受けて立つ」


 クロードは走りだす。

 右手には打刀である雷切らいきりを、左手には脇差しである火車切かしゃぎりを掴み、宙へと翔ぶ。

 すべてを理解したわけではないが、火竜の言葉には彼の胸をうつ何かがあった。


(オッテルが得意とするものは、おそらくファヴニルと同じ変化の魔術だ。頭を失おうが、臓器を失おうがこいつは死なない。そのように”自身をつくり変えられる”から。どれだけ重傷を負っても、どれだけ時間が経っても、死なないし、死ねないんだ)


 ファヴニルも、ササクラ・シンジロウも、オッテルを終わらせられなかった。

 しかし、クロードには打開策がある。ミズキから聞き出してレアと共に編み出した術式――熱死剣――ならば、あるいは終わらせられる。


「今レーベンヒェルムの地を預かる者として。オッテルよ、千年の守り役に感謝する」

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ」


 クロードの言葉に応えるように、火竜は全身の鱗を鳴らして吼えたける。

 そして、両者は激突した。

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