第239話(3-24)悪徳貴族と宝物発見

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「雷切、火車切!」

「援護するね」


 クロードたち二刀と大薙刀を振るってカエルやらイカやらクラゲやらをなぎ倒し、ようやく船首へと辿りついた。

 何もかもが壊れてダンジョンに取り込まれたエーデルシュタイン号の中で、その区画だけは辛うじて船室としての形を残していた。


「ここは、海神エーギルを奉った祈祷室きとうしつみたいだね」


 神像は半壊し、壁画は崩れて、床には穴が空いている。

 朽ちかけた部屋は、それでもなお厳かな雰囲気を残していた。


「エーギル様の御加護かな?」

「ああ……」


 クロードは油断なく周囲を警戒しながら、ソフィの問いかけに相槌あいづちを打った。

 航海の安全を祈り海神を祭る部屋だ。身も蓋もない解説をするなら、相応の結界や魔術防御が施されていたが故に崩落を免れたのだろう。だが、それも含めて神様の加護には違いない。


「クロード、ソフィ。宝箱を見つけたよ」


 恐れ多くも神像の周辺でごそごそと残骸を漁っていたショーコが、なにか箱のようなものを掘り出して喜色満面で運んできた。


「待ってくれ、そんなものあるはずがない」


 この世界のダンジョンで宝を得るということは、倒したモンスターから素材をはぎとるか、製造あるいは放置されたマジックアイテムを拾うことを指す。理由もなく、ご丁寧に宝箱に梱包こんぽうされているはずがないのだ。


「……って、これは、スーツケースか」


 ショーコが見つけたものは、金属製のキャスター付きキャリーバッグだった。

 底部分には、『親愛なる、、、おじさんへ』と古代語で彫られて、樹木を崩したような落款らっかんが刻まれていた。


「乗客のものか。ダンジョンの中でよく壊れずに残っていたな」


 クロードがそう言って振り返ると、ソフィがわなわなと震えていた。


「ショーコちゃん、大手柄だよ。クロードくん、すっごいお宝を見つけたよ。この旅行鞄、ハロルド・エリンがつくったものだ。この刻印は、首都クランの博物館で見たものと同じだよ!」


 珍しく感極まって歓声をあげるソフィに、クロードとショーコは訝しげに首を傾げた。


「「ハロルド・エリンって誰?」」


 ソフィの解説によると、ハロルド・エリンは神焉戦争ラグナロクからの復興期に活躍した、ガートランド聖王国の魔道技師らしい。

 武器以外のあらゆる魔術道具に精通し、彼が手がけた作品の一部は没後千年を経た現代でも稼働を続けているという。


「魔除けの像や、結界の塔みたいな神殿の祭具も作っていて、国によっては国宝に指定されているものもあるんだ。そりゃあ、母君の方が有名だけど」

「ソフィ、ハロルドさんのお母さんも有名なんだ?」

「フローラ・ワーキュリー・ノア。複数人を長距離転移させる指輪や、あらゆる索敵を無力化して姿を消す兜みたいな、神器級のマジックアイテムを作った神匠だよ。千年前の戦いでは、かの”黒衣の魔女”や鍛冶レギンにも勝ると讃えられたんだ」

「す、すごいんだな」


 とはいえ、ハロルドだのフローラだの言われても、クロードにはまるで実感がわかない。

 日本でいえば刀剣史上もっとも有名な刀工、五郎入道正宗みたいなものかと彼なりに納得した。


「でも、そんなひとがスーツケースを作るかな? だいたい千年もたっているなら、中のものだって無事なはずない」

「さすがに鍵は壊れてるね。クロード、ソフィ、開けるよ」


 ショーコが、キャリーバッグを開く。

 クロードは侮っていた。ハロルド某が作ったスーツケースは千年の時間を越えて、タイムカプセルの中身を守りぬいていた。


「クロード。ハロルドってひとは天才だよ。低く見積もっても、私のパパと同じくらい」

「ショーコ?」


 鞄の中から出てきたものは、ズタズタに引き裂かれた黒いボロ布と、木製の杖。そして痛んだ日記帳とまだ新しい封筒ふうとうだった。

 ショーコは、ボロ布をばさりと床に広げた。キャリーバッグと同じ落款を刺繍ししゅうされた布は、男性用のジャケットだった。


「これだけ斬りつけられているのに、魔法防御が機能している。あえて語弊ごへいのある表現をするなら、この上着は魔法版のブラッドアーマーだよ」

「なんだって……」


 ショーコの予想もしなかった評価に、思わずクロードは絶句する。


「つまり、このジャケットを着ていれば、魔法攻撃を無力化できる?」

「うん、服が一種の結界になって、魔法攻撃を軽減する機能があるみたい。物理攻撃に対する防御力は布鎧と変わらないけれど、切り裂かれている部分を見てよ。全部、急所が外れているでしょう? 物理攻撃じゃ殺せないような達人が着ることを前提にした防具だと思う」


 なるほどと、クロードは思った。

 オズバルト・ダールマンのような腕利きが、魔法攻撃を無力化する防具を身につけたとしよう。それこそ数で圧殺する以外に、攻略法がなくなってしまう。


「このジャケットの魔術構成、見たことがある。わたしが首都で会った時に、ニーダルさんが着ていた外套コート……。あれはたぶん、このジャケットを今の技術で再現したものだと思う」

「へえ、意外な繋がりだな」


 部長こと、ニーダル・ゲレーゲンハイトは名うての冒険者だ。

 どこかで同様の防具を見つけていたとしても不思議はない。


「あとは日記か。表紙に書かれた名前は、マーヤ・ユングヴィ……」


 クロードは、大公家の祖先たる名前を目にした瞬間、眩暈めまいを起こして倒れそうになった。

 アメリカでビール暗号埋蔵金を探していたら、ジョン・F・ケネディ暗殺事件の証拠が出てきたような気分だった。

 国主に関わる重要書類なんて、大同盟と緋色革命軍が争う今の状況では、まず厄ネタにしかならない。


「チガウ、コレジャナイ……」


 せめて平時であればと、クロードは項垂うなだれた。

 周囲を見渡せば、ショーコはジャケットを手に夢中で検証している。

 そして、ソフィは先ほどまでの歓喜が嘘のように緊張した面持ちで杖を握りしめ、封筒の表書きに見入っていた。記されていた差出人の名は――。


「ササクラ・シンジロウ」

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