第243話(3-28)悪徳貴族 対 オッテルⅢ
243
「海上の火竜に告げる。十賢家当主が一人、マルク・ナンドの裁きを受けよっ!」
オッテルがルンダールの町へ砲塔を向けたまさにその瞬間、マルクの大きな掛け声が遺跡のキャンプから響いた。
ダンジョンから発掘した戦利品だろう。数本の炎や氷の魔杖による一斉砲撃が行われたものの、照準はぶれぶれで的中するどころではなかった。
「雑魚ガっ。殺気もなくちゃちゃをいれるナ!」
オッテルは、真剣勝負に水をさすマルクの振る舞いに立腹したらしい。九門の砲口から禍々しい光を発すると、収束させて極太のレーザーを生みだした。
ダンジョンの封印を破り、海底から海面まで貫通する一撃だ。膨大な熱量を孕んだ光条は、魔杖の砲弾を飲み込んだ。更に運悪くかすめた山頂すらも消し飛ばし、標的を更地に変えた。
だがその惨状は、クロードの目に入っていなかった。
「ショーコ、全速前進だ。仲間がチャンスを作ってくれた」
勇ましい名乗りとは裏腹に、キャンプからの攻撃はいかにもおざなりだった。
相対したオッテルが殺気もなく、と罵ったのも無理はない。おそらく遠隔操作による攻撃で、目的はこちらへの支援、すなわち囮だ。
マルク達の献身によって、最高のタイミングで好機が舞い降りた。
「いくわよっ。行けばいいんでしょう」
そして、ショーコもまた好敵手たる友を信じた。
サメ――ならぬイルカ型ゴーレムが高速で突撃する。
オッテルによる砲撃はない。収束レーザーは爆発的な威力と引き換えに、九門全てを使用する。そのため、次弾発射まではわずかなりとも時間がかかるのだ。
「鋳造――
クロードは千切れた袖口のボタンを変化させて、最後の愛刀を創りだした。
オッテルには砲撃が無くとも、まだ四肢を用いた
「クロードくん、防御はわたしに任せて」
「ソフィ、なにを?」
ソフィがクロードの手を引いて、彼の一歩前へと踏み出した。
彼女の手には、師であるササクラから受け継いだ杖が握られている。
ソフィは浅い息を繰り返し、早鐘のように脈打つ心臓に酸素を送り込みながら、薙刀の構えを取った。
(わがつえをたくす、とササクラ先生はおっしゃった)
シンジロウ・ササクラは、ソフィがファフナーの一族の
その血筋ゆえに抵抗勢力の神輿となると考えたか、あるいは不肖の弟子が暴政を見過ごせぬと予見したか、ササクラはソフィがルンダールの遺跡最深部へと至ることを確信していた。
だから、一見何の変哲もないように見えて、託された杖にもきっと意味はあるはずだ。
思い返せば、彼女の記憶にある師はずっとこの杖を手にしていたのだから。
(レベッカちゃんが言ったように、もしもわたしに巫女としての力があるのなら、どうか力を貸して!)
そう念じた瞬間、ソフィの視界は真っ白な光に埋め尽くされた。
――
―――
『ねえ、貴女は何のために戦うの?』
どこからか柔らかな女性の声が聞こえてくる。
ソフィの視界は眩んだままで、声の主の姿は見えない。
「愛する人と家族を守りたいから」
しかし、ソフィは迷うことなく彼女の真意を伝えた。
『そう、いいよ。力を貸してあげる』
声は懐かしそうに、ほんの少しだけ嬉しそうに応えた。
「貴方は、誰なの?」
『
声が遠くなってゆく。光が薄れる。
ソフィは思わず手を伸ばそうとして、叶わなかった。せめてと声を張り上げる。
「待って。みずち、貴方を創った人って――」
水霊は答えなかった。でも、ソフィはなんとなく理解できた。
根拠となる刻印はない。でも、杖から伝わってくる気配は、どことなくハロルド・エリンが作ったキャリーバッグやコートに似ていたからだ。
―――
――
「みずち、お願い力を貸して!」
ソフィの祈りに呼応するように、海面が波立ち水柱が立ち昇った。
脛から面へ、面から胴へ、彼女の振るう杖に同期して、水の暴威はオッテルへと撃ち込まれる。
「水柱を刃に見立てカ。やるじゃないカ。”妹”弟子!」
オッテルは鱗を震わせながら高々と笑い、巨大な四肢を駆使して、自身に迫る水柱という薙刀の連撃を受け流した。
火竜の爪が宿す熱で海水が蒸発し、湯気の熱気と白い霧が
互いの視界が閉ざされる寸前、クロードは鎖をオッテルの首元へ投げつけた。
そして、イルカちゃん一号の背を蹴って、ソフィと共に空中へと飛び出す。
「オッテル、覚悟!」
「クロードくん、一緒にっ」
二人の手に握られた八丁念仏団子刺しが、虹色の軌跡を描いて空間を断ちきる。
執念の一撃は、契約神器の核たる心臓と、上半身の砲門四つ、更に腹部の大砲をまとめて消し飛ばした。
「アア、良くやっタ。だが惜しかったナ。あと半手足りなかっタ」
オッテルは嘆く。
挑発で砲撃を無駄うちさせて、格闘術を水柱で封じ、心臓と砲門を破壊した。
クロードたちは最善を尽くしただろう。それでもなお、彼の命には届かなかった。
二人が握りしめた打刀が、光の粒子となって消えてゆく。全力稼働で魔力を使い果たしたのか、ササクラより継いだ杖もまた灰色に染まって水柱が崩れ落ちた。
その一方で、怪物と化したオッテルは瀕死といえ健在だ。すべての武器を失ったクロードたちに向けて、残された四門の砲口に光が灯る。
「オレの勝ちダ」
オッテルがほぼ零距離から放った熱線が、鎖にしがみついたクロードとソフィを焼き払った。
否――!
「いや、”ちょうど”ぴったりだ」
クロードは、ハロルド・エリン製作の対魔術コートを盾のように広げていた。
千年前の遺産は半ば消し飛びながらも、見事にオッテルの攻撃を防いでみせる。
「チンドン勇者のコート!」
「クロードくん、今だよ」
コートの残骸をソフィに預け、クロードが半壊した火車切を掲げる。
「……熱止剣」
クロードがもはや無い頭部の下、オッテルの首元に魔術文字を刻む。
それらは、瞬く間に火竜の全身に回っていった。
「懐かしイ。チンドン勇者の技ではないカ? あア、お前の傍にハ、臆病な鍛冶師もいタのだったナ。さもあらン。まさカ、このような切り札を隠しもっていたとハ」
「オッテル……」
やがて、オッテルを覆う魔術文字が光と熱を発した。
全長五
それでもオッテルは、笑っていた。まるで祭りの後、上気した高揚がおさまらぬとばかりに、崩れゆく全身で喜びを歌っていた。
「これも因果カ、喜べチンドン勇者。千年の刻を越えて、お前の遺志と技は受け継がれたゾ。ならバ、オレもまタ……!」
オッテルは、最後に何かを伝えようとしたのだろう。
けれど彼に残された時間はもはや無く、灰となって空と海の狭間へ消えた。
「オッテル、お前と戦えたことを誇りに思う」
「ありがとう。そして、おやすみなさい」
ルンダールの海岸から、歓声が聞こえる。
中には、マルク侯爵やガブリエラの声も交じっていた。
ショーコの操るイルカちゃん一号に救助されながら、クロードとソフィは彼らへ向けて手を振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます