第244話(3-29)悪徳貴族と若き侯爵の友情

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 クロードとソフィが火竜を追って遺跡の深淵に身を投じた後、マルク・ナンドは残存部隊を率いて脱出を目指した。

 しかし、それは苦難の道だった。幸いにも死者こそでなかったものの多くの負傷者を抱え、おまけに火竜が暴れまわったせいで、通路や階段がぐちゃぐちゃになって迂回うかい余儀よぎなくされた。

 最初は威勢が良かった冒険者たちも、たび重なるモンスターの襲撃を受けるうちに不安と恐怖に駆られ、彼らの士気はどん底まで落ちてゆく。


 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 恵葉の月(六月)二五日早朝。

 帰還開始から二日目。駅や地下街に似た人工的な区画で野営を終えた頃、冒険者たちの肉体と精神の疲労は遂に限界に達した。

 彼らとて腕に覚えのある遺跡探索の専門家だ。しかし、火竜の恐怖は胸に抱いた矜持きょうじを打ち砕くに十分過ぎた。


「おおっ、洞窟が見えたぞ。火竜の情報を持ちかえれば諸君らは英雄だ。さあ共に進もう。栄光の明日へ!」

「家に帰るまでが任務です。皆さん、もうひと息です。踏ん張りましょう」


 マルクやガブリエラがこのように気を吐いたものの、負傷者を庇いながらの強行軍に疲れ果てた者や迷惑をかけることに絶望した者は、もはや立ち上がることが出来なかった。


「英雄も栄光も知ったことか。おれたちはここで死ぬんだ。あの悪徳貴族と同じように……」

「もういいんだ。この怪我じゃ足手まといになる。ここに置いて行ってくれ」


 冒険者たちの一部は絶望して座りこみ、てこでも動こうとはしなかった。

 そこでマルクは、彼らひとりひとりの手を取って呼びかけ始めた。


「きみ、家族はいるか」

「妻と子供がひとり……。ちくしょう。あれが最後の別れだなんて」

「最後じゃない。もうあと少しじゃないか。帰ろう。帰って会いに行くんだ」


 蒼白だった壮年の冒険者の顔に、わずかながら血の気が戻る。


「は、家族のあるやつは帰れ帰れ。おれには待ってるやつなぞいねえ。ここでくたばっても悲しむ奴はいねえんだ」

「そうか御老人。独り身ならば戒めもあるまい。帰ったあとは私と呑もう。良い酒をおごるぞ」


 空気を読まないマルクに励まされて、老いたる冒険者は目を白黒させた。

 沈鬱ちんうつだった一団の雰囲気が、少しずつ変わってゆく。

 空元気かもしれない、儚い希望に縋っているだけかもしれない。それでも、彼らは再び腰を上げて前を向いた。


「そうだな、諦めるにはまだ早い」

「負けっぱなしで終わるのはしゃくだしな」

「そうとも諸君。いざ出発だ!」


 果たして自覚があったのか、きっと本人にもわからない。

 絶望の窮地でなお陣頭に立ったマルクの姿は、彼が憧れたクロードを彷彿ほうふつとさせるものだった。

 と、ここで終わればイイ話だったのだが……。

 マルクは仲間を庇って先頭と後尾を何度も行き来し、遭遇したモンスターとの戦闘にも率先して参加した。結果、慣れないダンジョン探索で集中力が切れたか、洞窟の天井で鳴った、じゅるりという音を聞き逃した。


「あっ、ああっ」


 気がつけば、マルクはオレンジ色のスライムに押しつぶされていた。

 あれほどクロードに危険性を教授されたのに、最後の最後でそれを忘却した。


「なんともしまらぬ。いや、私らしい死か」


 スライムに圧迫されたマルクが死を覚悟した瞬間、ガブリエラが放つ風の刃が、スライムを吹き飛ばして核を断ち切った。


「マルクくん、大丈夫ですか?」

「ありがとう。身体はまだ動くようだ。ガブリエラさん、恩に着る」

「無理はしなくていいんです。わたしも、皆さんもいます。助け合いましょう」

「ああ、そうだ。そうであった」


 ガブリエラに助け起こされて、マルクは彼女の言葉に深く頷いた。

 ずっと英雄になりたかった。だけど、目指す英雄像が今回の冒険でほんの少し変わった。


「ねえ、マルクくん、無事帰ったらお姉さんと一緒にき、きし、ししし」

「すまぬ。ガブリエラさん、いま何と言ったのだ?」

「な、なんでもないですよー」


 同、二五日昼。

 遺跡探索部隊は、遂に一人の犠牲者を出すことも無く脱出に成功する。

 マルクとガブリエラは病院に負傷者を運ぶや、すぐさまルンダールの町役場に駆けこんで、領都レーフォンに救援を要請した。


「お疲れさまでした。明日には救援部隊がやってきます。公会堂に毛布と食事を運んでいますので、ゆっくりお休みください」


 今回の探索プロジェクトのため領都レーフォンに出張中の村長に変わり、代理で受け入れを手配したスヴェンに、マルクは首を横に振った。


「負傷者した皆をよろしく頼む。だが、私は休むわけにはいかない。この町から町民を避難させ、遺跡の入り口に時間を稼ぐための防衛施設を作らなければならない。帰路に利用したマジックアイテムを利用すれば、簡単なものなら用意できるはずだ」

「町民を避難させるって、あんた何を言ってるんですか。そんなことあんたの勝手で出来るわけが……」

「やらねばならないのだ。あの火竜が遺跡の封印を破ってからでは遅い。この通信水晶を借りるぞ」


 マルクは鬼気迫る勢いで、スヴェンから連絡用の端末が設置された席を奪った。


「うわっ、何をするんですか。領警察を呼びますよ」

「マルクくん、ルクレ領に繋いでください。コンラード主席監察官代行を通じて、アンセル出納長に連絡すればきっと出来ます!」


 抗議するスヴェンと、まくし立てるガブリエラを手で制して、マルクは通信を繋いだ。


「いえ、軍ならばここが一番早い。司令部か、マルク・ナンド侯爵だ。火急の危機にて、セイ司令とお話したい」


 一同は、仰天した。

 ガブリエラとスヴェン、役場職員たちがまるで彫像にでもなったかのように硬直している間に、マルクはセイから町民避難と防衛設備準備の許可を得た。

 彼女が指揮する怪物災害対策部隊もまた、準備が完了次第出立するらしい。


「すまないが、役場職員の方々には、この町を守る大義の為に我々に協力を願いたい。どうした? 皆変わった格好で固まって、これは何かの儀式かな」

「なんで、なんで十賢家のトップが冒険者に混じって出歩いてるんだぁ」

「あわわあわわわ、はうぁ」


 町役場は、火竜の危機とは別の意味で恐慌状態に陥っていた。


「辺境伯様は、よくお忍びで出歩かれると聞く。だったら驚くことじゃないだろう?」

「そんな馬鹿をやるのは、うちの悪徳貴族アレだけですよ!」

「ふっ。ならば私で二人目だ。光栄だな!」

「それは増えちゃいけないんだぁ」


 結論から述べるならば、ルンダールの町民避難とモンスターハザード鎮圧部隊の準備は、クロードがオッテル討伐に成功したことで杞憂きゆうに終わった。

 しかし、マルクたちが突貫工事で作り上げた防衛設備は、最良のタイミングでクロードに勝機をもたらすことになる。


 恵葉の月(六月)二六日。

 ルンダールの町沖合で火竜を撃破したクロードとソフィ、いつの間にか同行していた見知らぬ少女は、サメを模したゴーレムに乗って海浜に上陸した。

 マルク・ナンドは、万感の思いを込めてクロードに告げた。


「辺境伯殿。マルク・ナンド、無事任務を果たしました。一人も欠けること無く全員地上に戻りました!」

「ありがとう、侯爵。皆に代わって礼を言う。よく、よく守ってくれた」


 二人は満面の笑顔でハイタッチをして、固く握手を交わした。

 その光景は貴族といった肩書きとは無縁の、若き少年たちの友情の絵図だった。

 少なくとも、海浜から少し離れた防風林の枝から覗き見たカワウソにはそう見えた。


「きゅう」


 カワウソは一声鳴くと身を翻し、姿を消した。彼が行くべき場所、会うべき誰かを目指して。

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