第68話(2-26)狂魔学者

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 涼風の月(九月)二三日。

 ダヴィッド・リードホルム率いる緋色革命軍マラヤ・エカルラートが挙兵、エングホルム侯爵領へと侵攻した。

 エングホルム侯爵は有能な為政者であり、十賢家随一の民政家として知られ、国境を接する都市国家シングや隣領であるユーツ家、ユングヴィ家とも穏便な関係を結んでいた。

 周辺諸国との緊張を緩和するため、軍縮を推し進めたことが彼の破滅に繋がった――と、後世において侯爵を批判する歴史家は多いが、一つの失策をもって彼の功績すべてを否定するのは、正当な評価とは言えないだろう。

 エングホルム侯爵は善人だった。善行は善行で報われると信じていた。彼と彼の治める領にとっての不幸は――、この世には、美しい理想を、『上辺だけはより美しい理想を掲げて踏みにじる』邪悪な存在がいることを失念していたことだろう。


「貴族主義、資本主義という邪悪を打倒し、万民に幸福な楽園を建設するのだ!」


 黄金の竜人、ダヴィッド・リードホルム率いる反乱軍は、街道に沿って町や村々を制圧しつつ、まっすぐに領都エンガを目指した。

 緋色革命軍マラヤ・エカルラートが踏み入れるところ、殺戮さつりくの嵐が吹き荒れた。

 ”自称”『第三位級契約神器オッテル』と契約を交わしたダヴィッドを止められる者などいなかった。


「町を守れ。わずかでも避難するための時間を稼ぐんだ」


 ありあわせの木材、金属柱と有刺鉄線でバリケードを築き、街道に布陣したエングホルム領兵たちが、どれほど弩を射ても、火球や風刃の魔法を放っても、ダヴィッドの進軍を阻むことはできなかった。


「頭を垂れて死を受け入れるがいい。さすれば、黄金の一部となることを認めよう」


 勇敢な兵士達は、竜の爪を模した短刀で斬られ、あるいは突かれ、遺体や遺骨すら残すことも許されず、金色の霧となってダヴィッドに吸収されてしまった。

 昨日までは、道行く市井の人々によって、穏やかな活気に満ちていたエングホルム領の街は、惨劇のサラダボウルと化した。


「ごめんなさい。ごめんなさい……」

「死にたくない。死にたくっ」


 降伏した兵士達は、よりにもよって彼らが守ろうとした民衆の手で首を吊らされ、処刑された。


「神々よ、どうか哀れみを」

「ひととはどこまで……」


 住民の避難場所となった神殿は焼かれ、聖職者や修道女達は、生きた的当てのターゲットとして矢を射られ、遊び半分で殺された。

 緋色革命軍の蛮行を止めようとした勇気ある青年たちもいたが、彼らは革命軍による数の暴力によって叩きのめされ、馬で道を引きずり回されて無残な死を与えられた。


「やめてください。後生ですから、ゆるして」

「痛いよ。たすけて、たすけてぇ」


 緋色革命軍は、富める者からも貧しき者からも平等に略奪した。貨幣を、家財を、……妻や娘すらも。

 そんな街の惨状を、相棒である巨大な太陽クマに腰掛けた若き革命軍の指揮官ゴルトが見下ろしていた。


「奪いたいものは好きに奪え。壊したいものは好きに壊せ。弱いものは糧となり、強いものが喰らう。当然の結果だ」


 口ではそう吐き捨てたものの、伸びた芥子色の髪の下、日焼けした彼の表情は曇っていた。


「不服そうね、ゴルト・トイフェル」


 燃えるような赤い髪と、年齢離れした蠱惑的な肢体をもつ少女、レベッカ・エングホルムが馬を横付けて耳元でささやいた。


「レベッカ、連中を躾けたのはおいぞ。ただ、趣味にあわぬだけのことよ」


 ゴルトは思う。クローディアス・レーベンヒェルムは甘すぎる、と。

 本当に貴族のせがれなのか、レベッカやダヴィッドが言うように影武者なのか知らないが、性根のところで甘さがにじみ出ていると、苦笑いを浮かべる。


(誠意は通じる? 話せばわかる? 真実は覆せない? 西部連邦人民共和国おいのこきょうを見ろ。ナラール、ナロール国となりを見ろ。広い世界を見ろ。目の前の現実を――! 悪貨は良貨を駆逐する。何番煎じだってお題目を掲げて、ひとはたやすく狂気へ転ぶ)


 悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルムは、領内の人身売買を禁じ、麻薬や覚せい剤の流通を止めて、淫祠邪教いんしじゃきょうの布教を阻んだ。

 彼は、逮捕即処断という急進的で時代錯誤な流血を伴う手段を避けて、穏便かつゆっくりと着実に摘発を進めていた。

 レーベンヒェルム領だけに視線を向けるならば、それでも良かっただろう。

 公安情報部長であるハサネの捜査は精度が異様に高く、テロリストは片端から検挙された。また領軍総司令官セイの目も鋭くて、外部から人員を送り込んでも、武装蜂起計画を始める前から潰された。

 しかし、結果として、悪人達は活動に支障をきたしたレーベンヒェルム領から逃れ、法の網が緩いエングホルム領に潜伏していた。

 そういった賊徒を集めて組織したのが、侯爵家令嬢レベッカ・エングホルムであり、軍隊としてまとめあげたのが、ゴルト・トイフェルだった。

 ゴルトの指揮に従って、四方八方で陽動の火の手があがり、混乱したエングホルム領は、領軍、領警察は戦力の逐次投入を行ったがために、ここ以外の戦線でも容易く各個撃破することができた。


「この調子なら、領都エンガを陥落させるまで、二日もかからないだろうよ。おいは、エングフレード城塞へ向かう。あそこを落とせば、領軍の組織的な抵抗は終わる。再編成と侵攻計画立案のためにも、制圧を急がなきゃあな」

「ゴルト・トイフェル。非公式ですが、共和国軍閥や複数の組織からの支援もあります。今生一度限りのお祭り騒ぎです。どうかはやらずにお楽しみください」

「レベッカ・エングホルム。アンタは、今、満足しているかい?」

「ええ。この光景をこそ見たかった」


 そう告げたレベッカの頬は染まり、うわずった彼女の声はゴルトすら魅了されるほどの奇妙な色気に満ちていた。



 翌日、涼風の月(九月)二四日。

 ゴルトは手勢を引き連れて、エングホルム領軍の中枢基地であるエングフレード城塞に向かった。

 ここには、ダヴィッド・リードホルム。レベッカ・エングホルム。ゴルト・トイフェルと同格の第四の幹部が攻略を担当しているという。

 なんでも異世界から来た来訪者だと吹いているそうだが……


(レベッカは奇怪な兵士を連れているし、レーベンヒェルム領のアリス・ヤツフサの件もある。まるっきりの嘘とは言わないが、どこまで本当のことやら)


 そう半信半疑で太陽クマに乗って合流したゴルトが見たのは、緋色革命軍の兵士達が十重二十重に包囲する中、全長一〇メルカ近い空飛ぶ大太刀が城壁や石塀を越えてエングホルム兵を切り刻み、蝿だか甲殻類だか分からない鎧を身につけた異形が空から城内に爆薬を投げ落とすという混沌とした光景だった。


「な、なんだ、アレは!?」


 契約神器の力を使えば、行為自体は不可能ではない。しかし、戦場を闊歩かっぽする大太刀も甲殻蝿男も、その数が一〇〇を越えていた。

 まったく同じ神器をそんなにも揃えるのはさすがに無茶だし、量産したマジックアイテムとしてはあまりに高性能過ぎて、常軌を逸しているといって良かった。


「誰が、あんな武器を持ちこんだ?」

「ほう、知りたいか」


 ゴルトの問いかけに応じるかのように、軍用馬車の部屋から白髪白髭、右目に眼帯をつけ白衣をまとった老人が降りてきた。


「――ならば聞かせてやろうッ。争乱を望みっ、世界の秩序を破壊する者。そして、お主の隣に這いよる戦友。我が名はァ、狂気の怪魔学者マッドサイエンティスト、ドクタァ・ビィイイスト!」


 攻城戦の真っ最中に、無駄にポージングをとって名乗りをあげた爺さんに対し、ゴルトが抱いた第一印象は……、狂気とマッドがかぶっている。だった。


「ビースト博士、近づかないでくれ。一緒にいて、もし部下達に噂とかされると恥ずかしい」


 ゴルトがにべもなくそう言い放つと、ビースト博士は引きつったようにのけぞり、その場で地団太を踏み始めた。


「な、なんじゃい。ノリの悪い男じゃな。つまらん、つまらん、もう少し老人をいたわらんか!」

「敬老精神はあっても、変人を敬う余地はないんだよ。ずいぶん楽しそうだな、アンタ!」

「おうとも、城塞を攻める武器を見よ。あれらはわしの作品よ。活躍を見るのが喜びよ」


 その博士の言葉を聞いたとき、ゴルトはなぜか失望を覚えた。

 ダヴィッド・リードホルムは、叔父シーアンやアーカムと同等か、それ以下の俗物だった。

 緋色革命軍に参加したテロリストの大半も、そういった下衆どもで、なんだか馬鹿馬鹿しくなったのだ。 


「そして、あれらか、あれらに対抗すべく作られた兵器に撃たれて死ぬのが夢じゃ。この蜂起に参加したのは、夢を叶えるためじゃ。これからよろしく頼むぞい」

「ゴルト・トイフェルだ。ちょっと待てや、じいさん。アンタ、言ってる事おかしいぞ。自分が作った兵器か、それに対抗する兵器で死にたいって、なんだよそれ?」


 浅黒い額に冷や汗を浮かべたゴルトに、ビースト博士は眼帯に手を当てて小首をかしげると、ポンと手を打った。


「そうかね、ゴルト・トイフェル。知識とは、武器とは、何のためにあると思う? いいや、おぬしは兵法家だとレベッカから聞いている。――兵法とは、何のために存在する?」

「……争いを止め、あるいは終わらせるためにある」

善哉善哉よきかなよきかな! その通りだとも。知識は万象の法則を解き明かす為の手段であり、武器は矛を止める抑止力にこそ価値がある。己が我欲の為に知識を弄び、武器をひけちらかして無用な殺傷を行う。そんな輩はァ、外道というのじゃいっ」


 自らマッドサイエンティストを名乗るビースト博士の言葉はまるでデタラメだった。

 だが、ゴルトは破顔して、腹を抱えて笑い始めた。


「ああっ。なるほど、ビースト博士。アンタは、おいの同類だ」


 ゴルトは、レーベンヒェルム領で戦った、セイという少女を思い出した。

 密偵からの報告を検分した限りでは、あの少女は心から民草の平穏を望んでいるらしい。

 主君が暴走して引きずられるか、あるいは彼女自身がトップに立った場合は、道を誤る危険性もあるが、――現在のクローディアス・レーベンヒェルムがまつりごとを行う限り、彼女は将軍としての本分を全うするだろう。

 比べて、自分はどうだ? あるいは、そういう可能性がなかった、とは言えないが。


「おいは選んだ。流血と殺戮、闘争がもたらす高揚を――。ああ、そうか、爺さんもレベッカもおいも、同じ穴のムジナってことかい」


 ゴルトは、街で行われた惨劇にこそ嫌悪を覚えたものの、極悪非道に見入るレベッカ・エングホルムに、むしろ好意さえ抱いたのはその為だったかと得心した。


「ひょほほほっ。そうかもしれぬな。なあ、ゴルト、我が生徒よ、ボタンを掛け違ったとき、おぬしならどうする?」

「さて、めんどうくさくはあるが」

「いかにすばやく直すかが常人の腕の見せ所よ。しかし、狂気のマッドサイエンティストたるわしは違う。ボタンを掛け違ったという状況を、いかに楽しむかに価値を見出すのよ」


 ダヴィッド・リードホルムがどれほど詭弁を並べ立てても、いかなるプロパガンダをぶちあげようと、自分達が、世間からすれば、ボタンを掛け違っていることを……ゴルトは理解していた


「この世界の魔法技術は、わしから見れば未熟じゃ。いくつかのロストテクノロジーを除けば、幼い子供と大人ほども違う。じゃがな、だいの大人が子供をねじふせて強がっても、わしはちいともカッコイイと思わんよ。……見苦しいのおっ、わしという存在は!」


 だが、同時にゴルトは思うのだ。

 たとえ間違っているからといってどうだというのか。きっと自分達は、間違うことこそを望んだのだから。


「だから、待ち望む。わしを殺せるものを、わしの知識を否定してくれるものを。その時こそわしは口惜しさに唾を飛ばしながら、満足して果てるじゃろう」

「獣の爺さん、アンタはイカレてるよ。自滅思考なのか、馬鹿なのか、哲学的なのかさっぱりわからん。だが、そういうのは、嫌いじゃない」


 ゴルトとビースト博士は固く握手を交わした。

 エングフレート城塞が陥落したのは、それからわずか一時間後のことだった。


「生き残った兵士達は捕縛して牢に繋いどけ。獣の爺さんが人体実験に使うとさ。周辺の町村を制圧後、非協力的な民間人は、まとめて船に入れちまえ。レベッカ嬢には文句を言わせないから、そのままレーベンヒェルム領に送りつけてやれ。難民爆弾ってやつさ。治安も食糧事情も悪化して酷いことになるぞ」


 ゴルトの採った策は人道的であると、後世で高く評価された。

 その一方で、ようやく領内から餓死者をなくしたばかりのレーベンヒェルム領にとっては強烈なまでの効果を発揮し、報告を聞いた辺境伯は胃を押さえて転倒したという。


 ”自称”『第三位級契約神器オッテル』の盟約者、ダヴィッド・リードホルム。

 無数の戦略・戦術を駆使するゴルト・トイフェル。

 この世界よりも秀でた魔法技術を使う異世界人、ドクター・ビースト。

 すべての糸を引く、邪悪なる貴族令嬢、レベッカ・エングホルム。


 彼らはわずかな期間でエングホルム領を制圧。マラヤディヴァ国からの分離独立を宣言した。

 悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルムを演じる影武者、クロードもまた、否応なく彼らとの抗争に巻き込まれることとなる。

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