第122話(2-76)告白Ⅱ

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「お茶を用意します」

「お菓子もすぐ準備するね」


 レアとソフィが手早く淹れたお茶とクリームを添えたスコーンを配って回り、ヒートアップした会議室にもようやく平穏が戻ってきた。

 両腕のないクロードは、カップに口をつけることもなく、深く息を吸って、しぼりだすように吐いた。強張った唇を無理やりにほどいて、言葉を紡ぐ。


「ふたつめだ。ここにいる僕は、クローディアス・レーベンヒェルムの影武者、真っ赤な偽物だ。本物は昨年、復興暦一一〇九年/共和国暦一〇〇三年 紅森の月(一〇月)二日に、ファヴニルによって暗殺されている」


 瞬間――。会議室は、凍りついた。


「どうしたんだ? 外へ連絡しないのか?」


 十数分前までとは対照的に、誰もが口を閉ざし、瞳を見開いたまま瞬きすら止めた。


「嘘、でしょう?」


 ただひとり。部外者であったローズマリー・ユーツだけが、黒い髪を振り乱し、両手で胸を押さえながら、愕然とした表情でクロードを見つめていた。


「……ローズマリー嬢、気分がすぐれないのなら別室で休んでくれても構わない」

「い、いいえ。じ、じじょうを、事情を教えてください」

「わかりました。では、僕が初めてこの世界に来たところから……」


 クロードは、訥々とつとつと語り始めた。

 今さら隠すことなど何もなかった。自分が異世界の平凡な学生であったこと。ファヴニルとの出会い。影武者を押し付けられた最初の契約。部長、ニーダル・ゲレーゲンハイトとの再会、そして邪竜と結んだ新しい約束のこと――。


「今から二年後、復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)に、ファヴニルは僕を殺し、レーベンヒェルム領を……いや、おそらくマラヤディヴァ国を手中に収めようとするだろう。ずうずうしい願いだとはわかってる。だが、どうか、僕と共にあいつを討って欲しい」

「ふざけないで!」


 深々と頭を下げるクロードに、ローズマリーは激昂した。


「勝てるわけがないでしょう。邪竜ファヴニルは、マラヤディヴァ国だけじゃない。西部連邦人民共和国も、アメリア合衆国も放置していたんですよ。それを貴方の様な忌まわしい偽者が倒す? 思い上がりもほどほどになさい!」


 両親と兄弟姉妹、親しい者たちの死。信じていた婚約者の裏切り。刻まれた焼き印の欠片。ずっとずっと溜めこんでいた真っ黒な感情が、彼女の精神を塗りつぶした。

 ローズマリーは、皿からスコーンを切り分けるナイフを掴んだ。修羅の形相で、両腕のない少年をにらみつけ、凶器を手にゆっくりと歩き出す。


「貴方の身勝手で、多くのひとが死んだ。父も、母も、ユーツ家の皆も。マクシミリアンお兄様だって裏切った。死にたいなら、貴方だけが勝手に死ねばいい。いいえ、貴方を殺して首をファヴニルに差し出せば、この戦いも終わるのでしょう?」


 クロードは、受け入れるようにローズマリーを正面から見つめた。

 レアがそっと肩に手を重ね、ソフィが傍らに立った。

 アリスの猫目が剣呑な光を宿して大人モードに変わるも、席を立ったセイが彼女の伸びた爪を掴む。


「これですべてが上手くいく。死になさいっ!」


 ローズマリーが右手に持ったナイフを腰だめに構え、走り出そうとした瞬間、ヨアヒムが彼女の空いた左手を掴んだ。


「それで、ローズマリー・ユーツ侯爵令嬢。アンタはリーダーを殺して、ファヴニルの奴隷に、いえ家畜になりに行くんですかい?」

「……。あ、れ?」


 ヨアヒムの言葉は端的で、だからこそローズマリーは自らの矛盾に気がついた。

 切れた目じり、血走った瞳、彼女の顔にはりついた鬼面が剥がれ、かすかな音を立ててナイフが絨毯じゅうたんの上に落ちた。

 ヨアヒムと同様、会議参加者の大半がローズマリーの元へ駆け寄っていた。アンセルはナイフを回収し、礼服のベルトに挟んだ。彼は暴発した侯爵令嬢をなだめるように、真実を言葉にのせる。


「ローズマリー嬢。順番が逆なんです。ファヴニルは最初からここに居た。マラヤディヴァ国は邪竜を討てなかった。ある国は利用し、ある国は無視した。そして運悪くこの世界にやってきたリーダーは巻き込まれ――」


 アンセルは、両手と膝を絨毯について、深々とクロードに向かって一礼した。


「ぼくたちは、貴方を利用した。謝罪します。ぼくたちは、知っていたんです。貴方が、本物のクローディアス・レーベンヒェルムでないことを」

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