第255話(3-40)悪徳貴族と邪竜の策略

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 テルが操作する宝石と水晶玉は、神剣の勇者ことルドゥインが率いる隊商キャラバンの日常を映し出していた。

 朝、年若い男たちが汗だくになって荷物を運び、乙女たちが洗濯をする。

 昼、太陽と青空の下でマーヤが仲間たちと共に素足で川に入って魚を掴み、彼女の妹メアが手を叩いて笑う。

 夕暮れ時、ルドゥインはチンドン屋のような格好で太鼓を叩きながら笛を吹き、隊商の参加者達は老いも若きも焚き火を囲んで歌い踊る。


「写真、増えたね」

「この頃、ジャーナリストが鞄と上着を持って合流したからナ。名前は最後まで明かさなかっタが、ひょっとしたら王国ノ連絡員だっタのかもナ」


 隊商は、徘徊怪物ワンダリングモンスターや野盗の襲撃に遭った集落の遺体を弔い、時には生存者を隊に加えて西へ西へと進んでいた。

 ある老人は、壊れた包丁や鍋を修繕していた。ある若夫婦は、剥ぎ取った獣の皮をなめして服や靴を作っていた。マーヤとメアは、魔術文字を刻んで魔符や護身具を創っていた。

 決して豊かではない光景だ。けれど、輪になって食事をとる時、皆は笑っていた。

 そして彼や彼女たちの中心には、いつも楽器を手にしたルドゥインがいた。


「あのチンドン屋じみた格好も、計算尽くだったのか?」

「さて? 本人は音楽やら手品やらで勇気づけていタつもりらしいゾ。傷ついた世界にこそ笑いが必要ダってナ」


 もっとも、と。テルはテーブルの上で前肢を組んで続けた。


「当時十何才だったハロルドに、オジサンももう分別のある年なんですカラ、ちゃんとした服を着てくダさいって手紙を送られるくらいにはセンスが無かったゾ」


 ルドゥインのセンスは、当時の社会情勢でもやっぱり駄目だったらしい。


「待ってくれ、テル。じゃあ、あの黒い上着ジャケットは?」

「魔術防御機能とかハおまけデ、本当ノ目的は見栄えの改善だゼ」

「ダメじゃん! もっと服には気をつかわなきゃ……」


 自らの後頭部にブーメランを全力投球するが如き発言をした瞬間、クロードは不意に何者かの気配に気づいた。


「!?」


 テルを手振りで制して吊り梯子を登り、井戸の上をそっと覗く。しかし不思議なことに、屋敷の中庭には誰もいなかった。


「すまない。気のせいだった。話を続けてくれ」

「アア。チンドン勇者とマーヤたちは、旅を続ける気だっタ。でも他のヤツはそうじゃナイ。隊商ノ目的は、グリタヘイズの村ダ。そこは、どンな難民でも受け入れる楽園だって噂されてイタ」


 クロードは、不思議とテルの続く言葉が予想できた。

 歴史上、見られたことだからか。それとも、他に理由があるのか。


「楽園だっタのは今は昔ってナ。村に快く受け入れラレた難民は調子に乗ってやりたい放題、争イを嫌った元の村民たちをしいたげていタんだ。大陸本土からもゲオルク・シュバイツァーが手を出してイタ。ここいらの説明は要らンだろう」


 人間がいる限り、変わらないものがある。

 たとえば大地。たとえば海。たとえば地政学に裏付けられた立地。

 善いことも悪いことも、繰り返されて受け継がれる。


「オレたちが訪ねた時、すでにグリタヘイズの政治権力は大陸からの工作員たちに握られていた。暴政を欲しいママにする新興軍閥と、彼らに抗うファフナーの一族と呼ばれる創成メンバーのグループ。二つの勢力が対立していたンダ」


 ルドゥイン・アーガナストの存在は、拮抗していた均衡きんこうを崩し、一触即発の火薬庫に火をつけた。


「そして村民たちを守護していタのが、よりにもよって大戦で生き別れになったファヴニルとレギンだっタ。そして、他ならないオレという存在が、問題を更に悪化させチマっタ」


 怪物化して理性を失ったオッテルは、ルドゥインたちと合流するまで、ヴォルノー島の各地を荒らしまわっていたらしい。

 グリタヘイズの村も例外ではなく、被害にあったファヴニルとレギンは、オッテルとルドゥインが所属する隊商を敵であると認識した。


「ファフナーの一族は大陸勢力をなんとカしたいとチンドン勇者に協力を要請しタ。けど、ファヴニルとレギンは隊商の受け入れを拒否しタ。ゲオルクの影響下にあった大陸派の軍閥は、当然アイツを警戒してオレたちに武器を向けタ。もうグダグダのめちゃくちゃだ」


 争いは終わらない。黎明れいめいの時代から現代に至るまで、飽きることなく繰り返される。


「チンドン勇者は一ヶ月ほどまとめようと駐在して、遂にはグリタヘイズへの介入を断念しタ。日記を読めばわかるコトだから言っチまうが、アイツはマーヤの嬢ちゃんと交際を始めてイタ。阿呆な争いナンテやってられなかったんだろ。退去するためエーデルシュタイン号を買いつけテ、隊商はヴォルノー島を離れることを決めタ。それで収まるハズだっタ……」


 テルの瞳に、獣性も露わに荒々しい怒りの炎が灯った。


「だっテのに、ファヴニルのヤツはオレたちを騙しうちにしタ!」


 船の出港予定日の前日に、レギンが息を切らせて駆けこんできたのだという。

 大陸派が攻撃してくるから、今すぐ逃げろと隊商に脱出を呼びかけた。

 ルドゥインが第一陣を迎撃している間に、マーヤたちは隊商をまとめ、エーデルシュタイン号に乗り込んだ。

 間を置かずに大陸派軍閥の第二次攻撃が始まって、元神剣の勇者は切り裂かれたジャケットとキャリーバッグを恋人に託し、隊商の仲間たちを先に出航させた。


「後で必ず追いつくから先にいけ。マーヤもオレもアイツの言葉を信じタ。もしもアイツを殺せる者がいるとシテモ、それは大陸派じゃなく、ファヴニルとレギンだ。そンな思いこみが致命傷トなっタ」


 エーデルシュタイン号は、ルドゥインが戦闘中にファヴニルに襲撃されて、海の底へ沈められた。


「してやられた。レギンが嘘を言っていタとは思わン。結局、オレたちはファヴニルにはめられたンだ」

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