第254話(3-39)悪徳貴族と神剣の勇者

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 テルが水晶玉で映しだした神剣の勇者ことルドゥイン・アーガナストの画像は、ド派手な服を着て楽器と旗を背負った、およそチンドン屋としか表現しようのない姿だった。


「ナ! オレがコイツをチンドン勇者っテ呼ぶ理由がわかっタロ?」

「彼は、その、戦いの後遺症こういしょうでこんな風になってしまったのか?」

「ムゥ。一応フォローするト、あの頃はこういうファッションが流行っていタンダ」


 神終焉戦争ラグナロク終結後、世界人口は戦前のおよそ二〇分の一まで減少した。道路や橋、トンネルに上下水道、港湾といった社会資本もまた失われ、文明水準も大幅な退化を余儀なくされた。

 戦場となった都市から焼け出された大勢の人々は、隊商キャラバンを組んで、同じく生きのびた者や安全な街を探してあてのない旅に出たという。


「だからチョットでも目立つように、バリバリに派手ナ服を着たンだヨ」

「テル。念のために聞きたいんだけど、ひょっとして隊商が扱っていた商品は、傭兵と娼婦じゃないか?」

「……クロオド、お前ってホント勘が鋭イよナ」


 テルから賞賛されたものの、クロードは複雑だった。

 そもそも他に売るものがないのだから、謎解きではなく当然の帰結だろう。

 娼婦が着飾るのはもちろん、日本ではカブキモノと呼ばれた武辺者や、欧州でもランツクネヒトという奇抜な服装の傭兵集団が存在した。

 こういった退廃的たいはいてきなファッションは、地球史の戦乱期においても国を問わずに流行したものだ。

 

「確かに、他の隊商はソウダっタ。でも、オレが拾われたチンドン勇者の隊商じゃあ、アイツが指導しテ、簡単な衣服や薬草に魔術道具なんかを作って、立ち寄った集落で食料と交換していタんだ」

「なるほど、それなら商売もできそうだ。でも、どうして世界を救った勇者が隊商なんてやっていたんだ?」

「あまり気持ちノいい話じゃないんダがヨ」


 テルはそう言ってうつむくと顔をあげて、クロードをつぶらな瞳で見ながら質問をした


「ナア、クロオド。お前は国家ってナンだと思う?」

「国土をもち、国民がいて、主権をもつ存在のことだ」


 クロードの返答に、テルはほんの一呼吸だけ沈黙した。


「即答されるトは思わなかっタぜ。法学上は正しいンじゃネ? だが、オレに言わせれバ、国家には歴史や文化、なにより象徴が必要ダ」

「それは、そうだね」


 クロードの挙げた三要素は、あくまで地球史の近代国家が満たす三要素だ。

 ある国ならば国旗を挙げるかもしれないし、ある国ならば古代の帝国を、ある国ならば奉じる宗教を挙げるかもしれない。


「神焉戦争で、九つあッた大陸の八つが失われタ。後で浮遊大陸が戻ってきタからって言って、消えた文化も歴史も返っちゃ来なイ。わかるカ、オレたちがヴァール様を必要とした理由が? 想像できるカ? 戦後を生きる”国家”を名乗る指導者たちが、何を必要としたのカ?」

「待て。ちょっと待ってくれ」


 テルの問いかけに、クロードは身震いした。

 今に伝わる歪曲わいきょくされた御伽噺としての神話が、積み上げた時間の中で熟成されたドス黒く濁った悪意を連想させる。


「テル、ガートランド聖王国には必要無かったはずだ。あそこには聖王家がある」

「ああ、あの国だけは要らンヨ。国家のハレとケガレを背負い続けタ、チートなんてメじゃない不動の象徴があるからナ。だが、他の国はどうダ? クロオド……もう答えに行き着いたんダロ?」

「生きのびた国は、巨人族を絶対悪に見立てて、指導者を救世の英雄と盛り立て、国家の”象徴”としたのか?」

「正解ダ」


 テルが縞瑪瑙オニキスを叩くと、神剣の勇者の戦友を自称する様々な指導者のアジテーションめいたビラが、まるでスライドショーのように流れ始めた。


「チンドン勇者のやつは、最後の戦いで行方不明になって死亡扱いされてイタ。その間に各国の実力者は、神剣の勇者ッテ称号と、ルドゥイン個人の切り離しを謀っタんだヨ。世界を救っタという名声を、自分たちのモノとして戦後統治に取り込ンダ」


 クロードは深々と息を吸い込んだ。

 テルが語ったやり口は悪辣あくらつだ。最大の懸念事項けねんじこうは、真実の履歴りれきがデタラメでも成立するということだろう。

 たとえ過去の事実とはかけ離れた――偽りの歴史であっても、偽りの指導者が推進して、偽りの国家が成立してしまう。


「ジャーナリストの話じゃ、どうにか帰国したルドゥインは――。各国の有様を知って、聖王国を主導していたエレキウス・ガートランドに抗議したらしい。こんな馬鹿な話があるかっテ。見知らぬ他人ばかりカ、王国へ攻めて来た侵略者の連中マデ、恥知らずにも『勇者の盟友』とか自称してイタんダ。アイツが怒る気持ちもワカル」


 ああ、と、クロードは理解する。テルとは逆に、彼にはエレキウスの反応が、国を預かってしまった者の苦悩が共感できてしまう。


「エレキウスはアイツの抗議を突っぱねタ。いま他国に構っている暇はないってナ。それドコロか、各国が戦時中に重ねた悪行を、”黒衣の魔女”と貶められたヴァール様へ押しつけるのを、積極的に追認していタそうダ」


 クロードは、千年前の聖王国に思いを馳せた。

 おそらく国体こそ崩壊しなかったものの、エレキウスには他国と争う余裕などなかったはずだ。

 彼は聖王国の指導者として、滅びを迎えた他国の憎悪と敵意が、唯一免れた自国ではなく、巨人族という生贄のヤギに集中することを歓迎した。


「で、ルドゥインの野郎はエレキウスと張り合って、慣れナい政治をやろうと徒党を組んダらしい。そしたら王国乗っ取りを企む外国人や、隣国で暴れていたゲオルク・シュバイツァーって軍閥の工作員とか、そンな危なイ連中がわんさか入ってきちまっタ」


 クロードは、両手で顔を覆った。

 典型的な乗っ取りだ。演劇部を大混乱に陥れた、男装先輩の母親の顔が脳裏をよぎる。


「政治家をやるナら、それでも粘るべきだっタんダ。だが、そいつらが聖王家にテロまがいの計画を立てていタことで、アイツの心は折れちまっタ」


 クロードは、察してしまう。

 それは折れるだろう。絶対に折れる。

 かつてのクロードもまた、宗教に狂った母親から演劇部を守ろうとした結果、他ならぬ男装先輩を極限まで追い詰めていたことを知って、絶望したのだから。


「自分が神剣の勇者なんテものになっタことが、もはや故国の害になってしまっタ。ソウ思い詰めたアイツは、入り込んだ潜伏工作員スリーパーセルどもを叩き潰しテ、自ら国を出タんだト。あとは目的のナイ旅暮らし、と本人は言ってイたナ」

「本人は……って、テルは、彼の目的を知っているのか?」

「聞いちゃいなイが、想像はつくゼ。アイツ、移動先で”神剣の勇者”の縁者を名乗ル悪党がイタら、問答無用でぶちのめしていたからナ。第一位級契約神器レーヴァティンこそ失っテいタが、アイツにはマダ、オレを破った翼の魔術ガある。特にゲオルクの軍閥が糸を引いていた組織には、一切容赦しなかっタ」


 なるほどと、クロードは思った。

 ひょっとしたらルドゥインは、自らの戦いに王国を巻き込まぬよう、わざと国を出たのかも知れない。

 

「ソウイヤ、今でも残ってるゾ。パラディース教団ってあるダロ? アレの教義は、千年前にゲオルクがでっちあげたモノの後継ダ。ササクラも、クロオドも、アイツと同様に苦労しているようだナ」


 クロードは顔を覆ったまま、がくりと突っ伏した。

 千年も過去の話なのに、がっつり現在まで繋がっていた――。 

 不意に突拍子もないことを思いついてしまう。

 ひょっとしたら、イスカやミズキが言及した、部長ニーダルが使う魔法の正体こそは、巨人族秘伝であった翼の魔術ではないか?

 しかし、クロードが口を挟む前にテルが言葉を続けた。


「クロオド、話を戻すゾ。ふらふらしていたアイツは、このヴォルノー島までやってきた。手製のダブルカヌーに乗っテ、島の東端に上陸しタらしい。そこで隊商を怪物に潰されて、震えながら彷徨さまよっていた少女二人を保護したンだト」


 テルが紫水晶アメジストを肉球で抑えると、先ほど見たチンドン屋の装いとは打って変わり、沈没船で見つけた黒いジャケットを着たルドゥインの画像が映し出された。

 彼の両隣には、黒褐色の長い髪と健康的な日に焼けた肌の目立つ活発な雰囲気の少女と、まだ幼い赤毛をおかっぱにした白い肌が印象的なお淑やかな少女が微笑みながら写っていた。


「真ん中にいるのがさっきも見たルドゥインで、左の背が高い方がマーヤ・ユングヴィ。右のちンまい方がメア・ユングヴィだ。ユングヴィっテのは元いたキャラバンの名前で、血ノ繋がりは無かっタそうダが、本当の姉妹のようニ仲が良かっタゼ。……どうしタ、クロオド?」


 クロードは水晶から出力された映像を、右から見て、左から覗き、しゃがんで見上げる、と様々な方向から検分し始めた。


「オイ、まさか下着ヲ見たいとカ、阿呆なことハ言わンよナ?」

「テル。このメアって子、背を伸ばして胸を盛ったら、ソフィに似ているような気がしないか?」


 クロードの問いかけに、テルは噴き出した。


「クロオド、よく見ろヨ。雰囲気が全然違うダロ? 髪の色こそ同じ赤毛だガ、ファフナーの娘はおさげ、メアはおかっぱダ」


 雰囲気が違うなんてこと、クロードだってわかっている。

 いつかどこかで見かけた夫妻の方が、ずっと細やかな印象が似通っている。

 それでもどこか感じるものがあったのだ。


「しょうがない。今チョイと魔法で弄ってやるからナ」


 テルはそう言うと魔術文字を綴って、投影されたメアの背を伸ばして体格を豊かにした。

 映像からおよそ五、六年経てばこうなるだろうという予想絵図は、ソフィと、そして緋色革命軍マラヤ・エカルラートのレベッカ・エングホルムをどこか彷彿ほうふつさせる姿だった。


「……ンナ。こりゃア、偶然ってやつダナ!」

「ああ、きっとそうだ」


 相槌を打ちながらも、クロードはテルが創った投影図から目が離せなかった。

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