第256話(3-41)悪徳貴族と切りひらく未来

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 マーヤたちが乗った船は沈没後にルンダールの海底遺跡ダンジョンに取り込まれ、オッテルもまた再び正気を失って怪物に堕したという。

 ササクラという稀代の剣士が再び彼を正気に戻すまで、狂った火竜は憑かれたようにダンジョンの貴金属を集めて船を護った。


「オレは脱出の時、ルドゥイン・アーガナストに頼まれタ。船と隊商を守っテくれってナ。オレは約束を果たせなかっタ。悪かったなクロオド。長々と愚痴に付き合わせタ。これがオレの体験ダ。何一つ守れず、失い続けた哀れナ道具の末路ダ」


 テルは瞳を閉じて、テーブルに突っ伏した。

 しかし、クロードは彼を抱き上げて、その顔を正面から見据えた。


「なぜそんな事を言うんだ。テル、お前たちはちゃんと世界を変えたじゃないか?」

「クロオド、慰めなら要らんゾ」

「テル、外を見ろ。もう神も妖精も巨人もいない。国が違い思想は違っても、今の世界で生きる者は、誰もかれもただの人間だ。お前たちが戦って切りひらいた未来だ」


 テルの瞳から、ぽつりと涙が零れた。


「もうササクラから聞いたかもしれないが、マーヤは生き伸びてユングヴィ家を開いた。ひょっとしたらメアちゃんや、他の隊商員にも生き残りがいるかもしれない。ちゃんとお前の手で守った生命がある」


 その上で、と、クロードは続けた。


「いくつか気になる点がある。ひとつは、ファヴニルがなぜ大陸派の横暴を放置していたのか?」

「ナニか政治的な理由でもあっタんじゃないカ? 単純に強ければイイなら、ルドゥインはチンドン勇者をやってナイ」

「そうだとしても、もうひとつおかしな点がある。ファヴニルが守護したファフナーの一族と、大陸派の軍閥は水面下で争っていた。勇者が大陸派と戦闘になったことは、むしろ二つの敵を弱らせるチャンスだったハズだ。なぜ戦闘中にわざわざ脅威の無い船を沈めた?」


 論理的に考えるならば、ファヴニルの行動は不自然なのだ。


「ファヴニルのヤツは感情的だゾ。オレやルドゥインに対しテ、お前も大事なものを失え、みたいな意趣返いしゅがえしとか、弱ってるところを叩こうッテ嗜虐心しぎゃくしんじゃないカ?」

「だったら、なぜ一ヶ月も待ったんだ? その後の歴史を見るならば、ファヴニルはレギンと共に封印された。つまり、最終的には勇者に負けたんだ。そう……ここも変だ。なぜ神剣の勇者は仲間を殺したファヴニルを封印に留めた?」

「言われてみりゃア、何かオカシイ。ルドゥイン以外の奴が封印した可能性もあるガ……。こう小さな違和感がいくつも重なっテ、全体がぼやけチマってル」


 クロードは、浅く息を吸った。ファヴニルの辿った岐路、おおよその事情は掴めた。なのに、最後の最後で霧に包まれたように謎が深まった。


「テルは、ルドゥインさんのことを恨んではいないのか?」

「わからン。殺し合っタのはお互い様ダ。撃墜されタことに怒りはナイが、アイツはヴァール様の仇だ。でも、もしもあの方が神様になっタら、不幸だっタとも思う」


 吐き出された悔悟かいごこそが、テルの抱いた一〇〇〇年前への鎮魂だった。


「チンドン勇者は、ヴァール様を殺したのもエレキウスと争ったのも、徹頭徹尾てっとうてつび、自分の為だっタと言い張っタ。それが気遣いだっタのはオレにもわかる。アイツは、オレたちが巨人族だから討とうとシタわけじゃない。そして、クロオド、お前の言った通り、巨人族の悲願は叶えられタ。どれだけ失っテモ、オレたちが積み重ねタものは無駄じゃなかっタ。アア、胸の中がグチャグチャだ」


 テルは水晶玉の投影を止めて、過去に区切りをつけるかのように宝石を大切に仕舞った。


「なあテル、ファヴニルはヴァールさんの復活を望むと思うか?」

「おそらく、ナイ。グリタヘイズの村で会ったアイツは、もう世界や人間を救おうとは思っていなかっタ」

「そうか。同感だ」


 言葉が途切れた。無言の沈黙が地下の六畳間を満たす。


「クロオド、お前はファヴニルと戦うつもりなのカ? 盟約者パートナーなのに」

「盟約者だからこそ、あいつを野放しには出来ない。僕が決めた。僕があいつを終わらせる」

「そうカ。しかし、どうスルつもりダ? 並の契約神器ではヤツに対抗出来ないゾ。クロオドなら盟約を結んデモ構わンが、今のオレは戦えない」

「ダンジョンに今も封印されている、レギンを頼るつもりだった」


 それなりに感情をこめた勧誘をクロードに見逃されて、カワウソは思わず咳き込んだ。


「テルの話を聞く限り、レギンはファヴニルと仲が良かったのか? だったら、別の手段を探さなくちゃいけない」

「いいやクロオド、それが最善ダ。この通り死に損ないダガ、オレの命を賭けてもイイ。レギンは必ずお前に助力する」

「そ、そうなのか?」


 面食らうクロードに、テルは寝床へ戻るように促した。


「あの侍女が目を覚ましタラ面倒だ。もう帰っテやれ。少し一人で考えたいコトがあル」


 クロードは、きっと郷愁に浸りたいのだろうとテルの勧めに従った。

 彼がかすかな音を立てて縄梯子を登り、他に誰もいなくなった井戸底の地下室で、カワウソはクローゼットに向かって呼びかけた。


「だってヨ。お前はいったいアイツをどう思ってるンだ。なあ――」


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