第257話(3-42)悪徳貴族は明日へと踏み出す
257
復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 恵葉の月(六月)三〇日。
テルと
ヴァリン公爵をはじめ、マルク・ナンド侯爵ら大同盟に参加した十賢家から、マーヤ・ユングヴィに関する資料を借り受けたのだ。
しかし、クロードが望んだ結果は得られなかった。ユングヴィ家はマラヤディヴァ国十賢家の中でも最古の家柄であり、混乱期における彼女の活躍は数百年後にまとめられた真偽不明の伝承にしか記されていない。
そして、メア・ユングヴィに至っては、不自然なほどにどの伝承にも姿が見受けられなかった。
(唯一の収穫は、と)
クロードは、ソファに座って読んでいた分厚い大陸史の本を閉じてテーブルに置いた。
神焉戦争終結後、大陸に覇を唱えて周辺諸国を切り取ったゲオルク・シュバイツァーは、反乱を起こした民主化勢力によって打倒されて死亡した。
残念ながらこの新政権は軍事力が極めて弱く、わずか一〇年も持たずに崩壊して、現西部連邦人民共和国の領域は群雄割拠の戦国時代に突入した。
(エレキウス・ガートランドは王国の介入を否定した。そりゃそうだ。ルドゥイン・アーガナストはその為に国を離れたんだから)
もしもゲオルクが偽りの勇者を創って、本物のルドゥインに討たれたのだとしたら、きっとけじめはつけられたのだろう。
「駄目だ、レア。本や資料は返そう。ヴォルノー島には、マーヤの事跡は残っていないみたいだ」
完全に手掛かりが途絶えたわけではない。
テルは、ササクラが集めた資料は、付き合いのあったエングホルム家に預けられたと言っていた
またローズマリー・ユーツは、マーヤのことを知りたければ、首都クランのユングヴィ家を訪ねるべきだと助言した。
どちらも今は
「豊穣祭が終われば、決戦が始まる。そっちの準備も進めないと」
クロードは、冤罪を着せられ”黒衣の魔女”と怖れられたヴァール・ドナクを思った。
彼女の戦いの全てを肯定するわけではない。けれど。
(明日流れる血を減らすために、今日戦う
平穏であれと祈りながら、その手で壊す
世界を善くするために、邪悪と呼ばれる)
クロードは思う。
(ああ、僕はきっと貴女と同じ場所へ行くだろう。だから、恋なんて出来ない。このオモイは妨げにしかならない。でも、ひとつだけ貴女と違うとすれば)
「領主さま」
レアが、そっとクロードの隣に寄り添った。かすかな落ち着いた花の香りがする。
外出中だからだろうか。彼女の装いはいつもと同じメイド服だが、ホワイトブリムが桜色の髪飾りとあわせた同色のリボンに変わっていて、青い髪もハーフアップにまとめられていた。
「領主さま。領都レーフォンの遺跡探索も順調です。いずれ第三位級契約神器レギンも見つかることでしょう。貴方はどちらを選ばれますか? グリタイヘイズの龍神のように人々を導きますか、それとも……」
「レア。僕は臆病だ。人間にしかなれないよ」
神様にも悪魔にもなれっこない。
人間であると言う信念こそが、クロードの凡人たる限界であり強さだった。
「はい」
レアの唇がほころび、笑みをつくる。けれど、赤い瞳は涙に濡れていた。
あの夜、テルはクローゼットに隠れていたレアにこう尋ねたのだ。
『今さら細かいコトは言わン。なぜお前は、本当のコトを言わナイ?』
『私は、領主さまが、クロードが好きです。けれど、わかりませんか、テル? あの方は人間です。人間であることを失わない方です。だから、彼の側に人ならざるものなんていらない』
図書館を出て、二人は歩く。
距離は近く、心は遠く。
互いを思うが故に、クロードとレアの心はすれ違う。
歩む道は交わるのか、過去の真実と同様に、未来もまた霧に閉ざされて見えない。
けれど、彼らは知らない。南国の青空の下、強い日差しに照らされたカワウソが、伸びをしながら決意したことを。
「ったく、不器用なヤツらダ。しょうがネェ、生き残っタのも何かの縁ダ。オレがひとつ後押しをしてやるカ!」
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