第325話(4-54)港町ツェアにて
325
復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 涼風の月(九月)二九日午前。
クロードは、司令官であるセイと女執事ソフィを伴い、武装商船二隻と大型輸送船一〇隻からなる救援艦隊を率いてユーツ領の港町ツェアに上陸した。
参謀長ヨアヒムが当初立てた作戦では、ユーツ領奪回を目前とした時点で、主力艦隊を北上させて
しかしネオジェネシスの決起が全ての計画をご破算にした。"悪徳貴族"クローディアス・レーベンヒェルムを代表とするヴォルノー島大同盟も、"一の同志"ダヴィッド・リードホルムが支配する緋色革命軍も、"創造者"ブロル・ハリアンが生み出したネオジェネシスという第三勢力の電撃的登場によって戦略の変更を余儀なくされた。
緋色革命軍は、ユングヴィ領とグェンロック領を巡って、ネオジェネシスと激しい交戦を繰り広げていた。ヴォルノー島大同盟もまた、領都ユテスを脱出した神官騎士オットー・アルテアンが導く数万人の民衆を救うため、救援艦隊を派遣した。
クロードたちが息せき切って船を降りると、そこで見たものは助けを求めて押し寄せる半裸の群衆と、略奪の限りを尽くされて崩壊した港町ツェアの姿だった。
「……緋色革命軍は、イナゴか何かか?」
「棟梁殿、何を言っている? 悪意がある分、天災よりも性質が悪いさ」
緋色革命軍は、民衆を見捨てて我先に船で逃げ出したらしい。ネオジェネシスを足止めするつもりなのか、残されていた船を破壊した痕跡すらあった。
町はまさにドン底だ。食料も衣服も何もかもが奪われて、建物もまた破壊の限りを尽くされている。
幸いにもクロードたち救援艦隊が到着したことで、民衆の救助さえ完遂すれば、これ以上悪くなることはないだろう。しかし、ネオジェネシスの接近までに乗船が間に合うか、そして――避難民全員が船に搭乗できるかは怪しかった。
港町ツェアですら、万を越える人が詰めかけている。この後合流するユテスの民衆を考えれば、大型輸送船一〇隻でも充分とは言いがたかった。
「僕が罠を仕掛けてくるから、兵を一〇〇人貸してくれ。セイは三〇〇人を配置して防衛の準備をお願い。民衆の救助は……」
「クロードくん、わたしがやるよ。一〇〇人借りて行くね」
ソフィが群衆の
されど、こちらの兵は五〇〇。オットーから連絡があったネオジェネシスの兵は少なく見積もっても一〇〇〇以上。おまけに数万人の民衆を守りながらの防衛戦が予想されると、条件は厳しかった。
「チョーカー隊が間に合えば、助かるんだけどな」
「おいおい棟梁殿、ここに私がいるだろう。大船に乗ったつもりで任せておけ」
ローズマリー・ユーツ公爵令嬢と、アンドルー・チョーカー隊長、ヨアヒム参謀長らが参加するユーツ領解放軍は、いまだ港町ツェアまで達していなかった。
緋色革命軍は、解放軍に連敗を重ね、ネオジェネシスの蜂起を知って逃亡した。しかし、彼らはイタチの最後っ屁とばかりに、道を壊しトンネルを爆破し橋を落としていたのである。
修復はいずれ終わるだろう。けれど、今この時には間に合わない。
クロードとソフィ、セイは港町ツェア北方の門で、友軍と共にオットー・アルテアンを待つことにした。
太陽はすでに南中を越えて、西へと移動していた。
合流を約束した時間はもうすぐだ。オペラグラスで見ると、道の彼方から這うようにして近づいてくる集団が見えた。老人がいた。子供がいた。誰もが支え合いながら必死で歩いていた。これでは時間がかかるのも当然だろう。
そして、群衆の後方には白髪白瞳のネオジェネシスが近づいていた。
「追いつかれたか。やむをえない。助けに行く」
「クロードくん、わたしも行くよ。治療なら任せて」
「勝手に飛び出すなっ。私たちも救援に向かうぞ」
クロードとソフィが走り出し、セイ率いる救援隊が後を追う。
それを見たネオジェネシスは――特に攻撃を加えることはなかった。
むしろ、リーダーらしい爽やかな顔立ちの青年が、白い歯を光らせて救援隊を出迎えた。
「民間人の救出に来られた方ですね。デルタと言います。良かった、立場上助力することが出来なかったんです。避難民の中には、体調を崩された方もいます。早く保護してあげてください」
「イケメンかよっ!?」
クロードの賞賛が混じったツッコミは、他ならぬデルタ自身によって否定された。
「貴重な食料資源です。大切にするのは当然ではないですか?」
それは、どうしようもない意識の隔絶だった。
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