第326話(4-55)ネオジェネシスの参謀

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「イケメンかよっ!?」


 クロードの賞賛が混じったツッコミは、他ならぬデルタ自身によって否定された。


「貴重な食料資源です。大切にするのは当然ではないですか?」


 それは、どうしようもない意識の隔絶だった。


「……皆、こらえてくれ。民間人の救出が最優先だ。セイ、頼めるか」

「わかった。棟梁殿、皆、聞こえたか。民間人を船まで案内するぞ。己が職務を忘れるな」


 クロードは、デルタの一言で戦闘に意識を切り替えた兵士たちを、セイと協力して押しとどめた。

 理由はどうあれ、攻撃を控えてくれるというのだ。乗らない理由はない。事前の仕込みだけでは、たとえ勝利しても避難民に犠牲が出る可能性があった。


「クロードくん」

「大丈夫」


 クロードたちが逆転するための切り札はソフィだ。

 女執事にして巫女は心配そうに傍らに寄り添って、主人たる青年は彼女の手を握りしめた。


「ああ。ああ、そうでしたか。失礼しました。クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯様。貴方にお目にかかれて恐縮です」


 デルタはクロードを見て敵の首領と察したか、急に改まったかのように軍服のネクタイを整え、ハーフリムの眼鏡をかけた。


「完全なる生命とやらも眼鏡をかけるんだな?」

「ええ、おしゃれじゃないですか。度は入っていないんですが、気分が引き締まるし、高揚もするんです」


 どうやら伊達眼鏡のようだった。


「さっきの台詞は、アルファ姉さんですね。申し訳ない。一番先に意識が強くなったせいか、同胞に抱く愛情と誇りが強いんです。それにしても気づけて良かったあ。こんなところで負けて全滅したら、創造者様に顔向けできないところだった」


 デルタはそう言って白い歯を光らせて、爽やかに笑った。


「はは、買いかぶりすぎだろう」

「まさかまさか。貴方に同胞が倒されたのは、共通記憶で知っています。だいたい、こんなわずかな時間で救援部隊を派遣できるなんて思わなかった」


 いざ軍を動かすとなれば、それだけの準備が必要になる。五〇〇の救援部隊をすぐさま出立させられたのは、今の大同盟とレーベンヒェルム領の力を示している。


「僕が動かせたのはこの少数だ。まともに当たれば、全滅するのはこっちだろう。デルタくん、このまま見逃してくれると有り難いんだけどね」


 クロードの言葉は本心だ。今はまだ戦いたくない。戦うための手段は、きっとショーコが見つけてくれる。それまでは、たとえ侮られたとしても時間を稼ぐことに意味があった。


「またまた、船の中に兵隊を隠している癖に。それに、あそこで避難民を誘導している兵士さん、盟約者――契約神器の使い手がいますよね」


 クロードが、デルタを難敵だと確信したのは、この一言があったからだろう。――逆転の策を読まれていた。


「"新生命(ネオジェネシス)"は人間よりも目が利きます。先ほど堤防で作業しているのを確認しましたが、オトライド川の堰を切って我々を押し流すつもりでしょう?」

「おいおい、僕たちはユテスの民を助けに来たんだ。それじゃ意味がないだろう。だいたいそんな真似をしたら、僕たちまで一緒に流される」

「でも、水を操る神器や魔術道具があれば、話は変わりますよね。戦上手のセイ司令官を引っ張りだして、何の作戦もないというのは不自然かなあって」


 厄介なことに、デルタの見立ては正しかった。

 港町ツェアの惨状を見たクロードたちは、最悪町を水浸しにしても避難民脱出の時間を稼ごうと考えたのだ。

 同行した五〇〇の兵には工事に応用できる神器の盟約者もいたし、何よりも水を操るソフィの魔杖みずちなら、ネオジェネシスだけを狙い撃つことも可能だったからである。


「デルタくんは凄い作戦を考えるんだなあ。今度、機会があれば是非使わせて貰うよ」

「やっぱり、やっちゃうんですね。怖いなあ、戦いたくないなあ」


 クロードはデルタと共に笑いながら、セイに目配せを送った。

 彼女もまた的確な指示を出しつつ聞き耳を立てていたらしい。隊長級の幹部に指揮を委譲して、傍までやってきた。

 オットー・アルテアンから届いた事前連絡や、ヴィルマル・ユーホルト伯爵から聞き出した事情によれば、ブロル・ハリアンは優秀な研究者であっても軍人ではなかったという。

 ならば、もはや疑うまでもないだろう。ネオジェネシスの参謀を務めているのは、このデルタという個体だ。作戦の六割は読まれた。あとの手札で、この窮地を越えられるや否や……。


「というわけで。クローディアス様、一度創造者様にお会いしませんか? そうすれば戦わずに済むと思うんです」

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