第146話(2-100)悪徳貴族と招かれざる刺客

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 晩樹の月(一二月)七日夕刻。

 クロードたち一行は、馬車をブリギッタに貸し出した後、役所で彼女たちと別れて徒歩で領主館へと向かった。

 会議に疲れたのか、アリスは省エネルギーモードである小さな子供の姿に変わり、うとうとと居眠りをしてクロードの背におぶわれていた。

 まるで血のように赤い夕陽の残光に照らされて、ひとつにくくった薄墨色の髪が銀色に映えたセイが、隣を歩く想い人の背で眠りこける友を見て羨ましそうに目を細めた。

 彼女は、振り払うように一度唇を結び、花が開くようにほころばせて言葉をつむいだ。


「棟梁殿、もう少し御身を大事にしてくれ。緋色革命軍マラヤ・エカルラートとの戦況が膠着こうちゃく状態になったせいか、共和国やアメリア、妖精大陸の使いを詐称する山師どもが軍政へ移行すべしと煽っている」


 クロードは痛いところを突かれたか、アリスをおぶってやや猫背になった姿勢を一瞬だけ伸ばして、わざとらしく咳払いをした。


「セイだって、注意しなよ。君に二心有りなんてデタラメを書いた怪文書は、百や二百じゃすまないんだから」

「お互い引く手あまたのようで結構結構」


 クロードとセイはひとしきり笑ったあと、盛大にため息を吐いた。


「ごめん、注意する」

「私も、勝ちすぎたやもしれん。ソフィ殿を見習うべきだった。どうも悪目立ちしているようだ」

「え、わたし?」


 ソフィは、新規に設立されたファヴニル対策機関の責任者に任命されるまで、レーベンヒェルム領の心臓部とも言える新式農園の監理官を務めていた。更にはクロードの執事として政務を受け付け、幼馴染みたちがいる各部署への差配を代行することも多かった。

 事実上、日本国政府で言うところの内閣官房長官に近いポストに居るのである。しかしながら、彼女に私心がないせいか、あるいはクロードの傍らに侍女たるレアがいたせいか、妙に影が薄いのだ。


「ソフィは、セイに負けないくらい頑張ってくれたってことさ」

「か、かいかぶりだよ。でも、えへへ……」


 南の森を背後に、林檎のごとく頬を赤く染めるソフィの横顔を見つめながら、クロードは胸の内でざわめく怒りを抑えつけた。怪しげな輩に讒言ざんげんされているのは、セイだけではない。ソフィや、アリス、レアも悪しざまに罵倒されていた。


(九郎判官の悲劇だけは避けないと……)


 平安時代末期に平家打倒の立て役者となった源義経。彼の悲劇は、強すぎたことだ。

 古今無双の軍才で前人未到の勝利を重ねた英雄だが、ただ一人で絶大な戦果を上げ続ければ、世人に妬まれもするし憎まれもする。

 セイもまたオーニータウン、ボルガ湾、ドーネ河とたてつづけに大勝を重ねている。表向きは別人が将を務めたことになっているとはいえ、クロード自身はベナクレー丘で大敗しているため、彼女の立場をより複雑なものとしていた。


「棟梁殿。次の戦は、名誉挽回の機会も兼ねて、アンセルを大将格にヨアヒムを参謀長に復帰させるのがいいだろう」

「隊長格の三人はどうだい? 彼らも声望を集めているようだけど」

「イヌヴェは、機動隊を任せた際の攻撃力が素晴らしい。サムエルは粘り強い守備が特徴だな。キジーは撹乱や遊撃工作に長けている。得意分野に合わせて大将を変えれば面白い指揮を執るかもしれないが、……彼らは私とのつきあいが長いから」

「セイの功績と受け止められる可能性がある、か」


 こういった人間の悪意を煮詰めたような流言飛語や離間工作に対処するのは、クロードたちにとって、ある意味戦場で実際に刃を交える以上に骨が折れた。

 公安情報部長のハサネなどは、『政治派閥間の対立や、地域間の対立、企業間の対立を煽って国家や領の弱体化を図るのは、西部連邦人民共和国やナラール、ナロール国の得意手段ですね。もっとも、面白いのは、ほかならぬ彼ら自身が内部対立で血みどろのぐちゃぐちゃになっていることです。相手の意図を知った上で泰然と構えていれば、さほど恐れることはありませんよ』と言ってのけたが、そんなに甘いものでもないだろう。


「外国や彼らの走狗の楽園使徒アパスルだけじゃなくて、緋色革命軍も工作を仕掛けて来ているふしがあるんだ。ゴルト・トイフェルって将軍は、意外にまめな男なのか?」

「オーニータウンでは散々振り回されたんだ。豪快な見かけとは裏腹に繊細な男だと思うが、少し似合わない気もする」

「ええっと、レベッカちゃんじゃないかな?」

「それだっ」


 愁いをおびて眉を寄せたソフィの言葉に、クロードは思わず首を大きく前に振っていた。その勢いで目を覚ましたのか、アリスがたぬ? と声をあげて、滑り落ちないよう慌てて背中にしがみついた。

 セイもまたはたとばかりに手を打って、因縁深いゴルトを思い返すように道の外れ、北の海辺へと視線を投げた。


「確かにゴルトなら、工作だけというのはどうにもしまらない。あくまで間接的な手段は囮で、直接的な攻撃を加えて来そうなんだ」

「海を越えて暗殺者でも送ってくるとか? 避難民への対策で厳重に警戒しているし、警察官の巡回だって増員してるんだ。大丈夫大丈夫……」


 そうクロードが笑い飛ばそうとした時、無言でやや後ろを歩いていたレアが大量のはたきを宙に投げた。


「皆様、伏せてください!」

「うそだろっ」

「たぬぬうっ」


 領主館へ続く道の前方、白いマズルフラッシュが夕闇を切り裂いた。マスケット銃の弾丸が次々と飛来して、はたきを触媒に構築された防御結界に着弾した。

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