第150話(2-104)悪徳貴族と謀反

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「これが、ラストショット」


 ミズキがこれみよがしに空間破砕弾を装填そうてんする様子を、レアはまるで他人事のように見ていた。

 アリスとソフィ、そしてクロードは、南の森から飛び出してきたチョーカー隊と少し離れた西の街道沿いで戦っているから、巻き込まれる心配はない。そして、背中合わせに弓を射ていたセイもまたクロードたちを援護する為にこの場を離れていた。


「気を遣ってくださったのですね」


 思えばミズキという少女は、はじめて相対したボルガ湾の海戦からずっとレアだけを標的と定めていた気がする。

 レアは、彼と彼女たちの無事に安堵して、先ほどのミズキの言葉も銃声で届いていなければ良い、とつい考えてしまった己の浅ましさに胸を痛めた。


「兄さま、恋を知りました。友と、呼びたい方もできました。私は、幸せです……」


 レアはクロードに向かって振り返り、両手で軽くスカートの裾をもちあげて片膝を折り、深々と一礼した。


「ありがとうございました」


 マズルフラッシュが焚かれ、乾いた発砲音が死の時間を告げた。

 クロードが叫んでいる。ソフィが祈っている。アリスが地を蹴り、セイが矢を弓につがえて引き絞っている。もう間に合わないだろう。それでいい、それがいいと死地の侍女は微笑んだ。


「あ」


 次の瞬間、レアの心臓がドクンととびはねた。


「巫女の干渉と魔力経路の仮接続を確認。領主さま、いけませんっ!」

雷切らいきり火車切かしゃぎりっ。力を貸せぇえっ!」


 レアが見守る中、クロードの全身に裂傷が刻まれて、鮮血兜鎧ブラッドアーマーが止血の為に硬化する。

 行き場を失った大量の血が背中から二筋ほとばしり、右手に持った打刀と左手に掴んだ脇差しから雷光と火花が巻き上がった。

 クロードの未だ出血の止まらない背に、雷が渦を巻いて8の字を横倒しにした翼が形作られ、彼の足裏から火炎が噴き出す。


「いっけえええっ」


 彼が背負った∞の雷翼は周辺の魔力と空気を取りこみ、足から変換された魔力エネルギーと爆発燃焼した排気が噴射された。

 時間にして一秒も満たないだろう。クロードは雷切と火車切をミズキへ向かって投げつけながら、記憶の隅に埋もれていたある景色を思い出した。きっちり正座した男装先輩と、だらしない痴女先輩がお茶と菓子をつまみながら刀について雑談している。

 戦国時代最強の鉄砲傭兵団、雑賀衆にそのひとありと謳われた雑賀孫一。彼はある時、僧兵を斬るも、斬られた相手は何食わぬ顔で逃げ出したという。不審に思った孫一が、刀を杖代わりに地面につきつつ追跡したところ、道端の石がまるで団子のように連なって刀に刺さり、僧兵もまた念仏を唱えながら八丁先で真っ二つとなって絶命したとされる。その逸話ゆえ刀に贈られた名は――


鋳造ちゅうぞう……八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござし!」


 クロードが飛ぶ。アリスの跳躍よりも速く、射放たれたセイの矢を追い越し、音速の壁すら容易く突破して、レアとミズキの間に割り入った。地面と水平に寝かされた刀の切っ先は誤ることなく弾丸に突き刺さり、激突の衝撃で弾頭に込められた魔法が発動する。半径一〇メルカの空間を断裂させる死神の鎌と、ミズキの銃撃を追うように放たれた一〇発の通常弾がクロードに牙をむいた。


「聖も俗も貫いた彼の刀と同じ名前を持つのなら、空だって切り裂いて見せろぉっ」


 クロードは、突き出した刀を力任せに横なぎに振るった。空間が断たれる。邪竜を模倣した魔術も、海賊版マスケット銃の銃弾も、まとめて虹色に輝く剣の軌跡に飲み込まれた。同時に、刀身にひびが入りあとを追うがごとく霧散した。

 しかし、突撃は終わらない。先ほどクロードが投じた雷切と火車切が、まるで待っていたかのように後方から飛来して、空になった左右の手に収まった。彼は勢いのままに、ミズキに斬りつける。


「あはっ」


 ミズキは口を半月のように大きく開けて笑った。秒単位での攻防にも関わらず、的確に反応した彼女の技こそ、鬼神めいたものだった。銃を捨て、袖口から伸ばした鋼糸を編んでクロードとセイが射た矢を迎撃し、あまつさえ服の下に仕込んだ手甲で脇差しの一撃を逸らしてみせたのだから。


「これ以上やるなら、僕はお前の敵になる」

「あんた、やっぱりニーダルさんの後輩だよ」


 雷切によって裂かれた鋼糸が風に舞って散り、火車切に裂かれた手甲が地面に落ちて硬い音を立てる中、クロードはミズキの白いうなじと膨らんだ胸に両の刀を突き付けていた。


「心外だ。部長ほど変人じゃない」

「そうとも、アンタはニーダルさんとは別物のすっとんきょうさ。あたしの負けだ。いつ以来かの、晴れ晴れした気分だよ。ほら、皆も銃を捨てて! これで手仕舞いだ」


 ですが、と反論しようとしたミズキ隊の部下たちは、チョーカー隊とミーナ隊が壊滅しているのを見て、諦めたかのようにミズキの指示に従って武装解除に応じた。

 クロードは戦闘終了を確認して大小の刀を木片に戻し、鮮血兜鎧ブラッドアーマーを解除しようとして止めた。

 全身がわけがわからないほどに痛くて、完全に戦闘態勢を解除してしまえば、意識を保っている自信がなかったからだ。


「領主さま、お怪我を、今すぐ治療を……」

「レア、無事で良かった」


 クロードは振り返り、幽霊のように真っ青な顔とおぼつかない足取りで追ってきたレアを抱きしめた。

 彼女の身体は温かった。ソフィが、アリスが、セイが心配そうに声を掛けてくる。マラヤ半島のベナクレー撤退戦とは違い、守りきったことに安堵して街道の縁石に腰を下ろした。レアもまた、ソフィとアリスとセイにもみくちゃにされている。


「レアちゃん、怪我はない?」

「危なかったぬ。本当に無事で良かったぬ!」

「ソフィ殿は、棟梁殿の手当てに回ってくれ。レア殿は私が診る」

「わかったっ」


 ソフィが治療道具を手に背中の出血を止めようと試みていた。残念ながら、失血で意識が朦朧としたクロードは彼女の言葉をほとんど認識できなかった。


「ソフィ、ありがとうな」

「……? ……っ?」


 クロードは、ドクター・ビーストとの戦いと今の戦いで使った武器形態変化の条件を、おぼろげながらも理解した。ソフィが傍にいること、そして、レアとの間に何かが成立することだ。そして現状のままでは、この手段を行使した場合、レアが昏倒しあるいはクロードが負傷するような反動をともなうらしい。原因が究明できるまでは厳禁だと、彼は胸に深く戒めた。

 クロードは失血で思うように動かない手を、ブラッドアーマーの力を借りて無理やり動かし、手帳にいくつかの文章を書き留めた。

 アンセルとヨアヒムが率い、ハサネが同行する領軍の一隊が追いついてきたのは、それからしばらく後のことだった。


「ハサネ。至急、この件の洗い直しを頼む」

「辺境伯様、これは――。わかりました」


 手帳を破って公安情報部長にメモ書きを手渡すと、クロードは安心したように意識を手放した。



 ミズキの手引きによってルクレ領、ソーン領から流入した暗殺部隊は、主だった指揮官が全員拘束されたこともあり、レーベンヒェルム領軍と領警察によって瞬く間に制圧された。

 やむを得ない理由があったとしても、法規に則って関係者への減給、謹慎などの処分が行われ、エリックは降格したが、むしろ担当する事務作業が減って喜んでいた。

 ハサネもまた降格処分を受けたものの、公安情報部長代行には部下を推挙し、副公安情報部長として引き続きクロードからの特命捜査を指揮した。


 そして、復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 晩樹の月(一二月)一九日朝。

 ミズキ、チョーカー、ミーナの襲撃から一〇日余り、クロードの傷も癒えて、珍しく休日が重なったレア、ソフィ、セイ、アリスは朝食後の紅茶をのんびり楽しんでいた。

 しかし、長閑のどかな時間は、玄関を強く叩く音と呼び鈴によって中断された。ハサネ・イスマイールとキジーが今まで見たこともない焦燥しょうそうを露わにして、領主館を訪れた。


「ハサネ、なにかわかったのか?」

「キジー、どうした。何をそんなに焦っている?」


 レアとソフィが入れたぬるめのお茶を喉に流し込み、どうにか落ち着こうとしたキジーは咳き込むようにして言葉を吐きだした。


「辺境伯様。セイ様が御謀反ごむほんですっ」

「誰が?」

「誰に?」


 クロードはセイを見た。セイはクロードを見た。まるで意味がわからなかった。

 ハサネもまた動揺を隠せないまま、火の点いていない葉巻を震わせながらキジーの言葉を引き継いだ。


「辺境伯様によるセイ司令の暗殺計画が露見、セイ司令を救出せんと各地で領軍が蜂起しました」

「なんだそりゃぁ!?」

「っ!?」


 これが、レーベンヒェルム領を震撼しんかんさせた一大陰謀劇。通称、『偽姫将軍の乱』の始まりだった。

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