第54話(2-12)姫将隊の出陣

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 オーニータウンの守備隊長を務め、後にはレーベンヒェルム領の領軍総司令官に就任したセイだが、彼女の出自は謎に包まれている。

 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年の初春に、領都レーフォンで兵の調練を取ったのが初めての公式記録であり、辺境伯にその軍事手腕を買われてオーニータウンの守備隊長に任じられた、というのが通説だ。

 それ以前の記録が一切ないことから、元は騎士家の出身だという説、アリス・ヤツフサ同様に異世界からの旅人だという説、果ては先代領主や別十賢家の隠し子説などがあり、研究者の間でも諸説入り乱れて紛糾していた。

 中でも、いちばん有名なものは、深窓の令嬢が神の啓示を受け、レーベンヒェルム領をただすためにはせ参じたという説だろう。後年に書かれた、多くの小説や演劇もこの説に基づいている。

 そこでのセイは、神秘的で清廉せいれんな指導者であり――。


「神の御名のもと、この地に秩序と平和を築きましょう」


 まるで聖母のように隊員達から慕われる、はかなげで美しい姫将軍として描かれている。

 アリス・ヤツフサもまた、高貴な魂をもつ武人として――。


「仁義八行、如是畜生発菩提心に至る。我は獣なれど、この魂をもって正道を行かん!」


 姿形こそ異形ながらも、セイや部下たちと深い絆で結ばれた武人の鑑であり、レーベンヒェルム領の守護虎というのが一般的なイメージだ。

 セイとアリス。二人の目覚ましい活躍は、世の男性や女性たちを熱狂させた。

 当人を知る者たちからすれば、「なんだコレっ」「キャラ違うし!」「どうしてこうなった?」という有様だが、噂に尾ひれがつくのは世の常だろう。

 特に、悪徳貴族、クローディアス・レーベンヒェルムは、共和国パラディース教団への配慮から、ヴァン神教や地元宗教に弾圧を加えていたにも関わらず、二人の加入に前後して掌を返すように厚遇を始めている。

 そのため、寺子屋の開設や、孤児院、病院の設立が、二人の説得によるものと解釈されたのも自然なことだろう。……若干、宗教的な思惑が見え隠れしているが。


 ――さて半世紀後、生き残った古参幹部の一人であるキジーが、セイが率いた部隊の愛称から名前をとり、『姫将隊顛末記きしょうたいてんまつき』と題された回顧録を、冒険者ギルドの新聞に小説として発表する。

 キジーの小説はフィクションを交えたためか、彼が率いていた魔法支援隊の戦果が三割増で書かれていたり、”コトリアソビ”という実在しない侍従長が領主側近にいたり、他にも事実誤認や記憶違いでは? とみられる個所がいくつも見られたものの、生存者による手記ということもあって世論に大きな衝撃を与えた。

 中でも賛否が分かれたのは、オーニータウン守備隊についてだろう。

 『姫将隊顛末記』の作中で描かれた守備隊は、巷に流布されているような、姫将と守護虎に率いられた品行方正で清冽なイケメン騎士団などではなく、鼻つまみ者の犯罪者や食い詰めた傭兵が集まった、むさ苦しい男所帯だった。

 指揮官就任後、服は脱ぎっぱなし、酒瓶が転がり、エロ本が平積みにされている砦の宿舎を見て、セイは斬奸刀ハリセンを片手に激怒したという。


「諸君、ここには秩序が必要だ!」

「セイ隊長、秩序とはなんですか?」

「服を着て、掃除して、寝る前に歯をちゃんと磨くことだ。まずは健康診断から始めるぞっ」


 ……これでは、母は母でも、聖母どころか、おかんである。

 アリスもまた「副隊長はマスコット的存在で部下たちにたいへん慕われましたが、よく食っちゃ寝しては隊長に怒られてました」と言わんばかりの描写をされており、キジーは彼女のファンから大きな批判を浴びたという。

 事実、連載中に「もうちょっと言葉を選ぶたぬよ!」という匿名の投書がギルド新聞社に届けられている。……なに、本人じゃないかって? 道徳的なアリス副隊長がそんなことするわけないじゃないか!


 このように、後世に大きな影響を与えることになる、姫将隊。

 中核となったセイとアリス、オーニータウン守備隊の初陣とは、果たしていかなるものであったのだろうか?



 恵葉の月(六月)三〇日。

 夜明けを待つ守備隊砦の広間は、重苦しい沈黙に包まれていた。

 イヌヴェが乱れたダークブラウンの短髪を手櫛で整え、血走った目でセイに報告を上げる。


「今、斥候が戻りました。魔法支援隊が飛ばした使い魔の情報と合わせて検証した結果、賊軍は東に三〇〇。西にも三〇〇。北には四〇〇。そして、南には、代官舘と屯所に駐留する自警団が二〇〇です。軍用ゴーレムや契約神器の盟約者も少数ながら確認。もうすぐ町は一二〇〇人の敵兵によって包囲されてしまいます」

「ほう。我ながらよく釣り上げたものだ」


 オーニータウン守備隊は、テロリスト集団、元赤い導家士どうけしからの転向組に、サムエル率いる傭兵などを増員しても、わずか一〇〇名に過ぎない。

 兵力差一二倍。更には盟約者の存在まで明かされたにも関わらず、セイは落ち着いてカラカラと笑い、アリスは彼女の膝上で寝息を立てていた。

 イヌヴェたちは悩んでいた。ここまで兵力に差があっては、一点集中で各個撃破するのも困難だ。

 取れる選択肢は篭城くらいだろうが、安普請の砦で長時間持ちこたえるのは、現実味があるとはいえなかった。


「……セイ隊長、援軍は来ないのですか?」

「来ないよ。棟梁殿たちは、今日、それどころじゃない。此方に割く余裕はないだろう」

「で、では、せめて出撃命令を。早く作戦を始めましょう」


 この時イヌヴェは、キジーや赤い導家士出身の部下達と共謀して、作戦開始と同時にセイとアリスを拘束、町から逃がすつもりだった――と、姫将隊顛末記には書かれていている。

 守備隊の中で、勝利を信じているものは少なかっただろう。――セイとアリス、二人を除いては。


「待て、イヌヴェ。もうすぐここに届くから、もう少しだけ時間をくれ」

「銃ならもう予備を含めて全員分ありますし、対神器弾を含めた弾薬も配り終わりました。街にも分散して隠してあります。これ以上なにを……」


 クロードたちは恵葉の月(六月)三〇日に新兵器が砦に納入されると喧伝したものの、当然、作戦決行日まで無防備に過ごすはずもなく、領都レーフォンで軍事教練を受けさせた後、守備隊員に各々の銃を持ち帰らせていた。

 弾丸はひとりあたり五十発を支給。数千発をオーニータウン内に隠し、更に一人一発限りだが、”契約神器とも戦える弾頭”というあやしげなものも与えられていた。

 新兵器たるレ式魔銃は、すでに守備隊員の手に渡った。では、セイが待つものとは何なのか、更なる隠し玉があるのかと、隊員達は固唾を飲んだ。


「来た! これだよ」


 誰もいない広間の上座に、小さな青白い魔法陣が描かれて、何かが転送されてきた。

 小さな、しかし、確かな歓声が上がる。

 それは、百名分、きっちりオーダーメイドで作られた、白と黒の二色で彩られた軍服だった。


「セイ隊長。ひょっとして、この為に健康診断を――!?」

「いや、あれは健康に悪いからだ。ああ、でも、測った寸法は流用させてもらったよ」

「は、ハイ」


 届けられた軍服は、黒縁の白軍帽に、詰襟服、長ズボン、白シャツ、白手袋というオーソドックスなものだった。

 ただ、詰襟服の内側に身に着ける、薄手の鎖帷子くさりかたびらだけが、赤く染められていた。


「最初は全身赤を具申したんだが、棟梁殿がそれだけはやめて! って反対してな。きっと格好いいのに、浪漫のわからぬ堅物だ」


 セイの軽口に、守備隊員たちがいっせいに笑いをこぼす。

 クロードからすれば、領民を傷つけた赤い導家士の象徴であり、去っていった部長の紅い外套を連想させる赤色は、複数の理由から避けたかったのだろう。

 あるいは、無意識にゲンを担いだのかもしれない。武具を朱塗りで揃えた部隊は、”赤備え”と呼ばれ、戦国時代最強を意味する称号のひとつだ。しかし、武田軍の名を天下に轟かせた赤備えは長篠の戦いで銃撃を浴びて散り、その名前を継いだ徳川軍赤備えを率いた井伊直政も関が原合戦で負った銃創で死亡している。そして最後の赤備え、真田幸村の部隊もまた、日の本一の兵と呼ばれる活躍の果てに大坂夏の陣で果てている。

 だが、そんな事情を知らない元赤い導家士の部下達にとって、自分達の色である赤色を受け入れてくれたセイは得がたい指揮官だった。


「諸君。私達はまだ何者でもないし、何者にもなれないかもしれない。それでも、なにかを為すことはできる。この街を守ろう。そして、生きて再び合おう」


 イヌヴェは、キジーは、かつてレーベンヒェルム領を脅かしたテロリストたちは、覚悟を決めた。セイの想いを汲み、セイの為に戦おうと――。

 セイはアリスをハリセンでたたき起こし、軍帽を被せると、自らも部下達と揃いの軍服に袖を通した。

 いまここに、ひとつのユニフォームをまとい、ひとつの意思で繋がれた集団が誕生した。


「オーニータウン守備隊、出撃する!」

「お出かけたぬ!」

「「うぉおおおおおっ」」

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