第619話(8-19)今生の別れ
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クロードとファヴニルは、互いの時間干渉魔術の結果、凍てついたように動きの止まった世界で向き合っていた。
名工の彫像が如き美少年は、天人の羽衣のように優美なシャツを裂いて、胸に突き刺さった無骨なナイフを見た。
「なまくらだと思いきや、
ファヴニルは、求め続けた三白眼の細身青年クロードを見つめた。
初めて出会った時、怪物に怯えるばかりだった少年は、苦闘の果てに竜を殺すほどの成長を遂げた。
クロードがお守り代わりに身につけていたナイフもまた、あまたの強敵や、数えきれない〝
ファヴニルは、天敵たる〝
「それにしても、
青い血を流すファヴニルの問いに、クロードは「
ファヴニルの魂が宿った現し身を、五〇〇体の偽物から見つけ出した時と同様に、本物はここにいると確信していたからだ。
「ファヴニル、お前とも長い付き合いだから。わかるんだよ」
「あはっ。ボクの心が届いたのかな?」
瀕死のファヴニルは、震える手でクロードを抱き寄せた。強大無比だったはずの宿敵の身体が、ひどく儚く見えた。
「なぜだ、ファヴニル。なぜ新世界創造を優先しなかった?」
クロードは心の中がぐちゃぐちゃで、整理がつかなかった。
本当は、ファヴニルが第一位級契約神器に世界樹召喚に成功した時点で、勝負は終わっていた。わざわざクロードに構わず、すぐに願いを叶えていれば、今の世界はとっくに滅亡していただろう。
「それは、ソフィが阻んだろうからね。彼女を利用したからこそ、短時間で第一位級契約神器に進化できたんだ。それくらいのリスクは飲み込まないとね」
ファヴニルは茶化すように答えたあと、ゆっくりと首を横に振った。
「違う、そうじゃない。
「そんなこだわりで命を落とすなんて、お前は馬鹿だ」
クロードは自分が涙を流していることに気がついて、愕然とした。
この三年間、昼夜を問わず打ち倒そうとした敵だった。
彼の心の大半を占めていたといっていい。だからだろうか。
「蔵人。命が惜しいなら、最初からキミを
「ファヴニル。僕はお前を、ずっと憎んでいたよ」
憎んで〝いた〟と、過去形だった理由は、クロード自身にもわからなかった。
「キミがボクを倒したことで、レギンは七つの鍵たる資格、第一位級契約神器に成長した。これからどうするか、二人で決めるといい。きっと苦労するぞ。そいつは、ボク以上に焼き餅やきだからさ」
ファヴニルは微笑んで、クロードの帰るべき場所、彼を待つ恋人たちがいるクジラ型ゴーレムに向けて操縦座から押し出した。
邪竜の巫女レベッカ・エングホルムも敗北した以上、時間の流れが正常化すれば、成層圏から飛行要塞が落ちてくる。
ファヴニルは最後に、クロードの後ろ髪に結ばれた妹分、第一位級契約神器レギンに声をかけた。
「レア。さようなら、もうボクが居なくても大丈夫だね?」
「お兄さま。私は、
別れと共に、再び時は動き出す。
「世界救済に挑み、〝黒衣の魔女〟と貶められた我らが指導者よ。今ならば、〝神剣の勇者〟との決戦に応じた貴女の気持ちがわかります。ボクもまた世直しよりも、我が最愛のクローディアスとの決着を望んだのだから」
ほどなくしてバラバラになった逆三角錐型の飛行要塞が落下し、全長三〇mの巨大竜を巻き込みながら、海面へと叩きつけられた。
偶然だろうか? それとも、最後の力でそう仕組んだのだろうか?
藤色のドレスを真紅に染めたレベッカが、操縦座に飛び込んできた。
「あら、ファヴニル様。ひどいお顔ですね」
「レベッカ・エングホルム。キミは逃げ出すものと思っていた。ボクに最後まで付き合う必要なんてなかったんだぞ」
ファヴニルは、クロード以外の人間を、自らが新世界を開くための駒と認識していた。それは巫女たるレベッカも例外ではない。
そしてレベッカも自らの野望を果たす為、ファヴニルを利用していたはずなのだ。しかし。
「あら、愛してはいませんでしたが、ワタシが敬うカミサマは貴方だけですわ。貴方を裏切ることだけは、ぜったいに、いやでしたのよ」
レベッカはファヴニルの唇に口づけて、背負い続けた秘密を明かし、心の底から安堵(あんど)したかのように瞳を閉じた。
「ご苦労様、我が巫女。キミの献身に感謝する。魂は流転し、いつか巡り合う。その時は、また遊ぼうね」
ファヴニルもまた、レベッカを抱きしめて生命活動を停止。
竜と巫女は鼓動を止めて、海の中へと消えていった。
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あとがき
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