第12話 市場開催

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 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 紅森の月(一〇月)一二日。

 クロードは、エリック達の案内で、領都レーフォンのスラム街と下街の狭間にある、冒険者ギルドのレーベンヒェルム領支部へとやってきた。

 顔を『オペラ座の怪人』のファントムめいた仮面で隠した、いかにも怪しい風体だったが、加入申請書の名前欄に「クロード」と書くと、受付の職員は特に咎めもせずに受け入れた。


「アンセル、いいのか? 身元調査もなくて」

「へんきょ、ゲホゲホッっ。く、クロード。冒険者ギルドは互助組合です。月々の組合費を払えば、犯罪者だって受け入れます」


 一歩間違えば犯罪の温床になりかねない危うさである。

 現に、レーベンヒェルム領最大の冒険者パーティだった”黄金の翼団”は、先日の領主襲撃事件にメンバーの多数が参加して処刑されている。


(しかも、なんというか、冒険者ギルドという割には、想像していた規模じゃなくて、ただのアルバイトか人材派遣会社?)


 掲示板に貼られている依頼も――


『急募! 邪竜討伐』とか、『求む! 魔王軍からの砦防衛』


 みたいなカッコいいものはなく――


『レーフォン四番地のエヌさんに手紙を届けてください』『祭りのため、花飾りを買い取ります』『ネコを探しています。三毛で目の丸い雌をみかけたら御一報を』


 といったような地味なものばかりである。


「エリック、冒険はどこへいった!?」

「遺跡にもぐって魔術道具おたからを見つけるんだ。あとモンスターを倒して死骸を得たら、買い取り先を探してくれるぜ」

「ヨアヒム、報酬と支払う手数料はいくらだ?」

「これくらいっすかね」


 世知辛かった。


「ブリギッタ。領主や企業も、冒険者に依頼できるのか?」

「うん、父さんが……って、なんでアタシに聞くのよっ!?」

「いや、なんとなく」

「しらない。アタシはなにも知らないからねっ」


 ともあれ、冒険者ギルドへの登録を済ませ、クロードはおよそ十日ぶりに荒野の外れにある遺跡へと戻ってきた。

 領主ならばわざわざ冒険者ギルドに断りを入れずとも遺跡に入れるとアンセル達は助言したが、クロードは念のために手順を踏むことにした。


「領主って身分は、逆に不自由なんだ」


 いまひとつわかってもらえなかったようだが、今はそれでいいとクロードは思った。

 さて、スライムという名前を聞いて、どのようなモンスターを想像するだろうか?

 青い水滴状の体に大きな丸い目がついた可愛いヤツ? あるいはゼリー状のぬるぬるした何か?

 クロードにとってのスライムとは、RPGで序盤に出現するザコ敵であり、たやすく倒せるに違いないと、特に根拠もなく信じていた。

 盾と金属鎧で身を固めた重装備のエリックを先頭に、回復役兼指揮官のアンセル、魔法援護役のヨアヒム、おまけのクロード、最後尾に遊撃役のブリギッタと並んで遺跡を探索する。

 といっても、人工物じみた遺跡はずっと奥にあって、しばらくは洞窟状の長いらせん階段が続くだけだ。

 果たして幸運だったのか、それとも不幸だったのか。探索開始から半時間が経った頃、じゅるり、と奇妙な音がした。


「警戒して。皆、一か所に固まるんだ」


 エリックが、ヨアヒムが、ブリギッタが、アンセルを中心に円陣を組み、襲撃に備える。

 そして、クロードは見事に出遅れた。


「はえ?」


 じゅるり、と、苔むした天井から黒い泥のような物が落ちてくる。

 大量に落ちてきたそれらは、瞬く間にクロードを押しつぶして呑みこんだ。


「うわぁあああああっ!?」

「へ、辺境伯様っ?」


 慌てて、剣を抜いて近づいてくるエリックとブリギッタに向かって、クロードは必死に叫んだ。


「みんな来るな、僕からはなれろっ。ちからが、暴走っ……」


 クロードの手のひらから焔があふれ出て、スライムもろとも周囲一帯を焼き焦がし、大惨事になった。

 死骸を持ちかえって肥料にするどころか、スライムは灰と化し、アンセルとヨアヒムは煤でまっ黒になった顔でゴホゴホと咳きこんでいる。

 ブリギッタを庇って、髪の毛がちりちりになったエリックも、呆れたように天を仰いだ。


「辺境伯様って、戦闘センス無いんじゃねえの?」

「うるさい」


 泣きたかった。結局、この日はろくな収穫はなく、クロードがファヴニルから力を与えられたドシロウトに過ぎないことが、改めてわかっただけだった。



 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 紅森の月(一〇月)二〇日。

 アンセルの人脈を頼って従業員を集め、試験農場が開園された。

 集まった従業員候補の三分の一は老人で、もう三分の一が怪我などで共和国企業連のプランテーションを解雇された障がい者達、もう三分の一は年端もいかない子供たちだった。


 要は、口減らしか、領主への生贄いけにえである。


「すみません。辺境伯様。力及びませんでした」

「問題ないよ。予想はしていた。アンセル、次は冒険者ギルドに農場手伝いの依頼を出そう。二週間もすれば、ある程度人員が集まるだろ。無茶をやってるのは僕なんだ」


 落ち込むアンセルをそう言って励まし、従業員達を見守るよう伝えると、クロードはヨアヒムを連れて領内の最大宗教であるヴァン神教の神殿を訪れた。子供たちに読み書きを教えてもらう為である。


「司祭様。費用はもちろん我がレーベンヒェルム家が持ちます。どうか尊いヴァン神教の教えを子供たちに伝えてくれませんか?」

「まあまあ、それは、ありがたいお申し出です。きっと神様も辺境伯を祝福してくださるでしょう」

「連絡はこのヨアヒムにお申しつけください」


 先方にも準備があり、受け入れは一週間以上先とのことだったが、まずは交渉成立といったところだろう。杖をついたヨアヒムが、サングラスをずり落とし、呆れたかのように尋ねた。


「辺境伯様って、そんなに熱心なヴァン教徒だったんすか?」

「いや、全然」


 クロードは、あえていうなら、神道兼仏教徒、あるいは、ハロゥインもクリスマスも新年もお盆も祝う日本的無宗教徒だ。


「宗教の名前を借りて個人崇拝やらかすカルト宗教や、いかにもな邪宗じゃなきゃ、僕はどんな教えにだって敬意をはらうよ。人には救いが、光が必要なんだ。たぶん」


 この点、宗教に強烈なアレルギー反応を示す男装先輩と相いれなかったところではある。

 再び試験農場に戻ったクロードは、子供たちに弁当を御馳走し、小額の手当てを渡して家へ返した。


「受付に警戒するよう伝えてくれ。近いうちに、必ず悪用しようとする馬鹿がやってくる」


 クロードの予想は見事に的中した。子供を農園に出せば金が貰えると広まるや、一週間もしないうちに、領中の子供が殺到した。

 もともと、児童教育の為に別予算を立てていたこともあり、それ自体は予想の範囲内だったのだが、非常に悪質な例が二件、混じっていた。

 一件は、五百人を越える子供と養子縁組みをしたので、レーベンヒェルム領へ連れてくるために手当を先払いして欲しいというナロール人の男性。もう一件は、同行した子供達が見るからに挙動不審だったため、レアが別室で聞き取り調査をしたところ、「ナロールのパパはみんなこうして娘への愛を表現するんだよ」と言い含めて、常習的に性暴行を加えていたことが明らかになった、アース神教のナロール人神父だった。


「またナロールか!」

摩擦まさつの多い国です。フィリペ島ではナロール人による暴行や結婚詐欺で生まれた大量の混血児が社会問題となっていますし、ヴェトアーナ国ではナロール人の結婚斡旋業者による人身売買が問題となっています。また我が国や隣国ではナロール企業が工事を請け負った溶鉱炉を吹き飛ばしました。浮遊大陸アメリアでは、某大都市で毎月検挙される売春婦の八割以上がナロール系だと報道されています」

「本っ当に、はた迷惑な国だな」

「領主様、もしこのレーベンヒェルム領が立ち直ったら、次はナロール国を立て直されてはいかがですか?」


 悪戯っぽく尋ねたレアに、クロードは苦虫をかみつぶすより酷いしかめ面で応えた。


「レア。僕にだって、やりたくないことぐらい、ある!」

「失礼しました」


 五百人の養子の自称保護者は、まずは連れてきて親子証明をしろと伝えたところ、脱兎の勢いで領から去っていった。児童強姦犯の神父は裁判ののち、判決に従って炭鉱送りにされ、屈強な男達にケツを掘られたとか掘られなかったとかいう噂が聞こえてきたが、その後の行方をクロードは忘却した。

 加害者の神父よりも、被害者の少年少女達をどうするかを考えなければならなかったからである。


「先代クローディアスの被害者を避難させた別荘に行ってもらおう。孤児院を運営できればいいんだけど……」

「領主様、ノウハウがありません。首都から専門家を雇い入れますか? 交渉には、相応の時間がかかると思います」

「頼む」


 人は足らず、施設も無く、予算も危うく、ないない尽くしの試行錯誤しこうさくごの日々が続いた。

 子供たちへの手当支給は一週間で一度打ち切り、神殿での児童教育に賛同・参加した家に、食料を現物支給する方針へ切り替えた。

 エリックとブリギッタが足で調べたところ、子供から手当てをぶんどって、賭場で浪費する親が見られたからである。


「お、おれには、ギャンブルをする権利さえないってのか!」

「だったら、子供の金なんて奪わずに、自分で働いて稼いだ金で存分に遊べ。うちの農園じゃ、老人や怪我人だって働いてる」

「い、いやだ。働くのはいやなんだあ」


 さすがにこの手の困った大人は少数派で、一週間を経ずして、冒険者ギルドを中心に就職希望者が爆発的に増えた。

 なにせ、試験農園の給料はマラヤディヴァ国の平均的賃金である。言い換えるなら、共和国企業連プランテーションの云倍もの高給がもらえ、更に変形とはいえ週休二日で、毎日昼食が用意され、もしもの為にかかりつけの医師まで常時居るという好条件が整っていたのだ。

 かくして、農園の労働力不足懸念は解消された。それどころか、四〇ヘクタールだった試験農場の規模を、一二〇ヘクタールまで拡大した。


「今はこれが限界だ。アンセル、農場で雇い切れなかった人員は適性を確認した上で、三分の二は役所で雇おう。あとの三分の一で市場を開くぞ」

「市場ですか? 確かにもうすぐ給料日ですけど、屋敷の品を買えるような人はいません。ヴァリン公爵領から行商人を呼ぶにしても、あの細道ではきっと……」

生活基盤インフラストラクチャの整備には、土建業を育成しないとなあ。ヴァリン公爵に拝謁して、知恵を借りようか。ま、行商人は今度のお楽しみにしよう。だいたい今だって、冒険者ギルド主催で隠れてやってるだろ、闇市を――」

「辺境伯様。ご存じだったんですか……」

「じゃなきゃ、どこで装備を調達するんだよ。もう隠れる必要はない。部長らしく言うなら、お天道様の下でパァッと騒ごうぜ、ってところだ」


 部長って誰? とアンセルは疑問に思ったものの、深くたずねるには気が引けて、市場開催の準備に奔走した。

 給料日から数日後の紅森の月(一〇月)三〇日。レーベンヒェルム領大中央広場に、冒険者ギルド加入の武器・防具職人が作り上げた各種装備、一般領民から少量の古着や家具、よくわからないオモチャ等が持ちこまれ、マラヤディヴァ国の祭りでは伝統的な屋台の出し物、ココナツミルク粥や、豆入りかき氷、羊や鳥の串焼きに加え、クロードが指南した、たこ焼き屋、焼きそば屋、おにぎり屋などが並び、市場が開催された。

 市場には、レーベンヒェルム領全土から領民が集まって、大盛況に終わった。

 たこ焼きは大人気だった。焼きそばも完売して、おにぎりも大半が売れた。しかし、クロードがイチオシの酸っぱい梅干しのおにぎりは、売れ残った。


「ばかなっ。これだから、悪しき商業主義は、くそっ、くそっ、くそぉおおっ」

「なあ、アンセル。辺境伯様って、けっこう……」

「そこまでだよ、エリック。そっとしておこう」


 という一件があったものの、エリック達も市場のにぎわいには、おおむね満足していた。

 けれど、彼らは知らない。市場のそこかしこで、共和国企業連の連絡員が歩いていたことを。陽光の当たらない影で、緋色の瞳の邪竜がニヤニヤと笑っていたことを。

 一人の壮年の紳士が、広場の隅で、屋台で買ったスイカのジュースを飲み干して呟いた。


「勘当したとはいえ娘は娘だ。処刑をまぬがれて胸をなでおろせば、ずいぶんと面倒な真似をしてくれる。領主を傀儡かいらいにして、共和国企業連の権益を侵そうなどと、なんと身の程知らずな……」


 そして、いつもの金糸銀糸を織り込んだ薄衣よりも、比較的地味なシャツを着て、緋色の瞳にサングラスをかけた少年が、木陰で梅干し入りおにぎりを美味しそうに平らげてほほ笑んだ。


「あれから一ヶ月か。ボクの方も充分に準備できたよ。もうすぐアイツが来る。楽しみだなあ。ねえ、キミ達もそう思わない?」


 暗闇の中、どこかで合成獣キメラの悲しい鳴き声が響き、誰にも届かずに消えた。



――――

―――


 そして、翌日、紅森の月(一〇月)三一日は、エリック達にとって、待ち焦がれた日だった。

 別荘で治療していた彼らの仲間、ソフィが帰ってくるのだ。屋敷の会議室で、彼女が赤いおかっぱ髪の下に巻かれた包帯を取ると、二つの黒い瞳があらわになった。


「このバッキャロウ。俺がどんだけ、どんだけ心配したと思ってる?」

「良かった。ソフィ、アタシ、ずっと心配で」

「お帰り、ソフィ」

「よかった。ほんとうに、本当に」

「毎日、必ず目が見えるようになるって声をかけてくれた人がいたんだ。だから、わたし、信じてた。もう一度、皆の顔が見えるって」


 五人はしばらく泣きながら抱き合って、お互いの無事を喜び合った。

 話すことはいっぱいあった。リハビリのこと、市場のこと、朝からずっと話し続け、日が南天に昇っても話題は尽きなかった。

 ブリギッタが水差しを取りに台所へ向かい、エリックが大口を開けて笑い、アンセルが微笑み、ヨアヒムが右足のギプスに痒みを感じた一瞬、窓の外を見たソフィが不思議そうに首を傾げた。


「ねえ、あの中庭にいる、領主のカッコウした人って、誰?」

「え?」

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