第246話(3-31)悪徳貴族と涙

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 時は、オッテル撃破の直後に遡る。

 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 恵葉の月(六月)二七日。

 戦闘から一夜明けて、クロードはルンダールの町の防衛と海底探索の準備をセイに引き継いだ。

 ショーコはソフィと共に公民館で負傷者の治療に駆けまわっていたが、彼らの容体が安定し、領軍が駐留したことで安心したらしい。


「大丈夫だよ、困った時は、いつでも呼んで。きっと助けるから。だって、私は正義の味方なんだから」


 ショーコは名残を惜しむ冒険者たちに別れを告げて、クロードたちと共に公民館を出た。


「じゃあ、解散だね。楽しかったよ、クロード、ソフィ」


 クロードはソフィに目配せして、彼女が頷くのを見た。


「そうだね。きつい数日間だったけど、楽しかった。だから帰ろう。僕たちの家へ」


 クロードは、間髪いれずにショーコの手を取って、あらかじめ待たせていた御者のボーが操る馬車へと乗り込んだ。

 ショーコはしばらく呆気にとられていたのだろう。クロードの手をおそるおそる解いて、潤んだ目でソフィを見た。


「び、びっくりしたぁ。送ってくれるんだ。だったら海岸に向かって。イルカちゃん一号を呼んで、私も帰らなきゃ……」


 家に、と、あえて彼女は言わなかった。

 この世界に来たばかりのアリスやセイがそうであったように、彼女の故郷も帰るべき家も失われていたからだ。


「うん、だから帰ろう。ショーコちゃん、わたしたちの家に」


 好敵手と見込んだクロードだからこそ、耐えられたのだろう。

 ソフィにそう呼び掛けられ、手を優しく包まれた時、ショーコの瞳から涙がこぼれた。


「あ、あれ……」


 彼女の頬を伝う涙は止まらない。小さな体を貫く震えもとまらない。


「だって私、たすけなきゃ。助けないと、たすけ、たすけタスケたすけ」


 クロードは、ぽんとショーコの紫の髪に手を置いて、そっと撫でた。


「ま、たまには、助けられてもいいんじゃないの?」

「あ、うわ、うわあああああっっ」


 ショーコは、泣いた。

 親を、友達を、人々を異界の侵略から守るために自ら改造されて。

 戦って、戦って、守ったはずの人々に恐怖されて元いた世界を追放されて。

 その教訓から、この世界では人間と生活を共にしないよう遺跡に寝泊まりして。

 ソフィに抱きしめられて、クロードから顔を伏せて。

 彼女は、今ようやく泣くことができた。


「~~~~っ」


 ショーコの慟哭どうこくは、あるいは赤子が生まれおちる声に似ていたかもしれない。

 クロードは、強引過ぎて嫌われたかな、とまるでトンチンカンなことを考えていた。

 ソフィは、ショーコが彼にだけは泣き顔を見られたくないのだなあ、と正確に把握していた。


「……」


 ショーコが泣き疲れた頃、馬車は屋敷に到着した。

 彼女は拒むことなく、クロードの手に引かれるままに、ソフィと並んで玄関をくぐった。


「クロードおにいちゃん、おかえりなさい」

「たぬっ、見て見てクロード。新しい家族が増えたぬ!」


 ロビーには、どこかで見たことのあるカワウソを抱えたエステル・ルクレと、うきうきと躍るアリス・ヤツフサ、なぜか仇でも見るかのように冷たく残酷な目で小動物を見据えるレアが待っていた。

 台所の方から香しい匂いが漂ってくるところを見るに、アネッテ・ソーンは料理中なのだろう。


「そういえば、さ。オッテルのやつ」

「頭の部分、行方不明だったね」

「……」


 クロードとソフィ、ショーコは顔を見合わせて、思わず噴き出した。 


「ただいま、レア、アリス、エステル。実はもうひとり、一緒に暮らす家族が増えるんだ」

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