第253話(3-38)悪徳貴族と神焉戦争(ラグナロク)Ⅱ

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「我々は、この戦争で愛する家族や戦友を、多くの隣人と同胞を失った。貴方がたは、このうえ彼や彼女の死まで奪う気か。――ってナ」


 テルの目は、遠い闇を見つめていた。


「チンドン勇者は、エレキウスを人間の気持ちがわからない冷血野郎トカ、鋼の心で動く王国の歯車トカ言ってこきおろしていたガ、オレにはそうは思えナイ。ヴァール様の護衛として盟約者と同席したオレには、奴の目は地獄で燃える炎のように見えタ」


 王国が出した代案は、すべての鍵の破壊か封印だったという。

 七つの鍵という神焉戦争ラグナロクの根源的理由を葬り去ることで、世界の維持を目指したのだ。


「オレたちからすれバ、エレキウスの提案は何億人もの死者を見捨てるものだっタ。オレの盟約者は言ったヨ。『それでも我々は、子らが平和に暮らせる未来が欲しい』っテ。エレキウスから返ってきた言葉は、『巨人族が求めているものは、明日ではなく昨日だろう』だっタ。ヴァール様は、交渉を討ち切っタ……」


 世界の復興までは手を取り合えるのでは、とクロードは一瞬だけ夢想して……不可能だと気がついた。

 仮に何億人かのひとを復活させることができたとしても、七つの鍵がある限り戦争は続く。下手をすれば、戦死と蘇生を繰り返す無間地獄の扉を開ける愚行だ。

 鍵をすべて破壊するか、絶対の神を創造するか、選択は二つにひとつ。

 両勢力の落とし所はなくなって、巨人族と聖王国は決戦の舞台に上がったのだ。


「神焉戦争開始からおよそ二年が経った頃、滅亡寸前だっタ妖精族の国が、戦場跡であるモノを回収しタ」


 テルが映し出したものは、厳重に封印された禍々しい箱だった。


「テル、こいつは――」

「第一位級契約神器レーヴァティン。ルドゥインが使っタ、もう一振りの鍵ダ」


 神焉戦争も末期を迎えて九つあった大陸のうち八つが沈み、世界人口は開戦前の二割未満まで減少していた。第一位級契約神器も、ガングニール、レーヴァティン、ミョルニルの三つしか残されていなかったという。

 エレキウス・ガートランドは自らの槍、第二位級契約神器ミストルティンを第一位級まで鍛えることで、ヴァール・ドナクに対抗しようと決めていたらしい。

 しかし、レーヴァティンが発見されたことで事態は急変する。

 妖精族からの連絡を受けたガートランド聖王国は、最後の神器を回収する為にスキーズブラズニルを中核とする艦隊を派遣、巨人族もまたヴァール率いる大規模戦力で迎え撃った。


「実は、第一陣で迎え撃っタのが、オレとレギンがいた艦隊だっタんだが、ボロッボロに負けタ。ありゃア、本気で死神部隊だっタ」


 巨人族の先鋒は、聖王国の航空機動隊にかく乱されたところへ、スキーズブラズニルの主砲を照射されて溶けるように撃ち落とされたという。


「姉さんを返せーっテ、怒鳴りながら突撃してきた馬鹿がいたわけヨ。なに叫んでるンだあいつ? と首を傾げた時には、中隊が壊滅しタんだゾ? あれがチンドン……ルドゥイン・アーガナストとの遭遇そうぐうだったんだが、初見では意味がわからなかっタ」

「待ってくれ、テル。その、ルドゥインはどんな契約神器を使ってたんだ?」


 クロードの疑問に、テルは大きく首を横に振った。


「使ってナイ。あいつは火の玉みたいに改造シタ翼の魔術ダケで、当時第三位級だっタオレを撃墜しやがっタ」


 クロードは二の句が継げなかった。

 なにかそれは、根本的な意味でおかしくないだろうか?


「きっとヴァール様しか知らなかっタし、他の誰モ気付かなかっタんだよ。巨人族の秘伝とされた翼の魔術。ソの真髄しんずいハ、魔術自体が神器の役割を担えるコトだっタ。ふつー、神器持ちの盟約者に無手で挑む馬鹿はいないダロ? あの馬鹿はそンな無理無茶無謀を繰り返して、翼の魔術を際限なく強化しテ、ヴァール様以上の使い手になってタんだ」


 ああ、うん。とクロードは深く息を吐いた。

 黒衣の魔女は、本当に伝えた相手が悪かった。

 あるいは、大切な幼馴染みを守るために、最高で最適の結果を出した。


「レギンはレギンで、ヴァール様から魔道鍛冶の手ほどきヲ受けていタから、フローラ・ワーキュリー・ノアにはライバル心を抱いていタんだ。ところが、『愛も恋も知らないひよっこが私に勝とうなんて一○○○年は早い』って、啖呵たんかを切られて叩きのめされタ」

「く、口が悪いんだね。フローラって」

「ルドゥインも、ドン引きダって言ってたゼ」


 クロードとテルは苦笑いした。そうでも無ければやっていられなかった。


「レギンは盟約者ははおやを庇って撤退。大破したオレは基地で修理を受けタ。オレの盟約者あいぼうは、オレ無しでも戦場に立ち続けて逝っタんだと。あいつらしいというカ、死に顔くらい見せていけというカ」


 巨人族と聖王国の衝突は凄絶を極め、互いに戦力の大半を失う激戦となった。

 ヴァール・ドナクは自らスキーズブラズニルを迎撃すべく出撃したが、その時双方の軍が思いもよらぬ形で水が入ったという。


「ヴァール様はルドゥインとフローラを撃退し、アザードの乗ったスキーズブラズニルを中破させタ。そこデ、妖精族側で参戦してミョルニルの盟約者が、戦場に出現した虹の門に接触したンダ」


 テルの視線が泳ぐ。カワウソの目は、深い闇をたたえていた。


「ヤッコさんがどういっタ願いを叶えタのか、詳しいコトはわからナイ。失われていた八つの大陸は、船に似タ浮遊大陸として再生されタ。そして、軍事基地や製造プラントにある変化が起きタ」


 クロードは、義手となった両腕がわずかに震えるのを感じた。

 想像はつく。ついてしまう。だから、その悪意に恐怖する。


「”狂った”。今みたいな人間に仇為すダンジョンに変化したンダ。修理中だったオレも正気を失っテ、怪物と化しタ。世界中の設備がごっそり失われタことで、契約神器のコア創造も不可能になっタ。兵器が無くなれば戦争が終わると考えたのカ、共通の敵が生まレれバ争いが止まると願っタのか、それとも心の底デは人類を呪っていタのか」


 すまないナ、と、テルは続けた。

 神焉戦争がどのような結末を迎えたのか、彼は知らないと。


 レーヴァティンと盟約を交わして神剣の勇者と呼ばれたルドゥイン・アーガナストと、スキーズブラズニル艦長アザード・ノア、彼を支えた妻フローラ・ワーキュリー・ノア。  

 巨人族を導き黒衣の魔女という烙印を押されたヴァール・ドナクと、彼女の妹であり神族の人体実験によって神器と融合したノーラ・ドナク。


 最終決戦に立ちあったのは、この五人だったという。

 戦いの結果、顕在化した虹の門と世界樹は消滅、すべての鍵もまた失われた。

 公式記録による生存者はなし――。


「次にオレが目覚めタのは、このヴォルノー島だっタ。コアに届くようなデカいダメージを受けて、偶然意識が戻っタみたいなんダ。慌ててエネルギーを使わないカワウソに化けたンダガ、怪我が酷くてナ。こりゃあ死ンだかと、天を仰いだら酷いモンを見つけちまっタ」

「テル。なにを……見たんだ?」


 テルは、疲れたように赤いサンゴを摘まんだ。

 映し出されたのは、赤青黄といった原色ハデハデなシャツを着て、ピンクとグリーンの左右で色の違うチューリップのようなズボンを履き、背中には太鼓や笛、おまけにヘンテコな絵図が描かれた旗を背負った男性だった。


「ち、チンドン屋っ……?」

「こいつ、ルドゥイン・アーガナストだゾ」


 クロードはパクパクと口を開閉しながら頷いた。

 確かにこれは酷かった――。

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