第211話(2-164)悪徳貴族と墓参り

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 若葉の月(三月)一七日正午。

 クロードは午前の仕事を終えた後、執務室で読んでいた王国の新聞をゴミ箱に叩きつけた。


「なにが王国首相の気持ちをソンタクか、だ。難しい言葉を使って言いがかりを誤魔化してるんじゃないぞ。王国の野党は真面目に政治をする気がないのか」


 火にかけたヤカンのように顔を赤く染めるクロードに、ちょうど報告に来たブリギッタとハサネが苦笑いを浮かべる。


「外から見てると爆笑ものの喜劇よね。王国野党には共和国のしつけが行き届いてるみたいじゃない?」

「これもまた政治ですよ。王国には助けられていますし、例の三国に比べて信頼できますから、辺境伯様が感情移入する気持ちもわかります。ですが、これは王国の問題です」

「そう、だね。ハサネ、アルフォンスの件、裏は取れたのか?」

「力及びませんでいた。歴史を振り返り見るに、共和国もナラール国も平気で条約を破り、嘘を吐き続けた国です。同じくらい信用するに足らず、そして、恐れながら今となってはどうでもよいことでしょう」


 ハサネのある意味で冷酷な言葉に、クロードは三白眼さんぱくがんを閉じて右手をあてた。


「ここが落とし所なんだな、ブリギッタ」

「ええ。すべてはアルフォンス・ラインマイヤーを名乗る身元不明のテロリストと、彼に扇動された犯罪者たちがしでかした悪事。共和国、ナラール国、ナロール国に侵略の意図はなく、単に利用されただけに過ぎなかった。だから、マラヤデイヴァ国がこの三国と角を突き合わせて戦争をする必要もない――ってところね」


 これではまるであべこべだ。王国のことを笑えないではないか。クロードは奥歯を噛みしめた。


「辺境伯様。ブリギッタ嬢は……」

「わかってるよ、ハサネ。僕たちはレーベンヒェルム領の代表であっても、マラヤディヴァ国の代表なんかじゃない。そもそも外交権がないんだ。この不利な状況でブリギッタはよくやってくれた」


 楽園使徒の生き残りは、裁判の後、全員が本国に送還されるだろう。

 その後、軍事独裁国家や水に落ちた犬を棒で叩くような国が、彼らをどう扱うかなんて想像するに容易い。


「ブリギッタ。共和国出身の未亡人と孤児は、オズバルト・ダールマンを通して帰国させてやってくれ。押しつけるようで悪いが、彼は元正義の味方だろう。共和国の為に一肌脱いでもらうさ」

「わかったわ。辺境伯様は、午後の予定が外出ってなっているけれど、どこかへ行くの?」

「墓参りだ」

「ちゃんと護衛を連れていきなさいよ。そうだ。今日は、ソフィ姉が話があるって言ってたわよ」

「了解」


 クロードは薄手のジャケットに着替えて執務室を出た。

 彼が向かったのは、決戦場となったソーン領北部バナン川流域の湿地帯からやや北に位置する、レーベンヒェルム領の小高い丘だ。

 そこに、アルフォンス・ラインマイヤーを始めとする楽園使徒の共同墓地が作られていた。

 もっとも、彼らの遺体は竜に変じた巨大スライムに飲み込まれたため、残された遺品を埋めただけだ。名前の欠けている者だっているかもしれない。

 今後、楽園使徒アパスルは無かったものとして、共和国にナラール国にナロール国に忘れられてゆくだろう。この墓だけが彼らが確かに存在した証となるのかもしれない。


(悪党の末路なんてこんなものさ。ファヴニルにすがって多くの人を殺めたお前と、ファヴニルを拒絶して多くの人を巻きこんでゆく僕。お前と僕に、違いなんてあるのかな?)


 どちらも許されざる悪ではないか? そんな迷いがクロードの胸から晴れなかった。

 クロードは慰霊碑に手を合わせ、馬車へと戻った。そこでは、赤い髪の女執事ソフィが、焼き飯と梅干しのオニギリを広げて待っていた。


「クロードくん、お昼まだでしょ? 一緒に食べよう」

「ああっ、美味しそうだ」


 二人でオニギリを頬張る。ふと、ソフィが呟いた。


「クロードくん、わたしたちずっと一緒のご飯を食べてきたよね」

「う、うん。今日も美味しいよ。どうしたの、ソフィ?」

「ううん、幸せだなって」


 柔らかな笑顔で微笑むソフィを見て、クロードは気付いた。


(ああ、そうか。クローディアス・レーベンヒェルムは、彼の名を継いだ僕はずっと彼女たちと、レーベンヒェルム領と共にあった)


 クロードは、第二の故郷とも言えるこの大地に住まう民と共に生きてきた。

 それだけは、絶対に違うのだと胸を張れた。この墓の下で眠る者達の魂は、きっと異なる国や異なるイデオロギーと共にあったのだろうから。


「うん、僕も幸せだよ」


 握り飯を食べ終わったクロードの顔は、険のとれたほんの少し恥ずかしそうな、ソフィが大好きな少年のものだった。

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