第57話(2-15)姫将隊と賊軍指導者の思惑

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「クローディアス・レーベンヒェルムは、やり過ぎた」


 シーアン代官の弟にして、山賊軍の実質的な指導者であるアーカム・トイフェルは、山賊軍の中央で騎乗して指揮を執りながら、苦虫を噛み潰すような顔で吐き捨てた。

 西部連邦人民共和国は、自国の領土を拡大して周辺諸国に圧力を加えるため、いくつかの軍事計画を進めていた。

 たとえば、スコータイ国に商人を送り込んで政治家をワイロづけにしたり、イシディア国との国境を侵して施設を破壊し設備を強奪したり、ガートランド聖王国の領海に不審船団を送り込んで貴重な赤珊瑚を根こそぎ略奪したり、共和国の侵略計画は大陸全土に渡った。

 そのうちのひとつに、海上交通の要衝であるマラヤ海峡に拠点を作るというプランがあり、そのために権力欲だけは一丁前の簒奪者さんだつしゃ、クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯を傀儡化かいらいかしたのだ。

 マラヤディヴァ国レーベンヒェルム領を共和国の経済植民地とし、共和国人を移民させて乗っ取り、ゆくゆくは分離独立して併合をはかる――。

 そんな西部連邦人民共和国の目論見は、クローディアス・レーベンヒェルムの変心によって粉砕された。


 最初は、領主自らみみっちい試験農園を作ったり、しけた市場を開いたりする程度のささやかな抵抗だった。

 邪竜ファヴニルと共和国企業連の重鎮が共謀して、手駒である工作部隊”赤い導家士どうけし”を動かし、領都や農園を襲った時は、良いきゅうをすえたと、トイフェル兄弟は嘲笑あざわらったものだった。

 しかし、悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルムは、冒険者を中心とする領民達の力を借りて暴動を鎮圧。これを契機に、レーベンヒェルム領のパワーバランスは一変する。

 それでもなお、共和国企業連はクローディアスを甘く見ていた。彼らは、悪徳貴族が押しすすめる植物工場による食糧増産や、公共事業による交通網の整備が、失敗するに違いないと甘く見ていたのだ。

 独裁者が軽挙妄動けいきょもうどうに走るのはままあることだ。

 たとえば近年、東方にあるナラール国の指導者は、干ばつに対抗するためにあえて貯水池に海水を流し込んで水位を人工的に高めようと試み、自らの手で塩害を引き起こして田畑を壊滅させるという愚挙を行った。

 トイフェル兄弟たちは、辺境伯の試みもまた、このように無惨な結果になるに違いないと頭から信じていた。しかし、そのような共和国にとって都合のいい妄想は、半年という時間を経て完全に覆されてしまう。


 あるいは、本当に辺境伯が自分の能力だけを過信して、計画経済による市場統制を目論んだならば、そういった結果に陥ったかもしれない。

 共和国企業連は、知らなかった。

 時に卑屈とまで蔑まれる少年領主が、どれだけ仲間を、そして領民達の底力を信じていたのか。踏みにじられるだけだったレーベンヒェルム領の民衆が、どれだけの情熱を胸中で燃やしていたのかを。


 クローディアスは他国ならば占有するはずのダンジョンを解放し、「第三位級契約神器レギンを発見、献上した者には望みの褒美を与える」という御触れをだした。

 この奇策は功を奏し、マラヤディヴァ国だけでなく近隣諸国から冒険者と商人が集まって、領都レーフォンは新規店舗と利用客でひっくり返したような賑わいとなった。

 自由競争において、市場独占を前提とした高価格で低品質な商品が売れ残り、重労働かつ低賃金の雇用枠を確保できなくなるのは必然だろう。

 殿様商売に甘んじていた共和国企業は、市場競争に対応できず続々と倒産の憂き目にあってしまった。レーベンヒェルム領と領民は富み栄え、反比例するかのように共和国企業連を取り巻く経済状況は悪化する。

 農業、商業、工業、交通網。多岐にわたる領の向上は、先導した辺境伯の意思だけではない。

 共和国企業連の上層部は、レーベンヒェルム領の民衆を小国の蛮族や奴隷と侮り、彼らの底力をついぞとして理解できなかった。

 他ならぬ西部連邦人民共和国自身が、そういった硬直化した価値観と社会システムを創り上げてしまっていた。

 かくして、長きに渡る西部連邦人民共和国のレーベンヒェルム領の経済植民地運営は、悪徳貴族の変心からわずか半年で、破綻はたんへと追い込まれつつあったのである。


 しかし、レーベンヒェルム領を巡る状況がいかに変わろうとも、西部連邦人民共和国政府パラディース教団が、海上交通の要衝たるマラヤ海峡周辺に拠点を必要としているのは揺るがない事実だった。

 それゆえにこそ、トイフェル兄弟たち、共和国企業連の一部過激派は、レーベンヒェルム領という己が権益に固執こしつした。

 彼らは、元テロリスト集団”赤い導家士どうけし”の幹部であるダヴィッド・リードホルムの甘言にのり、共和国の代官が代理統治する衛星都市で包囲網を敷き、領都レーフォンを経済的に弱体化させた上で、一斉蜂起して独立を謀るという強攻策に訴えようとした。

 だがトイフェル兄弟たちのクーデター計画もまた、守備隊長セイと公安情報部長ハサネに末端工作員を片端から捕らえられたことで、土台が揺らいでしまう。自身の生命や財産惜しさに協力を惜しみ、日和見を決め込もうとする代官が続出したからである。

 領主自ら音頭をとった大々的な新兵器導入の宣伝が、クーデターに賛同する人々の離散をより加速させた。シーアン・トイフェルやアーカム・トイフェルたち過激派には、もはや山賊として潜入した私兵軍を率いて武装蜂起する以外、勢力を繋ぎ止める手段を失ってしまった。


「我々は必ず勝つ! この国は、この大陸は、この世界は、世界の最先端を進撃する革命の旗手、パラディース教団のものだ!」

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