第277話(4-6)高山都市アクリア解放作戦

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 高山都市アクリア。

 街の広場に設置された処刑場を舞台に、クロードと代官は戦っていた。

 クロードはレーベンヒェルム領の軍服を着て、左右の手には慣れ親しんだ魔剣、雷切と火車切を握っている。

 一方の代官は、カミキリムシと当世具足を混ぜ合わせたような意匠のパワードスーツを身にまとい、むしろ怪人といった風情だ。彼は兜から取り外した二本の触角を槍のように持つと、力任せに殴りつけてきた。


「死ねい。クローディアス・レーベンヒェルムぅっ」

「この気配、足元かっ」


 クロードは右手に持った雷を帯びた打刀を盾に使い、二本の槍からなる連撃を捌いた。

 その直後、カミキリムシの顎の部分が噛み合わされ、石畳が敷かれた大地が割れた。顎に連動して隆起した土の鋏は、標的たる青年を容赦なく噛み砕こうとする。


「火車切っ」


 クロードが呼びかけるや、左手に掴んだ脇差から、炎が渦を巻いて出現した。


「ばかめ。ばかめ。その程度の火勢で、ドクター・ビースト様の作られた理性の鎧パワードスーツが止められるものか」


 代官があざ笑うが、言われるまでもない。

 クロードは、かのマッドサイエンティストの恐るべき技術を、己が両腕をもって知っていた。 

 重要なのは、炎を呼び出すことだ。どれほど優れた道具も使うのは人間だ。

 たとえ土の鋏を破壊するには至らずとも、撒き散らされる火の粉と熱風は、敵の視界を狭めることができる。

 クロードは、代官が火に視線を向けたまさにその瞬間に、跳躍してその顔面を蹴りつけた。


「ぎ、ぎざまっ。ムダなごとぉ」


 代官自身が宣言したように、カミキリムシの鎧には強力な物理防御力があるのだろう。

 魔術で強化したキックだが、残念ながら兜に守られた代官を傷つけることは出来なかった。


「氷結、雷電、爆裂」


 ただし、クロードは蹴った直後に、足先で魔術文字を刻んでいる。

 代官の顔面で氷塊が割れ、雷が走り、炎が爆発する。

 クロードが連鎖させた魔術攻撃の直撃を受けて、代官が被った兜は左半分が壊れ、象徴とも言える大顎にも亀裂が入っていた。


「なんだ。なんなんだいうのだ、貴様はぁ」

「ただの人間だ」


 耐え切れずに後退した代官の兜は割れて、青ざめた素顔が覗いていた。

 与えられた力にすがり、思うがままに振舞ってきた彼には、理解できなかったのだろう。

 クロードが用いた戦闘手段は、一の同志ダヴィッドのような契約神器による神がかった無双の力でなく、異世界由来の理の外にある力でもなかった。

 ただこの世界に存在する従来の知識を、尖った形で使用しているだけだ。

 天上の竜に迫るため、学び、試して、検証し、仲間たちと一歩ずつ進んできた。

 それこそが、平々凡々たるクロードが積み上げてきた強み。


「ええい、巡回兵どもは何をしている? 駐屯所から装甲車を出せ。こうなったら冷凍光線で町民もろとも殺してしまえ」


 代官が首元の通信装置に向かって命じたとき、ドーンという地を揺らす音が街外れから聞こえてきた。

 霧の中でも目立つ白煙が三本、ゆらゆらと天へ向かって伸びてゆく。

 装置の誤作動か、拡声機能が有効になった通信装置からは、『たぬきとかわうそといぬにやられた……』という正気を疑うような悲鳴が聞こえてくる。

 もっとも、クロードからすれば作戦通りだ。アリスとテル、ガルムがやってくれたのだ。


「装甲車は僕の仲間が抑えた。地雷魔法陣を使ったが、乗員を殺すほどの威力じゃない。代官よ、お前の部下たちのためにも降伏してくれ」

「悪徳貴族め、何を寝ぼけたことを言っている。革命の足を引っ張る劣等などいらない。我らは完全なる正義にして公正、普遍たる緋色革命軍。世界を統べる唯一の灯火だ。無用なものは糧となれ」

「街の皆、下がってくれ。――鋳造!」


 クロードはとっさに何十もの鎖を創りだして、自暴自棄となった代官の攻撃から民間人を守ろうとした。しかし、違ったのだ。


「「GIAAAAAAAAAAAッ」」


 代官が狙った標的は、クロードが無力化した緋色革命軍の兵士たちだった。

 石畳を引き裂いて立ち上がった大鋏は、意識を失い、あるいは負傷で動けなくなった親衛隊員を無惨にもギロチンにかけた。

 おびただしい真っ赤な血が、湯気をたてる肉が、鋏を通じて魔力に変換され、代官へと流れ込む。

 砕けた兜は再生し、鎧はまるで血のような緋色に染まって輝いた。


「さあ立ち上がれ。悪しき貴族はそこにいるぞ。革命を遂行するのだ」


 白骨となった死体はカタカタと音を立てて立ち上がり、剣や棒を振りかざして隊列を組んだ。

 ああ、と、クロードは嘆息した。


「代官。お前はもう、正気じゃなかったのか」

「何をいう、正気だとも。悪しき反動分子を憎む、これ以上の正気がこの世にあるか。さあ、聖痕せいこんを刻まれしものたちよ。貴様たちの主人として命じる。クローディアス・レーベンヒェルムを殺せ」


 代官が叫ぶや、遠巻きに見守っていた町民たちから悲鳴があがった。

 十数人の少年少女たちが、周囲の大人が止めるのを振り切って広間へと飛び出した。

 彼や彼女は一様に涙を流し、表情は絶望に凍り付いていた。

 意識があるままに、肉体だけが操られているのだ。


「ドクター・ビーストの焼印か!?」

「聖痕だ。さあ選ばれし子供達よ。正義を執行するのだ」

「いいえ、緋色革命軍。貴方たちの悪行もここまでです。なぜなら……」


 群衆の中から、一人の少女が広場へと歩み出て、襤褸ボロのローブを脱ぎ捨てた。

 黒い髪が霧の中でたなびき、強い意志を宿した瞳が子供たちをりんと見据える。

 彼女は、落ちていた槍に布を巻きつけて、白く細い腕で高々と掲げた。

 

「私が、ローズマリー・ユーツが帰ってきました」


 曇り空にはためいたのは、ユーツ侯爵家の旗。

 高山都市アクリアの領民たちは知っていた。

 今、旗を掲げる少女こそは、ユーツ領陥落時に行方不明となっていた侯爵家の娘、その美しさを薔薇と謡われたローズマリー・ユーツに他ならない。

 

「浄化の光よ。悪しき呪いを解け」


 旗が白く穏やかな光を発して、広場を、そして街を照らし出す。

 実際には、旗の留め具に仕込んだ解呪用の宝石によるものだったが、町民達にはローズマリーが天上から舞い降りた救世主に見えた。


「あれ、身体が自由にうごく」

「し、しるしが、消えている?」

「ローズマリー様だっ。ローズマリー様が助けてくださったんだ!」


 そして、感激した町民たちの言葉は正しい。

 他ならないローズマリー自身も支配の焼印を刻まれ、ヨアヒムやソフィと共に幾度の儀式を繰り返して、解呪の方法を突き止めたのだから。


「同志達よ、あの魔女を殺せ。卑しき貴族であるばかりか、聖痕を奪うなどもはや人間ではない!」

「なあ、代官。お前は自分が何を言っているか、わかっているのか?」


 クロードの呼びかけにも、代官は憤激するだけだ。彼の正気はとうに此岸しがんを離れ、彼岸ひがんへと渡っていた。

 スケルトン兵が群れをなしてローズマリーに襲い掛かるも、ヨアヒムが率いる護衛部隊によって叩きのめされた。


「術式――”陽炎かげろう”――起動! 雑魚はこちらで引き受けます。リーダーはあいつをっ」

「わかった」


 ローズマリーは、ヨアヒムたちに任せておけば安全だろう。

 クロードは雷切と火車切を振るい、行く手を阻む骸骨を蹴散らしながら走った。

 代官は半狂乱になりながら、通信機に向かって怒鳴りつけている。


「収容所は何をやっている。守備隊長、緊急事態だぞ。連絡は行っているはずだ、早く捕虜たちを処分して増援を送れ」

「代官だな。おれはラーシュ・ルンドクヴィスト男爵だ。今そっちへ向かっている。親父と戦友たちの仇、討たせてもらうぞ!」


 通信機の返答に、代官は首もとの装置を握りつぶした。


「ぎざまぁあああっっ。悪徳貴族がああっ」


 ようやく代官は理解した。戦略面で詰められていたのだ。

 戦いが始まったとき、クロードはすでに勝利を半ば自身の手に掴んでいた。


「革命だっ。すべてを糧にしても革命の遂行を!」


 代官は喚きたてて町民たちを狙い、兜から数十本の触角じみた槍を射出した。

 しかし、クロードはその悉くを切り伏せて、代官へと向かって前進を続ける。


「ばかめが。罠にかかったな。我らが正義の勝利だ」


 そうして、あと二〇歩というところで、クロードをめがけて三六〇度全方向から土の鋏が襲い掛かった。

 骨を砕いて肉を裂く、鋏の結界が生贄を飲み干す。


「鋳造――八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござし」


 しかし、クロードは大小の刀を白木柄の刀に変化させて、迫り来る凶器を微塵に切り裂いた。


「続けて、鋳造――雷切らいきり火車切かしゃぎり!」


 クロードは再び二本の刀に変化させて、代官を十文字に斬りつける。

 彼が斬撃と共に放った炎の輪は、暴れるカミキリムシの化身を捕らえ、邪を払う雷光で焼き祓った。


「ごがばあっ」


 決着はついた。代官が理性の鎧と呼んだ、カミキリムシのパワードスーツは全壊した。


「嫌だ。死にたくない。我々は正義だ。公正にして普遍たる……。くそがっ、そんなものはどうでもいい。ああっ、死にたくない死にたくない」


 鎧を使用した副作用か、それとも数十人もの命を喰らったせいか、代官の肉体もまた鎧の後を追うように結晶体となって崩れ始めた。


「代官、お前の名前は?」


 最期の瞬間に呟かれた名前を、クロードは確かに聞き届けた。


「その名を、僕は忘れない」


 代官の死と共に、スケルトン兵たちも行動を停止する。

 高山都市アクリアは歓喜の叫びに包まれた。

 誰もがローズマリー・ユーツの名と、クローディアス・レーベンヒェルムの名を呼んでいた。万歳万歳と声をあげて、長い苦しみの果てに、ようやく得た希望を胸にかみ締めていた。


「高山都市アクリアは解放された」

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