第571話(7-64)約束と友情と

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 クロードは青髪の侍女レアから、雷を帯びた打刀〝雷切らいきり〟と、炎を噴く脇差し〝火車切かしゃぎり〟を受け取り――、演劇部の先輩カリヤ・コノエを模倣した砂礫魔像サンドゴーレム一体を十文字斬りで消滅させた。


「さあ、反撃と行こうか!」

御主人クロードさまの御背中は、私が守ります。思うままに戦ってください」


 クロードは打刀と脇差しを掲げ、レアも清掃用のはたきを握り、二人は背中合わせで身構える。


「見事な連携ですね。手放しで賞賛したいところですが、私のゴーレムはまだ三体残っています。自我はなくとも、反応はオリジナルのコーネに匹敵すると自負しています」


 元〝赤い導家士どうけし〟の指導者〟イオーシフ・ヴォローニンは、残る三体のゴーレムをけしかけた。

 操り手のセンスなのか、手首に赤いバンダナを巻いた近衛の砂像は、身の丈ほどもある長い刀を振るい……。

 V字、半円、ジグザグとバラバラな軌跡を描きながら、クロードとレアを斬りつける。


「そいつは重畳ちょうじょう。今の僕がどこまでやれるか、センパイの胸を借りるつもりでやってみるさ」

「はいっ。私も胸を借りるつもりで戦います。えっ、胸を、借りる……?」


 クロードはこの時、うっかり慎ましやかな侍女の地雷を踏みかけたが。


(あ、危ないっ。でも、センパイはサラシを巻いて男装しているから、胸部が目立たないはず。気づかぬフリで押し通す!)


 モデルとなった人物の服装趣味のお陰で、九死に一生を得た。


「さあ、レア。センパイの砂像に、僕たちの阿吽あうんの呼吸を見せてやろう」

「はいっ」

「……待ってください。そこの凸凹主従でこぼこバカップル。貴方達の呼吸は本当に合っていますか?」


 イオーシフに若干呆れられつつも、クロードとレアは息を合わせて、三体の砂礫魔像と互角の斬り合いを演じた。


「たぬったぬう♪ ツバメ返したぬ? あの技なら、シュテンさんがよく見せてくれるたぬっ」

「バウっ(ゴーレムならどうにかなる)」


 戦の流れはひとたび傾けば、堰を切ったように動き出す。

 黒虎アリスと銀犬ガルムが、小妖鬼ゴブリン豚鬼オークを蹴飛ばしながら、おっとり刀で駆けつける。


「よし、この四人ならやれる。イオーシフ、男装先輩を使いこなせるものなら、使ってみせろ。ケチをつけるもなんだが、赤いバンダナはセンパイには似合わないっ!」


 クロードが二刀から雷と炎を放ち、レアがはたきを投じ、アリスとガルムが高速で牽制しつつ、四人は一息で間合いを詰めた。


「なるほど、よくご存知だ。本物の苅谷近衛コーネ・カリヤスクであれば、不可思議な嗅覚で寄せ付けなかったのですが……」


 イオーシフは下唇を歪め、赤いハンカチを取り出して頬を拭った。

 コノエやシュテンの使うツバメ返しの長所は、標的のアウトレンジから変幻自在の連続攻撃を浴びせることにある。

 至近距離まで接近してしまえば、長い刀は逆に不利となるのだ。


「どうやら、私はコーネを理解し切れなかったらしい」

「それは、仕方がないんじゃないかな」


 クロードは、近衛の縁戚であるシュテンの男臭い笑顔と、ビキニアーマーから伸びるもじゃもじゃのすねを思い出した。

 人間、他人の趣味嗜好や感性を丸ごと受け止めるのも、再現するのも困難だろう。


「イオーシフ、さっきも言ったがアンタが模倣したセンパイは脅威だ。でも、僕達は一人一人違うからこそ、協力し合えるんだよっ」

「はたきで弾幕を張ります。支援はお任せくださいっ」

「たぬうっ。たぬうパンチを受けるたぬっ」

「バウワウ(油断は大敵だよ)」


 かくして、アリスの爪とガルムの牙が〝偽物の人形〟をそれぞれ一体ずつ仕留め……。

 クロードとレアが手のひらを重ねて振るった刀が、最後の近衛像を赤いバンダナごと両断して土に還した。


「辺境伯。貴方の男女関係には異論を挟みたいですが、正直なところ羨ましい」


 イオーシフはクロードを一行を見て、眩しそうに鼻を鳴らした。


「私はすべての友を失った。ですが、手駒であれば何度でも生み出せる」


 イオーシフは三体の砂礫魔像サンドゴーレムが失われると同時に、新しい召喚術式を完成させようとしていた。

 けれど、最後の魔術文字を綴り終える瞬間。

 ドン! という銃声と響き、スーツに包まれた右腕が弾けて砂に還った。


「狙撃かっ。私は半径一〇〇〇m以内は完全に把握していたはず。いったいどこから撃ったのです?」

「臨海都市ビョルハンの見張り台だ。旦那、戦場を思い通りに動かせるからって、慢心するのは悪い癖だぜ」


 さらに、クロード達の後方から飛来した鋼糸が、砂像の左腕に絡みついて縛りあげる。


「それに悲しいことを言うなよ。イオーシフ、オレはまだ友達のつもりだぜ」


 隻眼隻腕の剣客が、縄のように結えた黒褐色の髪ドレッドロックスヘアを風になびかせ、鋼糸を手に近づいていた。


「ドゥーエさん、ルクレ領から追いかけてきたのかっ」

「さきほど街で汽笛が聞こえました。きっと機関車で援軍が到着したのでしょう」

「たぬっ。この匂い、エリック達もいるたぬっ。それに、アネッテさんに似ているような、そうでもないような変わった匂いもするたぬ」

「バウワウ(アリスちゃん凄すぎっ)」


 クロードはアリスの言う変わった匂いが気になったが、ともあれ臨海都市ビョルハンに心強い味方がやってきたことは、間違いなさそうだった。

 

「イオーシフ、生前に約束したよな。どうしようもなく間違った時は、互いが互いを止めるって。ケジメをつけに来たぞ」

「ええ、ロジオン。いえ、ドゥーエ。それが私たちの約束で友情です。私はダヴィッドと共に飛行要塞〝清嵐砦せいらんとりで〟にいます。決着をつけましょう」


 ファヴニルによって暗雲に閉ざされ、七つの塔を破壊したことで光を取り戻しつつあった空が、夜のとばりに包まれる。

 黄昏を分かつ刹那。ドゥーエは砂像に愛刀ムラマサを突き立て、イオーシフは笑って消えた。


「イオーシフの旦那。アンタの本心は、いったいどこにある?」


―― ―― ―― ―― ―― ――

あとがき

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