第443話(5ー81)ネオジェネシスの成長と挫折、そして希望

443


 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 芽吹の月(一月)二〇日。

 大同盟は、商業都市ティノーの降伏を受け入れた。

 代表者であるクロードとブロルによる個人的な取り決めではなく、大同盟とネオジェネシスとの交渉が公式に成立した、初めての例となった。

 クロード、レア、ソフィ、ドゥーエら主要メンバーと護衛の兵士達は、エコーの案内で街に入り、イヌヴェ、サムエル、キジーの三隊長が率いる主力部隊が周辺の情報収集と安全確保を担当することになった。


「街はやはり無事かっ。辺境伯様を待っていて良かった!」

「我らが父の友誼とエコー隊長の努力に乾杯!」


 商業都市ティノーの町民達も、ネオジェネシスも、無血開城に喝采をあげた。

 クロード達が街を進むと、まるでパレードが練り歩いているかのように歓声が木霊する。


(この街は、人間とネオジェネシスが共存していたのか。疑って悪かったな……)


 クロード達は、万が一にもエコー隊が罠を仕掛けていた場合に備えて、秘密裏に脱出プランを立てていた。

 しかし、奥の手は使われることはなく、エコーは約束通りに、ヴァン神教の神殿がある高台へと案内してくれた。


「辺境伯様、ようこそおいでくださいました」


 高台の裾野では、ヴァン神教の司祭が待っており、墓所への同行を申し出た。


「辺境伯様はご存知でしょうが、かつてこの聖域は荒らされ、緋色革命軍マラヤ・エカルラート酸鼻さんび極まる非道を行なっていました。辺境伯様のお陰で、今は神殿に戻り、犠牲者を悼む慰霊地となっています」


 そう――。商業都市ティノーにある神殿こそは、緋色革命軍が人身売買オークションを開催していた因縁の地だった。

 クロードは、ここでローズマリー・ユーツら奴隷に落とされた人々を救い、警備隊長のアンドルー・チョーカーと戦ったのだ。


(あれから一年と少し、か)


 長い旅を続けてきた気がする。

 神殿を覆う木々の奥。石の慰霊碑が建てられ、ひとつひとつ丁寧に名前を彫られた墓が並んでいた。

 司祭が鎮魂の祝詞のりとを唱い、クロードをはじめとする参列者も黙祷もくとうを捧げた。

 

(帰って来たよ。僕は、皆の命に報いることが出来ただろうか……)


 どれだけの時間、祈っていただろうか。

 クロードは改めて決意を固めた。


(亡くなった英霊たちの為にも、いま命を懸けてくれる戦友達のためにも、僕はこの内戦を終わらせる!)


 クロードは司祭に礼を述べて、エコーを振り返った。

 

「エコー隊長、ありがとう。皆を弔ってくれたこと、感謝する。話を聞かせて欲しい」


 クロード達は、司祭の好意で神殿の一室を借りて会談を始めた。

 

「クロードアス様は、もうお気づきでしょうが……。現在、旧エングホルム領に住むネオジェネシスは、深刻な分裂状態にあります」

「ハインツ・リンデンベルク元学長のことだね」


 クロードの確認に、エコーは目蓋を押さえて首を縦に振った。


「我々ネオジェネシスは、同じ存在でした。感情を共有し、記憶を分かち合う。それがしにとっては、姉も兄も妹も弟も、誰もが某と等しかった。だから、あまりに未熟だったのです」


 クロードは、エコーの気持ちがわかる気がした。

 彼が元の世界で育んだ価値観もまた、〝致命的に異なる存在〟ファヴニルとの出会いで一度砕け散ったのだから。


「大同盟と不戦を約束した後――。

 それがしどもネオジェネシスは緋色革命軍と袂を分かち、多くの同志が集いました。

 農地と私兵を持つ地元の顔役である豪族。

 流通を担う商人や、技術者団体。

 盗賊や山賊、奴隷階級におとしめられた人々もいました」


 ここまでは、レーベンヒェルム領と変わらない。クロードの元に集まった仲間達も、必ずしも綺麗な経歴ばかりではない。


「某にとっては初めての他人でしたが、嬉しかった。単純な悪人は、父たる創造者様が排除しましたし、新たな個性の獲得は望むところだったからです」


 エコーは言う。ネオジェネシスは純朴で純粋で、世慣れていなかったのだ、と。


「みんな違ってみんないい。だって同じネオジェネシスの一員だ。そんな夢は、すぐに打ち砕かれたのです」


 クロードは、ネオジェネシスを笑うことは出来なかった。

 人間には様々な価値観があり、美徳があり、私欲もある。

 たとえば、ヴァン神教の司祭が部屋を提供してくれたのは、無私の好意と敬意もあるだろうが……。

 この神殿が〝歴史の舞台になる〟という、私的な高揚が無いと言えるだろうか?


「某どもは、悪魔ダヴィッドに連れ去られた人々を取り戻し、拷問を受けていた人々を解放して、新しい行政機構を作ろうとしました。

 けれど、地方の名士たる豪族は、既得権益と勢力拡大を望みました。

 商人達は金儲けに邁進まいしんし、技術者達も資材の確保を願った。

 緋色革命軍の苛政で盗賊や山賊、奴隷に貶められた人々は、復讐の為に同胞にすら牙を向けた」

「「……うん、身につまされる」」


 クロードに留まらず、この場の誰もが思い当たりがあった。

 レアとテルは、グリタヘイズの村で〝神剣の勇者〟を巡るイザコザを体験している。

 ソフィには、地元宗教が外国人に乗っ取られた経験がある。

 ドゥーエに至っては、理想を求めた〝赤い導家士〟が過激化し、破滅へと転落するのを間近で見ている。


「精神が繋がる、誤解なく理解し合えるということは、生の感情をぶつけ合うと言うことです。ひとつだったはずの某達は、あっという間にバラバラになってしまった……」


 テルの悲嘆を聞いて、クロードは浅く息を吐いた。


「戦場でちゃんと規律が保たれているのは、ゴルトさんやデルタくんがいたからか……」


 クロードは思う。

 ネオジェネシスは、純粋だ。

 白い糸は、どんな色にも染まりやすい。


「はい。某どものいるエングホルム領は、前線から離れた銃後であればこそ、司令官やデルタ兄上の目が届かなかった。そこにつけこんだのが、ハインツ・リンデンベルクです」


 ハインツ元学長は、レベッカ・エングホルムからエングフレート要塞の指揮権を預かるや、エカルド・ベックと組んで身勝手な独裁を始めたのだという。


「うわあ……。なんて混ぜたら危険な組み合わせ」

「他人の不幸に歓喜する悪女と、他者を家畜としか見ない詐欺師が引き立てたのが、あのハインツというわけでゲスか」


 ハインツ・リンデンベルクは、まさに毒ガスめいた悪影響を振り撒いた。

 彼は知識や経験、名誉を悪用し、口先八寸のデタラメ、詐術、泣き落とし、脅迫に利益誘導とあらゆる手段を駆使して、洗脳めいた取り込みをはかった。

 朱に交われば赤くなる。元人間だったネオジェネシスを中心に、今では生粋のネオジェネシスまでが彼に籠絡ろうらくされたという。


「イザボーはハインツに与するような方ではなかった……。父たる創造者様に対処を伺っても、自分で考えなさいとたしなめられるばかりで、某にはもう何が正しいのかわからない」


 それでもと、エコーは告げた。


「某は、要塞線と商業都市ティノーを守る守備隊長です。たとえやむを得ない理由からであったとしても、この街の住民は我々に親しんでくれた。優しくしてくれた。某はこの街が好きです」


 それは、エコーが見出したエコーだけの答えなのだろう。


「そんなティノーの人々が言うのです。自分達には希望があるのだと。エングホルム領では、かつて同胞が救われたのだと」


 クロード達は、緋色革命軍との戦いで一度は敗れた。多くの戦友を失って、けれど、救えた命も確かにあったのだ。


「クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯、〝クロード・コトリアソビ〟を名乗る救い主は、必ずもう一度やってくる。彼らの希望は正しかった。先の攻防戦で、某も心を決めました。貴方と、人間との共存を目指したい」

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