第299話(4-28)悪徳貴族の行方不明

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 涼風の月(九月)二一日。

 クロードがヘルバル砦で行方不明になってから、丸一日以上経っていた。

 ヨアヒムたちは残敵掃討後、夜を徹して捜索に当たったものの、余程遠くまで流されてしまったのか彼らを見つけることはできなかった。

 ただ一匹の野良犬が、足首に手紙を結わえられてローズマリーのいるテントまでやってきた。大同盟の暗号で解読すると、『くろーどより、無事ダカラ、心配セズ作戦ヲ進メロ』と記されていた。

 ユーツ領解放軍は、一応の無事を確認できたということで捜索を中断。緋色革命軍マラヤ・エカルラートの占領下にあった村民たちの保護や、敵軍が残した各種妨害術式の撤去と自軍による再設置などを行って、高山都市アクリアへと引き上げた。

 そして、ヨアヒムにとって気の重い本隊への報告が始まった。クロードが行方不明になったことは、すでに伝書鳩を通してヴォルノ―島のレーベンヒェルム領に伝えてあった。

 魔法通信は、緋色革命軍に制圧されたマラヤ半島からでは不安定になる。通信用の水晶が映すセイの顔は、他社への盗聴防止や認識攪乱の術式をかけていることもあってノイズが混じり、音声も途切れ途切れだ。

 

「……セイ司令、申し訳ありません。このような手紙が届いただけで、リーダーの行方はまだわかりません」

「無事との連絡があったと聞いて、ほっとしたよ。ソフィ殿は大丈夫だと励ましてくれたが、もしも以前のようなことになったらと心配で眠れなかった。棟梁殿は、あれから強くなられたものな」

「恐れながら、今のリーダーは、血の湖ブラッディスライムや、ルンダール遺跡の火竜オッテルのような怪物災害にでも出くわさない限り負けないっす。ヘルバル砦にいた敵の盟約者、エカルド・ベックとの戦闘でも終始圧倒していたと、ラーシュ・ルンドクヴィスト男爵から報告がありました」


 ヨアヒムの言葉に、セイは頷こうとしたようだが、不意に固まってしまった。


「ヨアヒムの言いたいことはわかるんだ。でも模擬戦だと、私もソフィ殿もアリス殿も棟梁殿相手には常勝だからさ。今ひとつ信用できないんだ」

「リーダーの強みは、仲間との連携、そして斜め上の戦術っす。模擬戦だけでは測れません」


 ヨアヒムは断言した。

 クロードは、他ならない彼自身が自認しているように、別段強いわけでは無い。

 まっとうな試合形式で闘えば、戦場で剣を磨いたセイ、ササクラの指南を受けたソフィ、身体能力に秀でたアリスには敵わない。

 しかし、いざ実戦となれば、自ら食らいついて敵の弱点を読み取り、仲間と協力してえぐいほどの勢いで見つけた急所を食いちぎる。

 クロードは自軍を優位な戦場に誘導する労を惜しまず、時には敵を罠にかけることも辞さない。また彼自身が鋳造魔術という極めて汎用性の高い魔術を修めているのも大きいだろう。


「そうだな。ヨアヒムの言う通りかも知れない。行方不明になったのも、偶然を利用した故意という可能性もある。そもそも今回の出兵に同行すること自体、万が一にも、棟梁殿が指揮を執れなくなった場合の予行演習という触れ込みだったわけだから」


 ベナクレー丘で大敗し、クロードが生死不明となった時、レーベンヒェルム領は大きく動揺した。

 結果、もし今の領主がいなくなった場合どんな惨事が待ち受けるかを誰もが思い知ると同時に、領役所と領軍の致命的な弱点を露呈させることに至った。


『というわけで、もしも僕が病気や怪我で指揮を執れなくなった場合の予行演習ということで、ルクレ領攻略中は各部門の合議制で進めてください。その間は、ショーコちゃんが影武者をやります』

『イーヤーよっ!』

『悪魔くん二号が出した被害の賠償、どうしようっかな』

『あーなーたーが、悪魔よ!』


 そういった事情で、現在のレーベンヒェルム領は、クロード不在を前提に運営されていたのである。

 

「セイ司令、その、大丈夫なんですか?」

「この顔を見てくれ。大丈夫なわけないだろう」

「ですよねーっ」


 クロードがうっかり行方不明になっている間、レーベンヒェルム領は、またもてんやわんやの大騒ぎになっていた。

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