第300話(4-29)姫将と参謀長
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ヨアヒムが見るに、水晶が映し出すセイの顔には隠しきれない
「財務部がどうしたい、同盟領との折衝をこうしたい。やれ資材が間に合わないから延期しろ、やれ待たせるな早く作戦を進めてくれ。どの部署も声をあげるばかりで、てんでんばらばらだ。棟梁殿がいれば、するりとしかるべきところにはまるのに」
「セイ司令、お疲れ様です」
ヨアヒムはセイの苦境を慮った。
彼女も、根回しなどは苦手な方だ。代わりに請け負っていたクロードが抜けたことで、負担が増しているのだろう。
「リーダーは、誰もが諦めていた絶望のどん底から、レーベンヒェルム領を立て直して、ここまで導いたんです。他の誰にも、代わりなんて出来ないっすよ」
クロードには、ファヴニルの如き絶大な力も、セイのような人を惹きつけるカリスマもなかった。
彼は、非力だったからこそ、多くの人の言葉を聞いて、多くの人の力を借りて、レーベンヒェルム領をまとめあげた。
支配を、飢餓を、絶望を。打ち倒そうと声をあげて、今も先頭を走り続けている。
「たぶん、それでいいんだと思います。オレたちは、別々の目標や希望を持って、それを達成するために同じ方向を目指す集まりです。話し合いには時間がかかるし、時にはかみ合わないことだってある。それでも、家族とか、友人とか、故郷とかを愛する気持ちが確かなら、道は拓けるって信じるっす」
ヨアヒムの言葉に、沈んでいたセイはまるで花が咲くように微笑んだ。
「ふふ。ヨアヒムも、言うようになったじゃないか。ただひとりの英雄によりかかるのではなく、誰もが自らの足で立って戦うなら、きっと誰もが望んだ場所にたどり着ける。私もそうなのだと信じたい」
セイの横顔は気高くも美しくて、ヨアヒムは思わず赤面して視線を逸らせた。
彼は、クロードから詳しい事情を聞いたわけでは無い。それでも敬愛する司令官が、その能力と美貌ゆえに、過去に周囲の期待を背負い続けて苦しんだだろうことを察していた。
彼女はおそらく、クロードという共に歩けるパートナーを得て、初めて自らの足で望む場所へと進み出すことが出来たのだろう。
「ソフィ殿も同じことを言っていた。私は、良い友を得た。学ぶばかりだよ」
「ソフィ姐って、包容力があるっすからねえ」
ヨアヒムは、主君の女性関係難易度がべらぼうに高くなっていることに気づいていたが、全力で目を逸らした。
「誰もが幸いを望んでいるならば、目指す場所は違っても、同じ方向は向けるんすよ」
「ああ、そうだな。領役所が正常化するまではまだ時間がかかるだろう。だから、私たちはやれることをやろう」
セイの言葉に、ヨアヒムは頷いた。
誰も彼もと手を繋げるわけではない。払うべき火の粉、打ち倒さなければならない敵は確かに存在する。
「ルクレ領は、こっちは酷いもんすよ。たったひとつの
ダヴィッド・リードホルムがどれだけ高らかに謳おうと知ったことではない。
自分の目指す場所は正しいのだから、世界の全てよ贄となれというのなら、そんな邪悪な妄執こそ灰となれ。
「状況は報告書で把握している。飛行自転車はすでに手配済みだ。現状の戦力で行けるか?」
「緋色革命軍の遊撃戦力は砦ごと制圧し、砲艦隊も沈めました。準備は充分っす。このまま電撃戦で、港町ツェアを陥落させます。セイ司令は、艦隊を北上させてください」
「わかった。場合によってはこの会戦で雌雄が決する。お互いに、生きて逢おう」
「はい!」
力強く頷いて、ヨアヒムはふと気づいてしまった。
作戦内容で注意すべき点がひとつある。ここには、クロードがいないのだ。
「こちらに転送予定の飛行自転車っすが、リーダーの天馬号はどうしますか?」
ギギ、と錆びた歯車が動くような音を連想させて、セイの表情が変貌した。
彼女は、軍服の胸ポケットから手紙を引き出して読み上げた。
『メイドとしての使命を果たすため、領主さまに天馬号を届けに行ってきます』
ああ、とヨアヒムは、セイの顔色が悪かった理由に納得した。
レーベンヒェルム領が大丈夫なわけない、という言葉の真意はコレだったのだ。
今、クロードだけでなく、レアまで行方不明になっている。
「司令、どうするんすかぁっ!?」
「私が聞きたいよ参謀長!?」
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