第301話(4-30)悪徳貴族と洞窟の一夜

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 さて、ヘルバル砦を支配するエカルド・ベックと緋色革命軍マラヤ・エカルラートの砲艦隊を打ち破ったクロード達だが、うっかりミスでオトライド川に転落し、そのままユーツ領北方へと流された。

 しがみついた丸太と共に下流へ運ばれれば、ユーツ領の領都ユテスへと突撃する羽目になる。クロードは必死に泳いで何処ともしれぬ河原に上陸したが、敵地で完全に迷子になってしまった。


「命があるなら問題なし。全員無事で良かった」


 クロードはびしょ濡れになりながらも、笑顔でガッツポーズを決めた。

 金色のたぬきか猫みたいになってしまったアリス、銀色の毛がしぼんで憔悴しょうすいしたガルム、カワウソなので特に問題なさそうなテルと、全員がさしたる傷を負うこともなく上陸できていた。


「通信装備も地図も食料も無イけどナ。クロオド、転移魔術は使えそうカ?」

「うーん、この人数だと無理っぽいかな? 体力と魔力が回復したら、テルとガルムちゃんから送ろうか?」

「イヤ、いい」

「バウバウ(残ります)」


 テルとしては、総大将であるクロードだけでも自陣に帰還させたかったのだが、言っても聞かないであろう事は知っていた。なにせ初めて出会ったルンダール遺跡で、圧倒的に不利な状況でテルと最後まで戦い続けたのは、クロードだったからである。


「全員で固まってた方が安全ダ。もちろん、アリスのお嬢ちゃんも一緒ダロ?」

「た、たぬ? クロードと二人きりでらぶらぶとか考えていないたぬっ!」


 テルは、アリスの尾を立てて飛び跳ねる反応に「もう帰っちゃおうかな?」と一瞬魔が差した。

 しかし、もしも彼がクロードと離れれば、待ち受ける末路は邪悪な竜に焼かれるか、青髪の侍女に鍋にされるかの二択だろう。 


「本隊への連絡は後でするゾ。ココの地形を見る限り、身を休める洞穴のひとつヤふたつ見つかるダロ」


 テルの推察通り、河川敷の周辺を見回ると洞窟というには小さいが、一人と三匹が休むには充分な穴が見つかった。

 鍾乳洞の出来損ないらしく、天井からは小さなつらら石が垂れ下がり、地面には白色の結晶体が落ちていたが寝るのには不自由なさそうだ。

 クロードは魔術で火を熾し、テルが枯れ枝を投じて焚き火を作り、ようやく彼らは安堵することができた。

 アリスとガルムは火にあたって元気を取り戻したのか、それとも寝床が確保できたことで力が湧いたのか、歓声をあげて洞窟を飛び出した。


「むふん。たぬは、サバイバルの達人たぬ。毒だって匂いでわかるから、皆のご飯を持ってくるたぬ」

「バウバウ!」


 そうして、彼女たちはメロンやスイカに似た形の果物を持ち帰ってきたのだが……。


「ごふっ」

「たぬっ」

「バウンッ」


 超絶に苦かった。漢方薬だってもう少し飲みやすいだろう。


「野生のウリは苦いものサ。熟したものを採るべきだったナ」


 テルがけらけらと笑う。年食ってるせいか、神焉戦争後の混乱期を生き延びた経験か、こういう知識は豊富らしい。


「だったら先に言えよ」

「ええーっ、聞かれなかったゾ」


 クロードは腹を抱えて笑うカワウソを置いて立ち上がった。


『ボクが得意なのは湖と川釣りなんだけど……』


 なぜだろう。こんな時に思い出したのは、憎たらしくて仕方がないはずの宿敵の顔だった。


「実は、何を隠そう僕は釣りの達人なんだ。鋳造――鎖、を変えて、金属糸と針ってね」


 残念ながら、そんな事実はない。クロードの釣りはいつだってボウズか小漁である。しかし、野生ウリをエサにした釣りは意外なことに結構釣れた。


「すごいたぬっ。クロード大好き!」

「クゥンクウン」


 アリスは胸に飛び込んでじゃれつき、ガルムも珍しく甘えた声で寄り添った。

 この日の夕食はお腹いっぱいの焼き魚で、余った分は木の枝にさして干し魚に加工した。

 匂いに引かれてきた野犬たちに、エサと引き換えに仲間たちへの手紙を託し、可能な限りの出立準備を整える。

 やがて、金色のもこもこ狸猫と、銀色のすらっとした犬が寝息を立て始める。

 クロードは外敵に備えて起きていた。同様に夜番を引き受けたテルが小さな声で語りかけた。


「クロオド、さっきの釣りのやり方はファヴニルに聞いタのカ?」

「うん。釣りが好きなんだってさ」

「そうか」


 無言の時間が過ぎた。


「クロオド、お前は奴をファヴニルを討てるのカ?」

「討つさ。僕が、僕だから、あいつを終わらせるんだ」


 テルは、オッテルは思う。

 盟約者と契約神器は、時に運命と呼ぶような縁に導かれるという。

 クロードとファヴニルは、きっと最良の宿縁だった。相性が良すぎた。

 もしもファヴニルがグリタヘイズの龍神として出会ったなら、きっとクロードと無二の親友になれただろう。しかし、レーベンヒェルムの邪竜として相見えた以上、二人は不倶戴天の敵として殺しあうしかない。


「そうだな。クロオド、あいつを、ファヴニルを頼む」


 そう願うことこそが、テルが弟分にしてやれる最後にして最大の愛情だった。

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