第359話(4-87)女執事と狂いし悪女

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 セイは、ゴルト・トイフェル討伐作戦にあたって、ヨアヒムが示した三条件をすべて達成した。


 ――ひとつは、奇襲を仕掛けること。


 まず恋人の仇討ちに燃える羊人のミーナが、雨上がりの湿地帯に魔力をこめた酒を霧のように流して幻惑し、山間に伏せた奇襲部隊を隠し通した。

 皮肉にも、ゴルト自身がクロード暗殺を命じた際、アンドルー・チョーカーが用いた手段で緋色革命軍マラヤ・エカルラートをペテンにかけたのだ。

 山際に伏せていた大同盟の不意討ちを受けて、緋色革命軍の左右両翼は大混乱に陥った。


 ――ひとつは、クロードがゴルトをひきつけること。


 次に、クロードが戦場に姿を現したことで、敵総司令官たるゴルトは、まるで獲物にかぶりつく猛禽の如く食らいついた。

 今、緋色革命軍に残された数少ない勝ち筋は、大同盟の盟主であるクローディアス・レーベンヒェルムを討つ事だ。

 強敵との命の削り合いを好むゴルトの趣味嗜好もあるだろうが、軍事責任者としても当然の決断だったろう。

 けれど結果として緋色革命軍は、最上位指揮官が不在となった。


 ――そして、最後の条件は。


「ああ、お姉さま。お姉さまもまた、ワタシを愛しているのですね。だから、自ら贄として現れた。髪型を戻されたのも、その為でしょう?」


 レベッカ・エングホルムは、炎のような赤い髪を揺らし、上気した顔で情欲に染まった息を吐いた。

 彼女は幼なじみであるソフィ同様に恵まれた胸を弾ませ、つややかな肌を桃色に染めて、今やまな板の上の鯉となったソフィとアリスへ、欲望に満ちた視線を送る。


「うん。こっちの方が戦うのに便利なんだ。おさげの方の髪型は、クロードくんに甘える時の専用みたいな感じで……って、アイタッ」


 赤いおかっぱ髪の少女は、緋色革命軍の兵士達に何重にも包囲されながら暢気に惚気た。


「たぬっ」


 アリスがそんなことを話している場合かと言わんばかりに、虎というよりも狼に似たふさふさした尻尾で、ピシッピシッと恋敵にして親友のお尻を叩いた。

 レベッカはそんな二人を眩しそうに眺めながら、血のように緋色に濡れた唇を舐める。


「お姉さま。この兵士とマスケット銃が見えませんか? 虚勢を張る初々しさも捨てがたいものですが、現実を認識してください。貴方たちは、蜘蛛の巣に囚われた蝶です。あとは、貪り食らわれるのを待つだけです」


 レベッカは勝利を確信して喉の奥で笑ったが、ソフィも余裕を崩さなかった。


「うん。撃てるなら、ね。……レベッカちゃん、銃を最初に作ったのはわたし達だよ」


 クロードが、短期間の訓練による兵士育成を目指して開発したのが、レーベンヒェルム領式魔銃だ。

 弾倉に弾丸と発射薬を一体化させた実包を詰めて、引き金を引くと同時に銃身内の魔法陣が起爆して発射する。

 レ式魔銃は何度かのアップデートの末に施条式のライフル銃となり、発射薬も無色火薬へと変化したが、緋色革命軍が模倣したマスケット銃も黒色火薬を使った滑空銃というだけで基本は変わらない。

 地球の銃器において、撃針と雷管の役割を果たす魔法陣があればこそ、この世界の魔銃は機能する。


「最初の射撃を受けるのは、クロードくん頼りだったけど、もう濡れているんじゃないかな?」


 ソフィの黒い瞳が、青く輝く。

 師であるササクラ・シンジロウから受け継いだ杖みずちが、戦場たる湿地帯の水を支配していた。

 戦闘中の緋色革命軍両翼から悲鳴があがる。銃弾が発射できなくなったのだ。


「そう。お姉さまも、ワタシやブロル・ハリアン同様に巫覡ふげきの力を使いこなせるようになりましたか!」


 ソフィは首を縦に振りながら、魔杖みずちを回転させた。

 泥にまみれた大地が崩れ、沼のように兵士達の下半身を飲み込んでゆく。


「レベッカちゃん、わたしはクロードくんを守るよ」

「罠に掛けたはずですが、罠にかかったのはワタシ達でしたか。素晴らしい、それでこそ踏みにじる価値がある」


 レベッカの首飾りが赤く禍々しい光を発した。

 彼女の周囲を守る緋色革命軍の兵士達の姿が変わった。

 肌は青白く染まって鎧のようなかさぶたが覆い、手や足に水かきがついて尻尾が映えて、蛙や魚人に似た怪物へと変貌した。


「お姉さま。ワタシは、貴女を奪う。あの二人を捕らえなさい!」

「たぬっ。受けて立つたぬっ」


*************

あとがき


第三部でイメチェンした髪型などを初期に戻した理由は、屡那様の素晴らしいイラストのイメージを大事にしたいからです。

重要なシーンは、書籍版準拠で行きたいと思います。


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