第193話(2-146)超越

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「私は、ニーダル・ゲレーゲンハイトとは違う。奴が口にする民主主義とやらがそれほどに良きものだとは信じられない。人間は冷静に指導者を選べるものか? 極悪な独裁者や、私腹を肥やすことにのみ長じた人気取り、口先だけの夢想家、売国奴や他国からのスパイが選ばれないという保証はあるのか?」


 クロードには答えられなかった。オズバルトが指摘した矛盾こそ……民主主義というイデオロギーを成立させるために不可欠なものだったから。


「私はかようにたいした男ではないよ。わずかに武を学んだ凡人だ」


 あんたのような凡人がいてたまるか。思わずクロードは腹の底から叫びそうになった。

 だが、魂消らんばかりのツッコミは、オズバルトがはじめて見せた笑みによって声にならず霧散した。


「昔、いたんだ。ただ心のままに人を救おうとした女が。誰も覚えていなくとも、閃光のような生き様は今もまぶたの裏に焼きついている。私はあのような生き方は出来ない。それでも我が手で殺した彼女に恥じぬ程度には、真剣に生きたいだけだ」


 クロードには、オズバルトが抱えた過去のすべてはわからない。

 ただ理解した。目の前にいる男は、尊敬すべき賢人で達人で、どうしたって共に天を戴くことが叶わないことを。


「オズバルトさん、僕はあんたを倒して、エステルちゃんとアネッテさんを返してもらう」

「ああ、それでいい。辺境伯殿との会話は楽しかったが、どうやらこちらの旗色が悪いようだ。右腕は動くか? 決着をつけよう」


 クロードの背によりそうレアが、鋳造という呪文を唱えた。

 傷ついた大鎧と打刀、脇差しが修復されて、輝きを取り戻す。


「レア、決めにいく。作戦通りに」

「信じています」


 オズバルトはかすかに目じりをゆるませて、長剣を構えた。


「「おおおっ」」


 草を踏みわけ、荒れ地を蹴飛ばし、両者は駆けた。

 レアの作りだすはたきが守るように追う中、クロードは火車切を投げつけ、一〇以上の火球を飛ばした。


「これが邪竜の吐息だっ」

「ぬるいなっ」


 火球はことごとくがオズバルトの長剣に斬り散らされて空に消え、続いてクロードが放った特大の火炎放射もまた盾によって防がれた。

 頬傷の男、彼の視界は完全に奪ったと少年領主は思う。同時にそれが、意味のないことであると覚悟する。

 クロードは足先で魔術文字を刻み、むきだしになった赤黒い地面から鎖を生みだした。けれど、見えていないはずのオズバルトが振るう斧に片端から鎖を斬り散らされて、そればかりか喉元目がけてナイフが飛んできた。


「ははっ。わけわかんねー」


 これだから達人は困る。こっちの常識がまるで通用しないと彼は笑う。

 けれど、クロードは人外の極地とも言える邪竜を、ファヴニルを討つと決めたのだ。ならば、立ち止まってはいられない。

 彼は握力の落ちた右手を支えるように、両手で八丁念仏団子刺しを握った。

 喉元へ迫るナイフを弾き、オズバルトの背後から飛来する火車切に合わせて、レアが操るはたきの群れと共に飛び込んだ。

 オズバルトが手にする得物は、槍、棍、軍刀、長剣、と目まぐるしく変化しながら、クロードの斬撃をいなし、火車切とはたきを叩き落とした。八龍の名で呼ばれる大鎧も無残に破壊され、血が霧のように二人の周囲に舞った。


鮮血兜鎧ブラッドアーマー起動!」


 クロードの両腕からジェル状の鎧が染み出して、彼の全身を守ろうとする。

 だが、オズバルトが生み出す武器の数々には、ショーコ特製の鎧すら貫かれる。

 己の首を守ろうとしたクロードは長剣の受け流しに失敗し、八丁念仏団子刺しを落としてしまう。


「鋳造――雷切らいきり


 クロードは、最後の武器である雷切を手の中に創りだした。


「上空でゴーレムを破壊した武器。それが辺境伯殿の切り札か。だが、一手遅い」


 雷切が放つ雷撃も、剣撃も回避可能な死角へと逃れながら、オズバルトは最後の間合いを詰めていた。

 彼が手に持つはナイフ。密着した零距離ならば、どんな武器もこれには及ばない。


「違う」


 クロードは思った。

 レアには多くの武器と勇気をもらった。

 ソフィには自信と愛情、技の基礎を教えてもらった。

 アリスには身体の動かし方と、心の強さを。

 セイには剣の技と、目指すべき理想を。


 アンドルー・チョーカー。ミーナ。ミズキ。アマンダ・ヴェンナシュ。ドリス。ロビン。

 レーベンヒェルム領を出て、多くの人々と出会った。今クロードが立っていられるのは、彼や彼女たちのおかげだ。

 切り札は、最初から、胸の真ん中にある。


「奥義、水鏡ミラーモード


 雷切が放つ電撃は、オズバルトではなくクロードに直撃した。

 雷は、クロードを焼き焦がしながらもブラッドアーマーに跳ね返されて周囲一帯に拡散し、戦いの始まりから一度も傷を負うこと無かったオズバルトをも巻き込んだ。


「まさか、最初から、その為の布石っ……」


 オズバルトが口から血を吐きだしながら倒れ込む。クロードもまた崩れるように伏した。

 結末は、ダブルノックアウトに近かっただろう。

 だが、チョーカーが乱戦を優位に進め、ライナーがミズキと共に倒れた今、オズバルトという総指揮官の無力化はレジスタンスの勝利を意味する。


「僕たちの、勝利だ」

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