第194話(2-147)魔術塔炎上

194


 クロードが鮮血兜鎧ブラッドアーマー水鏡ミラーモードで反射した雷撃は、至近距離まで接近したオズバルトを確かに捉えていた。

 雷切らいきりから放たれた稲妻は、剣の主と諸共に標的を焼き焦がした。

 オズバルトは重傷を負ったことをきっかけに、身体強化魔術で無理やり病魔を抑えつけていた肉体が遂に限界を超えてしまう。


「僕たちの、勝利だ」

「認めよう。辺境伯殿、御見事だ」


 大火傷を負ったクロードと、半身を焼かれ口から血を吐きこぼしたオズバルトは、ほぼ同時に山の稜線へと崩れ落ちた。


「領主さま。貴方は本当に無茶ばかりして」


 レアは飛ぶようにクロードに駆け寄ると、抱き起こして治癒の魔術をかけた。


「ウウウ」

「たぬったぬう」


 オズバルトの神器である巨大な銀色の犬と、黒虎となったアリスは魔術塔”野ちしゃ”西方のがけ地で戦っていたものの、それぞれの大切な人を守ろうとすっとんでくる。


「良いのだ。”ズィルバー”。私はまだ果たさねばならぬことがある。皆の者、戦闘を中止せよ」

「チョーカー隊長、レジスタンスのみんな。一旦武器を置いてくれ。これ以上の争いは無用だ」


 二人の総指揮官はまるで示し合わせたかのように、両軍に停戦を命じた。

 クロードとオズバルトは、直接剣を交わしたことで互いが信用に足ると認識していた。

 現状、奇襲というアドバンテージを得て、乱戦を得意とするアンドルー・チョーカーが指揮を執るレジスタンス側が押していたものの、ほぼ膠着状態にあった。

 レジスタンスの作戦目標は、姫君たちの奪還であって共和国軍の殲滅に非ず――。

 オズバルト一党の作戦目標もまた、偽ニーダルことクロードの捕縛または殺害であってレジスタンス掃討ではない。

 クロードがオズバルトに勝利した以上、両者は共にこれ以上戦闘を続行し、仲間を失いたくはなかった。


「オズバルトさん。あんた、病んでいたのか。でも、勝ちは勝ちだ。二人の姫君を、エステル・ルクレとアネッテ・ソーンを返してもらう」

「辺境伯殿、勝利したのはそちらだ。好きにするがいい。お前が望むならば私もここで命を絶とう。だが、部下たちの撤退だけは保証してもらう」

「冗談じゃない。あんたの命なんていらないよ」


 クロードは首を横に振った。うっかりオズバルトを殺したが最後、残された共和国兵たちは全滅するまで戦う死兵となるだろう。制圧するのにどれだけの死傷者が出るか、想像もしたくない。

 クロードはかつてベナクレー丘で辛くも撤退に成功したものの、彼を庇った精鋭一〇〇人のうち七割を失った。

 イェスタやヴィゴのような数少ない生還者もいるものの、幹部を任せるに足る人材を戦死させたことが、今なお尾を引いている。ルクレ領とソーン領に同じ轍を踏ませるわけにはいかなかった。


「辺境伯殿、断言するぞ。私は見た通り病を患ってはいるが、この生ある限り忠を尽くし国に報いる。お前が率いるレーベンヒェルム領に敵対し続けるということだ」

「正直、もう二度と戦うのはごめんだ。でも、敵だからって憎まなきゃいけないわけじゃないだろ。出来れば病院で養生してくれ」

「辺境伯殿は本当に変わった男だな」


 オズバルトはわずかに唇を歪めて薄い笑みのようなものを作ると、右手を差し出した。

 クロードもまたレアの治療の甲斐あって、ようやく動くようになったカサブタだらけの右手を出して、両の手はがっちりと結ばれた。


「かくて勇敢なる王子は姫君たちを救いだす、か。まるで童話だが、悪くない結末だ。すぐに案内しよう」

「お、王子なんかじゃないよ。僕はただの」


 オズバルトが仏頂面でジョークを飛ばし、クロードが泡を食ったまさにその瞬間――。

 レタスのように螺旋を巻く魔術塔”野ちしゃ”最上階にあるバルコニーに、不意に人影が現れた。

 それは、ふわふわとした鳶色の長い髪を赤いリボンでとめたまるで人形のような幼い少女だった。

 彼女は救援を喜ぶわけでもなく、笑みひとつない能面のような顔に張りついた藍色の瞳で、塔の直下を見おろした。


「あれは、エステルちゃん! ミーナです。助けにきました。いますぐそっちに行きます」


 羊族サテュロスのミーナが、自身の丸まった角を殴り付けそうな勢いでぶんぶんと手を振った。

 だが、少女、エステルは気付いていないようだ。背後から危ないよと誰かが抱きしめようとしたのも振り払い、まるで歪んだ歯車がかみ合うような声で宣言した。


「えすてるトあねってハ逃ガサナイ。最終措置ヲ実行スル」

「エステル、何を言っている?」

「さいしゅうそちって何?」


 オズバルトが目を見開き、クロードが困惑する中、エステルがなにがしかの魔術文字を綴った。

 魔術塔”野ちしゃ”の壁面と周囲一帯の地面に、無数の魔法陣が描かれる。

 塔が燃える。魔法陣から発した炎は、いまや螺旋の塔を焚き木へと変えた。

 そればかりではない。全長一〇メルカはあるだろう猪や鹿、熊を模したゴーレムが九体召喚されて、塔を壊そうと暴れ始めたのだ。


「てめえら、そこまでするかっ。このクサレ外道!」


 ミズキは、激情のあまりライナーの額にマスケットの銃口を叩きつけていた。

 ライナーもまた、ミズキの首筋に大鎌を当てて応戦する。


「違う。俺たちじゃない」

「じゃあ、なんでこうなったのさ?」

「わからん。楽園使徒アパスルが彼女にかけていた精神支配の魔術は解いてある。虐待の傷はあっても、緋色革命軍が使う焼き印の痕はなかった。本当にわからないんだっ」


 激情に駆られているのは、ミズキとライナーだけではなかった。

 レジスタンスはやりきれぬ怒りに燃えて武器を構え、共和国兵たちもまた己が命を守るため剣を取り、まさに一触即発の状況となっていた。


「焼き印だと? むおっ、あの時確かローズマリー嬢が……」


 そんな中、真っ先に真実に辿りついたのは、アンドルー・チョーカーだった。

 彼は、ローズマリー・ユーツからドクター・ビーストの焼鏝やきごてが触れただけで作用する呪いの道具であったことを聞いていた。

 ゆえに推測できたのだ。完全な焼き印をつけずとも、虐待の傷に隠れるような形で焼くだけでも、支配することは可能だろう、と。


「レジスタンス諸君。敵はゴーレムである。総員構え撃てえ!」


 チョーカーの一言が、レジスタンスと共和国軍の戦闘再開を避けたと言っても過言ではないだろう。


「我が隊はエステル・ルクレとアネッテ・ソーンを救出する。皆の者、レジスタンスに協力せよ。辺境伯殿、自転車に乗れ!」


 オズバルト・ダールマンもまた、旗下の兵に共闘を命じた。

 クロードは彼に勧められるまでもなく、レアに肩を支えられるようにして乗り捨てられた飛行自転車へと向かっていた。

 しかし、遅い。彼の体力も魔力も限界に近く、上半身は酷い火傷を負っていた。

 更には最大の障害と見たか、ゴーレムが三体、クロードと飛行自転車の間に割りこむようにして襲ってきた。


「鋳造――」

「領主さま、大丈夫です」


 やむを得ず武器を作ろうとしたクロードの手を、レアが優しく包み込む。


「たぬうキィイック!」


 アリスが、空中飛び蹴りで、熊を模した巨大ゴーレムの眉間をぶちぬいて吹き飛ばした。


「アォオオオン!」


 銀色の魔犬が、鹿を模した巨大ゴーレムの足を砕き、がけ地まで蹴りあげる。


「行け、辺境伯殿。きっと私は、あのニーダル・ゲレーゲンハイト以上に、お前と戦いたかったのだ」


 オズバルトが、長剣で猪を模した巨大ゴーレムの牙を落とし、続く剣閃でバラバラに解体した。


「みんな、ありがとう。レア、行ってくる」

「はい。御屋敷で待っています」


 クロードの背を、レアが押す。

 ソフィが創り、レアが改造を施した飛行自転車”天馬”は、山に吹き付ける強風と、塔を焼く炎の上昇気流に助けられるようにして、最上階へと辿りついた。

 そこには、涙をこぼす少女と、彼女を抱きしめる栗色の髪の女性がいた。

 アネッテ・ソーンが、バルコニーに横付けたクロードに問いかけた。


「貴方は、正義の味方さん?」

「いいえ、僕は悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルム。貴方達を奪いに来た!」


 ここに侯爵令嬢救出作戦――”昇葉作戦”は完遂された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る