第192話(2-145)悪徳貴族と祈りの果て

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 レジスタンスと共和国軍は、アンドルー・チョーカーの奇策によって、魔術塔”野ちしゃ”の直下で敵味方入り乱れる混戦状態へともつれ込んだ。

 西のがけ地では大虎となったアリスと銀色の魔犬が噛み合い、東の尾根ではミズキと大鎌の盟約者が斬り合う中――。

 クロードとレア、オズバルトの闘争もいっそう激しさを増していた。


「レア、タイミングを合わせて」

「はい。領主さま」


 レアが牽制のはたきを雨あられと降らせる中、クロードは脇差し、火車切かしゃぎりを宙へと投じた。

 若き領主は、打刀、八丁念仏団子刺(はっちょうねんぶつだんござ)しを手に、箒をもった侍女と共に左右から”×”の字を描くようにオズバルトに斬りかかる。


「これならどうだっ」

「三方からの同時攻撃か。なるほど良い発想だ。だが」


 オズバルトはクロードに振り向くと、長棍を斬り上げて飛来するはたきと火車切を空へと打ち払い、続く一呼吸で振りおろして剣の主を雑草の中へと叩き伏せた。

 同時に背後から迫るレアへには網を投げかけ、絡め捕ることにこそ失敗したものの、とっさに避けた侍女の足元をさらう。


「肝心の技が未熟だ。発想も固い。この鋳造魔術というものは、暗殺に向いた手段ではあるが、使い方次第でいかようにも応用が利く。もっとも、生かして帰すつもりはないが」


 オズバルトは倒れ込んだクロードとレアに再び網を投じるも、茂みの中から飛び出した無数の鎖によって阻まれた。


「ほう。辺境伯殿は、意外に素直だな」

「そりゃどうも」


 クロードは跳ねるようにして飛び起きると、複数の火球を放った。

 レアは、水の入ったバケツを作りだして投じている。

 火と水は衝突し、交り合って蒸気となり、オズバルトの視界を覆った。

 クロードの指が中空に魔術文字を綴り、湯気の闇を切り裂いて空間断絶の刃が飛ぶ。


「そうだ。なりふりなど構うな。お前は今生きているのだから」


 オズバルトは魔力の盾をぶつけてごく僅かな時間を稼ぎ、最小限の体捌きで致死の刃をやり過ごした。

 そして、強力な魔法を放って隙だらけになったクロードへ、長剣を手に矢の如くぶつかってゆく。


「領主さまっ!」

「鋳造――八龍」


 レアが悲鳴混じりに投じた無数のはたきは、壁のようにオズバルトに立ちはだかるものの、易々と斬り払われて突破された。

 クロードがとっさにまとった大鎧もまたオズバルトが創り上げた刃を阻むこと叶わず、右二の腕から鮮血がほとばしった。

 しかしその瞬間、少年領主は頬傷の男へと掴みかかり、叫びをあげた。


「火車切、やれえええっ」

「失策と見せかけての陽動。それでこそ、だ!」


 オズバルトは組みついたクロードを振り払い、槍を地面に叩きつけるや、棒高跳びの要領で離脱した。

 空を舞う火車切がわずかに彼の背をかすめたものの、仕留めるには至らなかった。

 レアが傍に駆けつけて、癒やしの光を当ててクロードのえぐり裂かれた傷を埋める。


「まだ瞳は死んでいないか。ならば剣をとれ。お前たちはエステルとアネッテを救うのだろう」


 大地に足を着けたオズバルト・ダールマンは揺るがない。

 まるで山のように雄大な気配をもって、泰然と長剣を構えている。


「僕にはあんたがわからない。オズバルト、あんたは忠を尽くして国に報いると言ったな。西部連邦人民共和国のどこに大義がある!?」

「――共和国こそは人民を幸福に導き、世界に前例のない大衆革命へと遂行していく太陽である。かくも貴き共和国を、特別な存在だと扱わなかった。それこそがマラヤディヴアの、否、世界の罪である」


 オズバルトが遠い目で告げた言葉が、クロードには信じられなかった。


「あんた、本気で言っているのか?」

「狂っているだろう? 上は粛清と汚職にまみれ、下は生きるために騙し奪いあう。パラディース教団はでたらめな大義名分を掲げて、まるで飢えた鬼のように土地と資源を奪って浪費し尽くす。ユイシャン島、ガートランド聖王国、イシディア法王国。そして、ここマラヤディヴァを含む南海の国々へ。エステルとアネッテもまた、その為の生贄となるだろう」


 オズバルトの言葉は穏やかで、クロードにはまるで彼の意図が掴めなかった。


「それがわかっていて、どうして? あんたは昔、正義の味方と呼ばれたんだろう!」

「そうだな。西部連邦人民共和国はどうしようもなく終わっている。だが、そんな祖国の為に戦ってはいけないのか?」


 紡がれた言の葉は、どのような武器の刃よりも鋭利にクロードの心を切り裂いた。


「それ、は……」

「パラディース教団が必要とするのなら、武器をもたない民だって手にかけよう。他国を喰らい尽くすことを望むなら、万難を排して叶えよう。こんな私が正義の味方などであるものか。理想もなく、思想もなく、ただ祖国の延命だけを今も願っている」


 クロードは、あんたは間違っていると叫びたかった。

 けれど、どうしようもなく終わっていたレーベンヒェルム領で、がむしゃらに足掻いてきたのは彼だって同じだ。

 だからオズバルトを否定できない。その選択がどれほど重いものだったか、魂がどれほどのきしみをあげたかわかってしまうから。


「ほ、他に手段があるはずだ。共和国を導く政権がパラディース教団である必要はないはずだ。諦めずに探せばきっとより良い道があったはずだ。そうだ、シュターレン領は――」

「その”雪解け”で民草を殺したのが私だよ。……辺境伯殿。挑戦とはそれほど貴いものか? 不屈であることはそれほど立派なものか? 前進という意志は平穏への祈りに勝るのだろうか?」


 呻くように吐き出された言葉は、絶望の中で磨かれた疑問だった。慟哭の中で手を合わせた男の祈りの果てだった。

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