第191話(2-144)譲れぬ想い

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「そおりゃあっ」


 ライナーは乱戦の中、共和国兵もレジスタンスもすりぬけて突進し、ミズキに向けて勢いよく大鎌を振るった。


「やるねっ」


 ミズキは銃剣をつけたマスケット銃で応戦するも、なぜか鎌の刃とは反対側の石突きで太ももを打ちすえられて態勢を崩してしまう。


(命中したはずの弾丸は外れる。鎌を振ったはずのに石突きがあたる。おかしいじゃない……。だったら、その手品こそがこいつと神器の異能だ)


 ミズキは、上段から振り下ろされる鎌に鋼糸を絡みつかせてどうにか逸らせた。

 ライナーの攻撃は終わらない。異能は連続で効果を発揮するものではないが、着実に手足の血肉を削り取られてしまう。


「人形なんぞにはわかんねーよ。御頭がどんなに偉大なのか」

「平等とか博愛とか先進とか、薄っぺらな言葉をならべ立てるのがそんなに偉いのk? 教団はあたしたちの国を滅ぼして血をすするクソッタレだ!」

「誰がパラディース教団を誉めた? ヤツらはクズだっ」

「はぁっ?」


 大鎌を力任せに叩きつけられて、ミズキは両軍が火花を散らす戦場から、後方へと吹き飛ばされた。

 幸いにして西のがけ地とは逆の東の稜線りょうせんへと弾きだされたものの、彼女を追ってライナーが走る。


「てめえも知っているだろう? 虎に化ける娘に、酒の霧をばらまく娘。異世界人の中には、超常の力をもつ奴がたまにいる」

「それがどうしたってのさ?」


 ミズキが知る限り、アリスやミーナは稀有けうな例だ。

 生まれ持った超常の力なんて、ニーダル・ゲレーゲンハイトにはなく、クロードにもない。セイだってそうだろう。

 彼らの不とう不屈の精神力や、知識経験、カリスマといったものは、あくまで個々の人間がもつ性質の延長に過ぎない。

 

「ろくでもなしの軍閥がこう考えたのさ。珍しい異世界人がいるなら、工場を作って養殖すればいいってよぉ!」

「……っ」


 ミズキは息を飲んだ。それは、どうしようもなく狂っていて、しかし、人間を兵器おにんぎょうに仕立てようとする狂信者たちならば、当然の如く考えつくだろう手段だったからだ。


「おふくろはクズどもに食いつくされて死に、俺はていのいい実験動物モルモットだ。だっていうのに、御頭は俺に生きる意味をくれた。クズどもを皆殺しにして生きる場所をくれたんだ。俺たちはみんな御頭に救われた。だから俺は、お前たちを殺すんだよっ!」


 ライナーの言葉は途切れ途切れで、しかしミズキが彼の事情を伺うには十分だった。

 なるほど、退けない理由はわかった。激情にかられるのももっともだ。けれど――。


「地獄を見たのがお前たちだけだと思うな」


 ミズキもまた殺して殺して殺して、生き残った。

 ニーダルに救われ、軍閥上層部のいけすかない女に命じられて、クロードを観察し続けた。

 そうして思ったのだ。泥の中をはいずって、多くの者を巻き込んで、それでも国と民を救おうと足掻く馬鹿の力になってやりたい、と。


「あたしは殺戮人形個体番号三番、ミズキだ。ライナー、焦ったね?」


 ”処刑人”オズバルト・ダールマンは、教団の腐敗と戦って、多くの民草を守ったのだろう。

 行き場のなくなったライナーたちを引き取り、チームとして鍛え上げたのだろう。

 その手腕には感服しよう。だがどれほど優れていようとも、彼らはあくまでもオズバルトの私兵に過ぎない。

 ライナーたちは西部連邦人民共和国のためでなく、ましてやパラディース教団のためでなく、ただ恩人のために戦うことを決めた。

 だから――オズバルトが孤立するとなれば、平静ではいられなかった。

 あるいは、オズバルトがなにがしかの病や傷でも負っているのかもしれないが、同じことだ。


「焦ってなど、いない」


 ライナーの大鎌が閃く。

 契約神器の異能が発動する。

 手品の種を、もうミズキは見切っていた。


「これが、ラストショット」


 彼女が魔術文字を刻むや、自身とライナーを包囲するように、一〇丁のマスケット銃が宙空に浮かんだ。

 ミズキは、三六〇度ぐるりと設置された銃砲の引き金を鋼糸で引いた。

 戦場を引き裂く轟音が立てつづけに十度響き、全ての弾丸が今度こそ誤ることなく、ライナーの身体へと吸い込まれた。


「ミズキ。なんで俺に当てられる。なんでお前には当たらないっ……」


 結論から言うならば――。

 ライナーの契約神器の能力は、自身をわずかな時間、世界からずらすことだった。

 あるいは、異世界人の息子として生まれ、養殖された兵器として扱われた彼の半生が影響したのかもしれない。

 異能の正体さえ見通してしまえば、ミズキにとって対応するのはわけもないことだ。タイミングを調整した全方向からの狙撃なら、回避は不可能となる。


「ちょっとした特技ってやつ?」

「ふざけるな。俺の神器より、よっぽどめちゃくちゃだ」


 それだけの修練を積んだ。

 だからこそミズキは、人の身で契約神器に打ち勝とうとするクロードに共感したのだから。


「けど、勝つのは御頭だ。本物のニーダルにだって負けない。ましてや偽者などに」


 ライナーは一〇発もの弾丸を己が肉体で受け止めながら、契約神器の異能を用いて致命傷を避けていた。その才覚こそは恐るべきものだろう

 それでも、チョーカーの神器とミーナの酒精によって魔力が付与された弾丸を浴びては無傷ですまず、ついに頭から地面に倒れ込んだ。

 彼を見下ろすミズキもまた、手足を大鎌でズタズタに裂かれて、もはや戦闘の続行は不可能だった。

 マスケット銃を危うい手つきで支えながら、彼女は不敵に笑った。


「ライナー、あんた勘違いしてるよ。喧嘩ならともかく、集団戦でどうしてクロードがニーダルさんに劣ると決めつけたのさ?」

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