第157話(2-111)悪徳貴族と反乱鎮圧(西部戦線)

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 緋色革命軍マラヤ・エカルラート指揮官のひとりマクシミリアン・ローグは、レーベンヒェルム領に潜入するや、マクシミリアン・モーセッソンと名を偽って反乱工作を開始した。

 彼はクロードによるセイ暗殺計画を自作自演で捏造し、姫将軍救出という偽りの大義名分を掲げてレーベンヒェルム領各地で蜂起した。

 これに対し、クロードは緋色革命軍への備えと各町村を守るのに必要な兵士を除く、動員可能な兵力一万を二つに分けて、東方と西方に向かわせた。

 東方に向かったキジー率いる五千の陸軍と、ロロン率いる三千の水軍は破竹の勢いで分散した反乱軍を打ち倒し、あるいは降伏させてマクシミリアンが篭もる天然の要害、建設中だったグロン要塞を包囲した。

 一方、説得のため西方に発ったセイとアリス率いる部隊は数百程度で、後を追った援軍と合流するも、その数は二千程度に過ぎなかった。

 幸いにして反乱軍の大多数は、無事だったセイと傍らで丸くなったアリスの姿を認めて自らの過ちに気付き、あるいは説得を受けて戦闘の無意味さを悟って銃を置いた。

 しかしながら、すべての反乱軍が降伏したわけではない。緋色革命軍が送りこんだ工作員や、外国人傭兵、クローディアス・レーベンヒェルムに敵意を燃やす者たちは野戦場に強固な陣地を築城し、最後まで抵抗を試みた。

 結果、領軍と反乱軍は大砲を互いに撃ちあいながら、銃撃戦から身を隠すための塹壕ざんごうを掘り、歩兵や騎馬隊による一点突破の突撃を防止する鉄柵で防御を固めた、泥沼の千日手で膠着こうちゃくした。

 セイは深い穴道の中から敵陣をうかがいながら、頭上をかすめる弾丸に息を飲んだ。


「やはりゴルト・トイフェルは偉大な将だ。魔法という力があれど、オーニータウンの獅子奮迅ししふんじんぶりはまことのつわものと言えるだろう」

「でも、ゴルトを追い払ったのはセイちゃんたぬ。自信を持つたぬ。怪我人も毎日増えてるし、いっそたぬがキックでぶっ壊すたぬ」


 セイは、頭上から注ぐ陽光を浴びて銀色に映える薄墨色の髪の下、自身の肩と首に巻き付いた黄金の獣アリスに対して首を横に振った。


「それは最後の手段だ。この先、アリス殿がいなければ塹壕戦に耐えられないなら、どうしてゴルト率いる緋色革命軍を討てるだろうか。きっとこれも棟梁殿なりの叱咤激励しったげきれいだよ。塹壕戦に備えて、開発中の試作兵器も持たせてくれたじゃないか。試作品すぎて物足りないのが不満だが」


 クロードは、マスケット銃が複製された時点で、技術優位という過信を捨てていた。

 幸いにして、技術とノウハウの蓄積が必要な無色火薬やライフルの加工は未だ再現されてはいないものの、穴を掘れば再現できる塹壕や、鹵獲ろかくされた自軍の兵器に対しては備えが必要になる。


「たぬ。おっきなシャベルの車が行くたぬ。ちょっと手助けしてくるたぬ」


 後方から独特のエンジン音と、きゅるきゅると履帯が回る音がした。戦場に姿を現したのは、遺跡から発掘したゴーレムを魔改造した菱形車両だった。

 全長約一〇メルカ、全幅四mを誇る巨大な菱形の車体に無限軌道の履帯を巻き付け、天を突く巨大な一本のシャベルと厚い正面装甲、サスペンション機構や各種魔法を付与した、実験段階では極めて有効な不整地走破能力を披露した機体である。

 荒れ地で農業を補助する新しいゴーレムの先がけとして、開発部からはひときわ高い期待が寄せられていた。


「つまり農業用だ。理屈はわかるが、塹壕を埋め立てるには無理がありすぎるぞ棟梁殿」


 シャベル付き菱形車両の巨躯は確かに威容を誇ったものの、領軍がこれまで人型ゴーレムを撃ち破ったように、反乱軍の射程に入るや側面から一斉射撃を受けて沈黙してしまう。

 五mの大虎に変化したアリスが、敵陣から大砲や銃撃が矢継ぎ早に撃ちこまれる剣林弾雨を駆け抜けて、菱形車両をよっこいせと引っ張り上げた。


「おしりぺんぺんたぬう」


 アリスが挑発しつつも後退すると、大盾を全面に張り出した銅像が引く人力車という、ツッコミどころしかない装甲車もどきが複数集まって彼女の戦域離脱を支援する。

 シールドタンクと名付けられたこれらの試作機は、盾の表面を鏡面化することで魔法攻撃を逸らし、物理攻撃を受ければ急速修復して自壊を防ぐ傑作機との触れ込みだったが、稼働時間は一〇分に満たないという欠点を抱えていた。戦線の維持にはいかにも物足りない。

 他にも、ヘルメットや靴先に鉄砲をつけてみたり、レ式魔銃の銃身を無理矢理垂直に捻じ曲げて曲射を試みたり、風車をくくりつけた放水車で敵塹壕を水浸しにしようとしたり、アイデア先行にもほどがある珍品が揃っていた。

 クロードは失敗こそ成功の母と信じており、事実レーベンヒェルム領は数々の失敗を繰り返しながら技術を向上、進化させてきたのだが、戦場で命を預けるには不満が残るのが実情だった。


「ただいま戻ったぬ♪ 水筒とイモモチをもらって来たたぬ。一緒にひと息いれるたぬ」

「お疲れ様、アリス殿。今回の試験結果は、棟梁殿と開発部、新設される契約神器・魔術道具研究所にも申し出ておく。せめて数があれば有効利用もできるだろうが……」

「でもセイちゃん、全体の指揮はとらなくて大丈夫たぬ? クロードだけだと不安たぬ」


 再び金色の毛並みのぬいぐるみに戻ったアリスを抱き上げながら、セイは引き締めていた白皙はくせきの頬をわずかに緩めて微笑んだ。


「ヨアヒム参謀長も会議の席で言っていただろう? もしも私達が本気でクーデターを起こしたとして、短期決戦なら我らの勝ちは揺るがない。だが、長期ならばきっと負けるだろう」

「セイちゃんが? そんなはずないたぬ。クロードはベナクレーの丘で負けてるたぬ」


 たぬきにも虎にも見える獣は、疑問そうにつぶらな金色の虎目を瞬かせて、姫将軍の首筋によじ登った。

 セイはアリスの背をぽんぽんと叩いて、水筒の水で喉を湿らせた。


「遠征に同行したのは、精鋭とはいえ百人だった。今はレーベンヒェルム領の全てが棟梁殿に力を貸している」

「クロードの力、じゃないたぬ?」

「そうとも。借りているだけだ。もしも棟梁殿が真実、領に害を為すのなら、領民たちは離れてゆくだろう。棟梁殿は、民が自由な意思でファヴニルと戦うことが叶う領をつくっているのだ。いまだ途上だが……この程度の敵に遅れはとらぬよ」


 セイの説明を受けて、アリスは納得したようだが少しだけ不満そうだった。


「買いかぶりすぎじゃないたぬ? クロードはたぬひとり持ち上げられないもやしたぬ。シャベルの車ならともかく、たぬをお姫様だっこして愛を囁いて一丁前たぬ」

「アリス殿、重いって言われたことを引きずっているなぁ」


 そんな会話を交わしつつ、その日の戦場も一進一退のまま日が暮れた。

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