第260話(3-45)悪徳貴族と豊穣祭『開会式』

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 蒼葉の月(八月)一日。

 領都レーフォンの大中央広場改め領都駅前中央広場にて、レーベンヒェルム領初の鉄道試運転と雨季の収穫を祝い、豊穣祭が晴れやかに執り行われた。

 クロードはモーニングコートを着て、線路に横付けされた舞台へ上り、十重二十重と取り巻く聴衆に向かって呼び掛けた。


「神々の恵みと、異邦の友情、皆の勤労に感謝する。これより祭りを始めよう」


 広場を埋め尽くす観衆から、雷鳴のような歓声がこだました。祭りが始まったのだ。

 駅のプラットホームでは、発進をつげる鐘が人々の声に負けじと打ち鳴らされる。

 サイを模した大型魔力像ゴーレムが、客車とコンテナ車をけん引しながら、南方へ向かってガタゴトと走り始めた。


(ああ、僕も乗りたかったなあ)


 緋色革命軍マラヤ・エカルラートと内戦中という事情もあって、試運転列車の搭乗員は、鉄道職員以外はエリックやハサネたち領警察と公安情報部関係者に限定されていた。


「すごいたぬ。楽しいたぬっ!」

「おにょれ」


 アリス・ヤツフサは、列車が万が一にも襲撃された場合の護衛役という建前で乗車していたが、外まで聞こえてくる楽しげな声を聞くに、きっと本人が乗りたかっただけだろう。

 サイ列車は時速六〇kmキロメルカを維持して、レーフォンとオーニータウンを行き来する。


(正式開業はまだ先だ。でも、領南部で採掘される資源の大量輸送ができるようになった。完成すれば……)


 レーベンヒェルム領全土への、迅速な軍隊派遣が可能となるだろう。

 日本史において、本能寺の変の後、明智光秀を破った羽柴秀吉の大返しはあまりに有名だ。世界史を見ても、マケドニアのアレキサンダー大王や、フランスのナポレオンなど、神速を尊んだ名将は枚挙にいとまがない。

 しかしながら、無理を重ねた進軍は、参陣した兵士に大きな負担を強いることになる。

 大軍を少ない疲労で、食糧や装備と共に輸送する鉄道の存在は、来るべきファヴニルとの決戦において強力な鬼札ジョーカーとなることだろう。


(僕は、アリスのように列車の完成を喜ぶのではなく、領主として思考している)


 クロードは舞台を下りながら、そっと奥歯を噛みしめた。

 かつてファヴニルは仲間と共に救世を夢見て敗れ、龍神となってグリタヘイズの村を導き、やがては死と破壊を喜ぶ邪竜へ堕ちた。

 クローディアス・レーベンヒェルムという仮面を被る自分が、この世界の理不尽を嘆いた小鳥遊たかなし蔵人くろうどと同じままなのか?

 答えの出ない逡巡が、クロードの胸中で軋みをあげた。


「辺境伯様、おひさしぶりでやす」

「エドガーさん。来てくれたんですか?」


 祭りの会場には、鉄道工事に協力してくれたガートランド聖王国のウェスタン建設の営業、エドガー・ヒューストンの姿もあった。

 結果から言うならば、施工を聖王国に依頼したのは大正解だったのだろう。遡ること数年前、ナロール国に魔力炉の建設を発注したディミオン首長国連邦や、高速鉄道を西部連邦人民共和国にオーダーしたビネカ・トゥンガリカ国は、それはもうグダグダの酷い状況に陥っていたのだから。


(そうだ。今の僕は、クローディアス・レーベンヒェルムなのだから)


 クロードは、祝いに訪れたヴァリン侯爵やローズマリー・ユーツ侯爵令嬢らのエスコートを精力的に果たした。

 今の彼には、かつて交渉に疲れ果て嘔吐おうとした少年領主の面影は見られなかった。


「さて、午後からは自由だ。一昨日出来なかった見回りに行くとしよう」


 クロードは礼服を脱いで、帽子を目深に簡素な単衣チュニックとズボンに着替えていた。

 目の前は、人。ヒト。ひと。領中から集まったのではないかと思わせるほど、大勢の来客でひしめきあっていた。 


「凄い人だ。セイはうまく抜けられたかな?」


 約束の噴水前で待つことしばし、褐色のウィツグをつけて伊達眼鏡をかけた軍服姿の少女が手を振りながら走ってきた。


「待たせたか? とう……クロード殿」

「いいや、時間ぴったりだよ。じゃあ、行こうか」


 クロードはセイと手を繋いで、広場へと踏み出した。

 先日は、出発前に一騒動あったため、安全の確認は出来ても詳細を見ることは叶わなかった。

 今日は、そのやり直しで、ちょっとした逢瀬デートなのだ。


「クロード殿。一昨日はすまなかった。皆がいめーじちぇんじをしたから、私もやろうって思い立って、でも上手くいかなかったんだ」


 確かにこのところアリスはおしゃれに熱心だし、ソフィもプライベートでは執事服より私服を着ることが多くなった。

 レアでさえ、装いは侍女服から変わらないものの、香水や袖飾りにちょっとした工夫をこらすようになった。


(だから、ドキドキして落ち着かないんだよなあ)


 井戸の底の秘密部屋にいてさえ、誰かに見られているような気がしてならない。

 テルに相談すると、遠い目で『気のせいだ』とたしなめられた。


「だからセイ、今日は一緒に見て回ろうよ。気にいった服があったら買って帰ろう」

「あ、ああっ」


 セイは、無邪気に瞳を輝かせて繋いだ手に力をこめた。

 クロードは緊張のあまり心臓が爆発しそうだったが、どうにかこらえる。


(だ、大丈夫。アネッテさんに相談したから、付け焼き刃でもいけるはず!)

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