第456話(5-94)馬鹿者達の大博打
456
「
白髪の混じった黒髪を
彼の背から、ソメイヨシノを連想させる雪片が天を衝かんと花開く。遂に、システム・ニーズヘッグが起動したのだ。
クロードは、シュテンに蹴り飛ばされてまだらに変色した薄い胸板をさすり、ゲホゲホと咳き込みながら戦友を振り返った。
「ドゥーエさん、どうやったらシュテンさんに勝てるかな?」
「辺境伯様。もしも師匠を殺せと仰るなら、オレは暴走を誘って首を落としますぜ」
ドゥーエは鉄鞘に納めたムラマサを肩に担ぎ、残酷な解決策を
「それは、僕の望む勝利じゃないよ。暴走の危険があるのなら、どうにか対処したい」
クロードの返答に、ドゥーエは皮肉げに口角を釣り上げる。
「……クロード。アンタって人は、邪竜ファヴニルと同じくらいに強欲だ。そこまで無茶を通すなら、命を賭けることになる」
ドゥーエの伸ばした手を、クロードは掴んで立ち上がった。
「当たり前だろう。僕は人間のまま
「オレは、そんなアンタだからこそ共に戦いたい。じゃあ、勇気と根性でチャレンジと行きますか。死なんでくださいよっ!」
クロードとドゥーエは、折れた木にもたれかかるミズキを残して
「あーあ。あたしの知る男って、馬鹿ばっかり」
ミズキが見る限り、クロードの武技はシュテンに及ばない。
数えきれない死の危機を乗り越えて、達人の一角には食い込むものの、超一流を相手取るには
ましてやシステム・ニーズヘッグが起動した以上、勝算なんてあるはずもなかった。
「今のクロードは、時間を巻き戻すことも、決戦武装も使えない。だって言うのに、どうやって勝利するのさ?」
クロードに残された選択肢は――。
シュテンにドゥーエを引き渡して、仕切り直しを図るか。
自身は防御に徹して、ドゥーエにシュテンを殺させるか。
――の、どちらかだろう。
「でも、どうしてだろうね。アイツは弱いのに、ニーダルさんとは違うのに、心のどこかでひょっとしたらって期待してる」
ミズキが見つめる中、クロードは打刀と脇差の二刀を右手で掴み、左手を青空に向かって伸ばした。
「鋳造」
クロードが空に描いた魔術文字に応じて、短い棒に布を被せた掃除道具……はたきが生み出される。
数百数千に及ぶ布付き棒は、シュテンの頭上を埋め尽くしながら降り注いだ。
「ンフフ。次は、消耗狙いの持久戦? まだまだ荒削りだけど、
シュテンは、愉快痛快とばかりに全身の筋肉を震わせて笑う。
「でも、引き際は考えなさい。今の貴方じゃ、ワタシには勝てない」
ビキニアーマーの剣鬼は吹雪の翼を展開し、桜花のような雪片を舞い上がらせて、宙を舞うはたきの九割を氷漬けにして粉砕した。
「……カリヤ・シュテン。僕は先輩、カリヤの
クロードは残ったはたきの一割を丘陵に落下させ、爆風で土煙を巻き上げる。
「視界を
「僕たちは勝つっ。
「同じ小細工が何度も通じると思わないで」
シュテンは物干し竿と呼ぶ、二mを超える長剣に吹雪の花弁をまとわせて振るった。
「ワタシさえ倒せないのに、邪竜に挑むなんて愚の骨頂よ。ブロルに降伏なさい」
故に、クロードには燕返しを阻むすべはない。そのはず、だった。
「……なん、ですって?」
シュテンの黒い瞳が、困惑で揺れる。
土煙の中で、雷をまとった打刀と火を吹く脇差を握りしめた人影が、まるで人が変わったかのように燕返しを受け流してみせたからだ。
二刀流の剣士は鮮やかに窮地を脱すると、カウンターとばかりにはたきを投げつけてくる。
「やるじゃないっ」
シュテンは飛来するはたきを蹴り砕くも爆発して、もうもうと土煙が巻きおこる。
戦場はさらに見通しが悪化、虚を突くとばかりに二刀から雷と炎がほとばしった。
「目を奪った上で魔法攻撃ね。手品みたいで楽しいワ」
けれど、システム・ニーズヘッグを起動させたシュテンには、まるで意味を為さない。
雷の矢も炎の弾丸も、凍る華に包まれて散るのみ――。
人影が振るう二刀と、シュテンが薙ぐ物干し竿が噛み合い、互いに円を描きながら火花を散らす。
「火事場の馬鹿力にしては上等よ。でも惜しいわね。武器の方がついて来れない」
シュテンが言い放つと同時に、雷切と火車切はとうとう負荷に耐えきれず、真っ二つにへし折れた。
「あとは、馬鹿弟子の首を刎ねて終わりよ!」
シュテンは土煙の中、二刀流の人影と切り結びながら、背後に迫る脅威を動物じみた感覚で把握していた。
初老の剣客は、あとはケジメをつけるのみと振り返り、ア然とした。
「ウソっ」
シュテンの背後に迫っていたのは、ドレッドロックスヘアの隻眼隻腕男ではなく、若き細身の青年だったからだ。
「ワタシが戦っていたのは、馬鹿弟子ってこと?」
クロードとドゥーエは、はたきによる爆撃で視界を奪った後、互いの武器を入れ替えていたのだ。
若き辺境伯は今まさに、呪われた妖刀ムラマサを鉄鞘から引き抜こうとしている。
シュテンの声色が目に見えて変わった。
「やめろ、おれを殺すのはかまわない。それを抜くな。すべてが台無しになるぞ!」
シュテンはこの時、愚かな弟子を心の底から憎悪した。ミズキとの戦いを見て、ほんの少しだけ見直したのだ。それが裏目に出た。
姉弟を失って以来、常に最悪の道を選び続けたオオタワケは、最後の最後までやらかしたのだから。
「シュテンさんっ、僕はっ」
クロードはムラマサという禁忌の箱を開いて、吹雪に飲み込まれた。
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